第21話 空白地帯の領地! 聖女爵位を得る

「聖女アンゼリカ。そなたに空白地帯聖伯の地位を授ける」


「謹んでお受けいたします」


 前代未聞であった。

 一人の聖女が爵位を得て貴族になるなど。


 元来、ノーザン王国における政治と宗教の関わりは深い。

 それ故に、どちらもお互いの領分を侵しすぎないようにしていた。


 最近では、大教会の力が増し、国の政治にも口出しするようになって来てはいる。

 それも、近年の世の乱れから人心に不安が生じ、大教会に頼るようになったためだ。


 現在の国王が頼りないせいもある。

 それでも、大教会は表立って国に物を言ったり、ましてや地位を要求することなど無かったのだ。


 それが今、とんでもないことが起こっている。


 空白地帯を領地として得たアンゼリカは、地位としては辺境伯。

 称号としては新しく作られた、聖伯となった。


 聖女伯と言ってもいい。


 謁見の間はどよめきと、ついで称賛の声に包まれた。

 腕一本で空白地帯に並み居るならず者たちを平定した彼女の勇名は、国中に轟いていたからだ。


 それに、空白地帯と言っても北西部から王国近辺を平定しただけ。

 王国の領土は広がるが、この地域に関してはアンゼリカが絶対的な発言力を持つ。


「聖伯として、彼の地の救済に励みましょう」


 アンゼリカが誓いを立てると、国王がうなずいた。


 ちなみにこの儀式の筋書きを書いたのはクラウディオ王子である。

 国王は前代未聞とか、とっても嫌がった。

 そこを、王子が説き伏せたのである。


「陛下、王室の信頼は地に落ちかけています。そこをさらに、大教会の聖女によって空白地帯が平定されたとなれば、何が起こると思いますか」


「な、何が起こるんじゃ」


「革命では? 我が国は大教会によって政治が行われる教国となるでしょう。我らは皆処刑されてもおかしくない」


「し、死にたくない。分かった、やる」


 という穏便な説得があった。

 おかげで、偉業を成し遂げたアンゼリカは王国の貴族であり、大教会の聖女でもあるという双方の顔を立てる立場になった。

 ウィンウィンである。


 アンゼリカとしても、これで国からの支援を受けられるし、空白地帯の民達を守っていくための場所を作ることができる。

 聖女の救世、その大いなる第一歩であった。





「おめでとう聖女様!」


「聖女様やったねー!」


 この間と同じ宿にて、ささやかなパーティを開くアンゼリカとシーゲル、ミーナ。

 パーティの主菜は肉である。骨付き肉。


 三人で、ジョッキで乾杯した後、ぐいっと飲み干した。

 ミーナの飲み物は果汁を絞った水にハチミツを加えたものである。


 そしてみんな、黙々と肉を食べる。

 皿の上の肉が全部やっつけられた頃合いで、アンゼリカが口を開いた。


「これで、ミーナと約束したことが果たせますね」


「はい! 本当に村をたすけてくれるなんて! 聖女様すごい!」


「ふふふ、ミーナが信じてついてきてくれたお陰ですよ」


「えへへー」


 ミーナが照れ笑いした。


「聖女様……俺も、貴族様の付き人になるわけじゃないですか」


 シーゲルがいつになく真面目な口調で言う。


「どうしたのですかシーゲル。改まった様子で」


「あの、貴族様の付き人って、モヒカンしててもいいんすかね」


 なるほど、シリアスな問題であった。

 これには、アンゼリカは微笑みを以て返した。


「シーゲル。あなたのモヒカンは気軽なファッションでしかないのですか?」


「そ、そんなことはないですぜ!! これは、俺のソウルだ! 魂こもってんですよ! モヒカンを悪く言うなら、聖女様だって俺はヒャッハーって飛びかかりますぜ!」


「それが答えではありませんか」


 聖女の返答に、シーゲルはハッとした。


「そ、そうか……!! 俺は俺のままでいていいって……そいうことなんですね聖女様……!」


「我が聖伯領では、侍従の髪型にモヒカンを許す事に致しましょう……」


「せ、聖女様……!!」


 だーっと涙を流すシーゲル。


「よかったねえシーゲル」


 ミーナがシーゲルの背中をなでなでした。


「おう、おう……」


「さて、問題はここからです。サウザン帝国に、私以外の……そして私によく似た力を持つ聖女が確認されたと。教主猊下から伺いました」


「聖女様じゃない、聖女様……? それって、プロレスっていう技をつかう聖女様?」


「はい。聖女デストロイヤー。私の半身はその名を知っています。おそらく彼女は……私と同じ存在でしょう」


 強大な力を持つ、魔王直属の魔将を退けた神秘の技、足四の字固め。

 あの技をそれだけの威力、クオリティで使いこなせる相手など、聖女はたった一人しか思い浮かばなかった。


「聖伯領を管理し、運営してくれる方が必要です。その方が見つかり、お仕事を任せられるようになったら……我々はサウザン帝国に向かいましょう」


「聖女様の救世は続くんスね……!! お供しやす!!」


「わたしも! わたしも!」


 次なる目的地を見据える、聖女アンゼリカと付き人達なのであった。




 領土運営のためには、政務を取り仕切る能力がある者が必要になる。

 アンゼリカはプロレスの達人であったが、政治には素人である。


 かと言って、良からぬ野心を抱いたものをうちに招き入れてしまっては、救世の目標からは遠ざかる。

 どうしたものか、と聖女は考えた。


 そこに助けの手が差し伸べられる。


 辺境の村に作られた、聖伯領の仮組み領主の館。

 一言で言えば大きなテントである。


 そこに、八人の人物が尋ねてきた。


「アンゼリカ!」


 テントを出た聖女を出迎えたのは、錚々たる面々であった。


 北西八華戦……!!

 かつて拳を交え、アンゼリカによって下された八人の豪傑達。

 彼らが集い、アンゼリカの元を訪れたのである!


 先頭に立つは、鉄人テーズ。

 彼の顔に、既に仮面はない。

 人格が統合され、大体あっちの世界の鉄人になっていた。


「テーズ! あなたと八華戦の皆さんがこちらにいらっしゃるとは……どのようなご用向でしょうか?」


「アンゼリカ。ユーが困っていると聞いたのだよ。ミー達はこう見えて、それぞれの領地を運営していたからね。考え方は間違っていたが、やり方は間違っていなかったと思っているよ。ザッツ・ホワイだからこそ! ミー達はユーの力になることができるだろう!! 手を貸すぞ、アンゼリカ!」


「皆さん……!!」


 頷く八華戦。

 プロレスを通じて結ばれた絆、そして友情……!


 とりあえず八人もでかいのが来ると、村のキャパをオーバーするので、慌てて人数分のテントを建てることになるのだった。


 八華戦が来れば、その下にいた元ならず者や民達も集まってくる。


 あっという間に、聖伯領の規模は大きくなった。

 まずは最初の事業を始めねばならない。


 それは、畑の開墾である。

 人数分の食事を供給できるようにならねばならない。


 これは、鋼鉄ドレスのゾビィが中心となって担当することになった。

 農林水産担当である。


 そして、発電施設はバルバロッサ監獄のそれを移設して、ダンカンが管理する。

 人間の代わりに、風や水の力をつかって発電できるようにアレンジしたシステムで、村には少量ながら電気が来るようになった。


 これを使って、工業生産などをするのである。


「聖伯領が大きくなっていきますね」


 嬉しそうに、アンゼリカが領内を歩いた。

 道行くと、スキンヘッドの巨漢と商店のおばちゃんが仲良くおしゃべりしている。

 側溝に落ちてしまったネコチャンを、髭面の巨漢と子どもたちが協力して助け出していた。


 平和な世界がここにはある。

 だが、逆を言えばここにしかまだ、平和は無いのだ。


 世界はアンゼリカの救いを求めていた。


「旅立つのだね、アンゼリカ」


 聖女の背後に、テーズが立った。


「ええ。救世こそは、我が半身が望む大事なれば」


「行ってきたまえ! ユー達が帰ってくるころには、テントは領主のビッグなハウスになっているだろう。楽しみにしているといい」


「ええ。楽しみにしています」


 かくして。

 聖女一行、旅立ちの時が迫るのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る