第22話 南征の聖女! あれが絶滅危惧種のゴブリンだ

 かくして旅立った聖女一行。

 どうせ戦うのは聖女だけなので、お供はシーゲルとミーナだけである。


 魔導バイクが荒野を走ると、砂煙が上がる。

 この辺りは乾燥地帯だ。ゴーグルが必須になる。


「まさか、北西八華戦が助けてくれるとは思わなかったっすねえー」


 シーゲルがしみじみと感想を口にする。


「あら、そうですか? 私は彼らを信じていました。プロレスを通じて分かりあった者は、皆、強敵と書いて『とも』と呼ぶのですよ」


「聖女様は器がでけえや!」


「うんうん、聖女様は凄いのよね」


 シーゲルとミーナで、やんややんやと盛り上がる。


 そんな彼らが走っていると、道の只中に緑色の肌をした小さな生き物を見つけた。

 聖女はこれを迂回しようとするのだが……。


「ギブミーたべものー!」


 緑色の生き物が駆け寄ってくる。


「おや」


 理解できる言葉を発したので、聖女は思わずバイクを止めていた。

 緑色の生き物は人間の形をしており、粗末な布を纏っていた。


「聖女様、ありゃあゴブリンですぜ! ならず者に狩られてほとんどいなくなっちまったって聞いてたけど、まだいたんだなあ……」


「なるほど、彼らは絶滅危惧種なのですね……」


「そうなりますねえ」


「かわいいー。こっちおいで。ご飯あげるよー」


「ギブミーたべものー!」


 ミーナに手招きされて、ゴブリンがばたばたと走ってきた。

 携帯食料を手渡され、ゴブリンはそれを大事そうに抱える。


 そして、こちらをチラリと見た後、走り去ってしまった。

 よく見れば、岩陰から小さなゴブリン達がこちらを伺っている。


「あそこにゴブリンの巣があるんだなあ。子育て中だ」


「モンスターと言えど、命があります。それを滅ぼしていい理由にはならないのです。ゴブリン達が安心して暮らせる世界にせねばなりませんね」


「さすが聖女様、いいこと言うなあ」


 こうしてまた走り出すバイクなのである。


 異世界世紀末は、ファンタジー世界だ。

 魔法があり、モンスターが闊歩する。


 かつては古代魔法王国の時代があり、それが滅んで文明もいったん、灰燼に帰した。

 だが、人類が滅んでいなかったことは知っての通り。


 それどころか、生き残った人類は古代兵器の影響で、不思議な力を得た者が続出したのである。


 圧迫感で時空を歪めるのか、巨大化したように見えたり、その体格に見合った動作ができるようになる者。

 人間の限界を超えた運動能力を持つ者。

 なんか凄く強くなった者。


 モンスターよりもたちが悪くなった人類は、あっという間に増え、世界中に広がった。

 モンスターと生息領域が重なる場合、モンスターは狩られて衰退していった。


 今や、モンスターはレアな存在である。


「実際、俺もゴブリンを見るのは初めてっすわ。あんな見た目をしてたんだなあ。ちっちゃ人間みたいなもんじゃねーか。でも、聖女様の付き人になる前の俺なら、ヒャッハー言いながら汚物を消毒してたと思うぜえ……」


「あんなにかわいいのに」


「だけどよ、ミーナ。ゴブリンは昔害獣だったんだぜ? 人に悪さをしてたから、ヒャッハーに良心が残ってた時に思いっきり駆逐されちまったんだ。今は、ゴブリンも数が減ってるから大人しいだけなんじゃねえかな」


 難しい問題であった。

 そもそも、異世界世紀末は荒廃しきった世界であるからして、まだ環境問題について語るべきではない気もするのである。


 肝心の人類からして全然救われていないのだ。


「彼らの救済は、人を救ってからにしましょう。ですが、彼らが人と接触しないならば、こちらから彼らモンスターを害する理由もないでしょう」


「そうっすねー」


「さんせーい」


 子どもたちに食べ物を与えるゴブリンをしばらく観察した後、一行は再び旅に戻るのだった。


 途中、彼らはオーガの群れに遭遇したり、その中のボスと試合をしたりした。

 アンゼリカが優しく放ったボディスラムでボスが失神し、オーガの群れから危うく、新しいボスに祭り上げられるところだったり。


 穏やかな旅が続く。


 やがて、乾燥地帯から徐々に湿気が増してくる。

 同時に、暑くなってきた。


 周囲は荒野とは言えなくなり、あちこちに熱帯雨林が見えてくる。


 道端には、無造作に道案内の板が突き刺さっていた。


『この先、サウザン帝国』


 どれだけの距離かも書いていない。

 だが、まっすぐ突き進めば間違いなく帝国に到着する。


 ノーザン王国とは全く違う文化を持つ国である。

 今まさに、魔王軍と戦っている国でもある。


 そして、もうひとりの聖女がいるという国。


「止まれ! 止まれー!」


 道の半ばで、サウザン帝国兵達がアンゼリカを呼び止めた。


「どこへ行く? どこから来た?」


「私は聖女アンゼリカ。ノーザン王国聖伯でもあります。これから、サウザン帝国に向かうのですよ」


「はあ? そんな話は聞いてないなあ」


「こんないい女が、数人の連れとともに国に入ろうとするだあ? 怪しいなあ」


「調べなくちゃなあ」


 兵士達がニヤニヤする。


「アンゼリカ様、こいつら、俺がヒャッハーってやっつけちまいましょうか!」


「それもいいのですが、レスラーは酒に酔ってでもいない限りは一般人に手出しをしないのが鉄則です」


 アンゼリカは、兵士達に向き直る。


「根回しは一切しておりません。通ります」


「えっ」


 潔く、何の根回しも通告もしてないと言ってからの通ります宣言。

 一瞬あっけに取られる兵士達。


「ちょっ……ちょ、まてよー!」


 慌てて彼らはバイクに取り付いた。

 だがアンゼリカ、アクセルを吹かす!


「ウグワー!」「ウグワー!」「ウグワー!」


 引きずられていく兵士達!


「……これではバイクに負担が掛かってしまいますね。仕方ありません」


 アンゼリカはバイクから降りた。


 ようやく立ち直った兵士達はニヤニヤする。


「そ、それでいいんだ。まったく、すり下ろされるかと思ったぜ……」


「この礼はたっぷり体に……って、お、おい、なんだこいつ、でけえ!」


「威圧感だ!! 凄え威圧感を放ってやがる! くそお、5mくらいに見えるぜこの女が!!」


 ただ差し向かうだけで感じる、圧倒的威圧感!

 アンゼリカの一瞥を受けると、兵士達はすっかり大人しくなってしまうのだった。


「サウザン帝国は、旅人から自由に略奪をしていいという法でもあるのでしょうか?」


 優しくアンゼリカが、5mくらいの高さから問う。


「あ、いえ、ないです」


 素直に答える兵士。

 彼らの本能が告げるのだ。

 目の前の女に逆らってはいけない……! これは、自分たちとは次元が異なる生物だ……、と。


「では、どうして私を襲おうとしたのでしょうか? 一歩間違っていれば、あなたがたは空手チョップの餌食になっていたでしょう」


「や、あのお……。入国する前ならまだ何者でもないので、そこで好き勝手すれば皇帝の耳目に届かなくて……」


「聖女様! こいつら常習犯の不良兵士ですぜ!」


「わるい奴なのね! 聖女様!」


「ええ。お仕置きするとしましょう」


 ゆらりと、聖女の背後に闘気が湯気のように立ち上る。


「う、うぎゃぴー!!」


 兵士達の叫び声が響き渡ったのだった。





 すっかりボッコボコになり、素直になった兵士達。

 アンゼリカ一行の道案内を買って出た。


「こ、こっちです。聖伯の紋章も確認しました。間違いなくノーザン王国の貴族様です……」


「素直でよろしいです」


 反省した相手には、アンゼリカはとても優しい。

 そして彼女は、相手が反省しているかしていないのかを、直感的に見抜く力がある。


 聖女のプロレス技で完全に心を折られた兵士は、間違いなく反省していた。

 これからは真面目に勤めを果たすことであろう。


「こ、この先が帝国なんですけど、一応戦争中なんで、俺らみたいなのがあちこちにいるんです」


「魔王軍ですね?」


「は、はい。モンスターを束ねて、とんでもない規模の勢力を作った謎の相手で……。なんか、神を名乗ってます」


 魔王が、神。

 一体どういうことであろうか。


 そして、覆面を被った聖女デストロイヤーはいずこに。


 波乱の帝国編、幕開けである。


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