第27話 聖女、魔将を求めて前線へ
魔王軍には、魔王から直々に技の薫陶を受けた魔将なる者が複数存在している。
アンゼリカは魔王の正体が、自分が思うあの男と同じなのかを確かめるため、話を聞ける魔将を探すことにしたのだった。
「世界の救済は最も大切なのですが、その前に彼が立ち塞がると言うならば最大の敵になることでしょう。それに、どうして彼が人間と反目する側を選んだのかが気になります」
「確かにねえ。あたしはまだ魔王と会ったことないけど、会ったら即勝負だろうし。その前に、本当にあいつなのかを確かめておくのはいいと思うよ」
「まさか聖女様が二人もそろうなんて! たいへんだよシーゲル!」
「まったくだぜ。でっかい聖女様と覆面かぶらなければ小さい聖女様だぜ!」
四人になった一行は、今も魔王軍との戦いが行われている、南西の戦線へ向かうのだった。
聖女デストロイヤーの乗り物は、何やら走るのが早い大きなトカゲである。
「この辺は湿気が凄いだろ? 馬じゃへばっちまうんだ。だから、このハシリトカゲが一般的なのさ。乗る?」
「興味はありますが、いざ戦闘になった時、私の威圧感でトカゲさんが潰れてしまいそうですね」
「ああ、確かに! じゃあ二人は?」
「のるー!」
「だめ!!」
ミーナが元気よく手を上げたのを、シーゲルが止めた。
「危ないだろー」
「ちぇー。シーゲルのけち」
ということで、もともとの聖女一行は魔導バイクとサイドカーということになった。
帝都近辺はまだまだ平和なのだが、辺境に近づくほどに風景が殺伐としてくる。
「ひでえ……森が焼き払われているぜ」
「ええ。これがまさか魔王の行ったことだとすれば、非道と言えましょう」
「あ、いや、これただの焼き畑農業」
風景が殺伐としてくる……。
「うわあ、ここ、砂漠みたいになってる!!」
「ええ。まさかこれが魔王の行った……」
「あ、これね、石油が出るところで植物育たないの」
風景が……。
「もしや、比較的サウザン帝国は平和なのでは?」
聖女が気付いてしまった。
「まあね。サウザー教が一番の癌だったみたいなところはあるけどねー。それはぶっ飛ばしたし。あとは人間とモンスターの確執? みたいな?」
デストロイヤーが顎に指を当てながら首を傾げる。
「そういや、こっちで俺みたいなヒャッハーを見かけないっすね」
「そういうのはみんな前線に出てるね。モンスターはね、作物とか一般市民には手を出さないの。ひたすら前進して土地を占領していくの。だから、それを力づくで押し留められるならず者は重宝されてるのよね」
適材適所である。
サウザー教はトップがアレであったが、システムとしてはこの国を上手く動かしているらしい。
「ははあ。俺みたいなのも居場所があるっつーのはいいことですけどねえ」
「戦争がない限り、シーゲルみたいなのは奴隷階級ね。だけどね、普段は見下されてるようなそいつらが、戦場でモンスターと互角に戦うでしょ。そうすると平民階級の連中も見直すのよ。人間って現金なもんだよねえ。そうやって尊敬されてると、不思議とあいつら悪いことしないのよ」
「いいことです。人は食事のみによって生きるものではありません。心が満たされねば乾きは満たされぬものです」
「そ、そ。次のサウザー教はね、身分はあるけど、ちょっと違うことしようと思って。魔王を片したら教えてあげるね」
デストロイヤーがウインクした辺りで、戦場に到着である。
そこはだだっ広い平原。
湿気の多いサウザン帝国では、空白地帯のような乾いた荒野は生まれない。
草原の中で魔王軍とならず者達が揉み合っている。
文字通り揉み合っている。
『だらっしゃー!!』
「ウグワー!!」
「ヒャッハー!!」
『ウグワー!!』
ならず者達の棍棒がモンスターを殴り飛ばし、モンスターの持つ栓抜きがならず者の額から出血させる。
一見して互角のようだが……。
『逆水平チョップ!』
「ウグワー!」
『逆水平チョップ!』
「ウグワー!」
『逆水平チョップ!』
「ウグワー!!」
次々になぎ倒されるならず者達!
後ろで応援している平民達から悲鳴が上がる!
「ま、魔将だー!!」
「魔将が出たぞー!!」
その姿は、巨体の怪物。
身の丈2m半はあろうか。
いや、そんなに大きくないな。
美しいフォームの逆水平チョップが決まる度に、ならず者が次々と吹き飛んでいく。
「が、がんばれならず者ー!!」
「あんたらが倒れたら、俺達じゃ成すすべがないんだー!!」
「夕食の肉を倍にしてやるから!」
声援を受けて、奮起するならず者達。
だが!
『お前達が頑張ろうと、無理なものは無理なのだあっ!! 逆水平チョップ!!』
魔将が放つ逆水平が衝撃波を生み、ならず者達を残らず吹き飛ばした。
「ウグワーッ!!」
いかに常人離れした戦闘力に進化したならず者とて、この魔将には叶わない。
なぜなら、魔将は魔王から直々に薫陶を受けた技の使い手だからだ。
『ふん、貴様らには袈裟懸けチョップを使うまでも無かったか』
「も、もうだめだあ……」
人々は絶望に沈む。
魔王に接収された土地からは、人間は追い出される。
家も作物も家畜も全て奪われ、威光はモンスターが平和に畑を耕し、家畜を飼って暮らすのである。
だがそこに鳴り響く、爆音。
魔導バイクが一台走ってくる。
「とうっ!!」
バイクの上から、真っ白な衣に身を包んだ長身の……いや、巨躯の聖女が飛び立った!
『なにぃ~?』
見上げる魔将。
聖女は彼の目の前に着地する。
「魔将を探し、聞きたいこともあったのですが……」
聖女は周囲を見回す。
倒れ、うめき声を上げるならず者達。
絶望に沈む平民。
「救世を行う事とします」
『ほざけ、女! 逆水平チョップ!』
衝撃波すら伴い、必殺のチョップが繰り出される!
「空手チョップ!」
放つのは聖女アンゼリカ伝家の宝刀。
真っ向から逆水平チョップを迎撃し、一瞬、拮抗する。
「っしゃおらあっ!!」
裂帛の気合とともに、魔将のチョップが撃ち負ける!
チョップを弾かれた衝撃で、魔将の足が地面を削りながら後退していく。
『うっ、うおおおおおおーっ!? な、な、なんだこれは! これはァーッ!?』
魔将は全身に力を込めて、踏みとどまる。
そして、歯をむき出しにして聖女を睨みつけた。
『お、お前っ! 魔王様より賜った俺のチョップを! あろうことか、チョップで返すだとぉっ!?』
「魔王直伝のチョップ。確かに素晴らしい技の切れです。ですが……それは世界では二番目でしょう」
『なにっ!? だったら、世界一は何だというのか!!』
聖女アンゼリカ。
不敵に微笑みながら、親指にて自らを指し示す。
これを見ていたデストロイヤーが笑う。
「それ、誰も文句言えねえやな」
『ほざけえええええ!! 袈裟懸けチョップ!』
「空手チョップ!」
魔将の袈裟懸けを迎え撃つ逆袈裟の空手チョップ!
全力で振り降ろされたはずの逆袈裟が、もっと強い一撃によって迎えられた。
チョップとチョップがぶつかり合い、周囲一帯に響き渡る破裂音。
チョップに挟まれた空間が破裂し、衝撃波を引き起こしたのである!
『うっ』
力を、込めている。
だが、魔将の腕はピクリとも下に下がらない!
振り上げるチョップより、振り下ろすチョップが強いことは世の道理である。
だが!
魔将の腕は、ピクリとも下に下がらないのである!
「っしゃああおらあっ!!」
否!
魔将は気付いた。
己の足の下に、地面の感覚が無い。
これはどういうことか?
それはつまり、こういうことだ。
振り下ろされた袈裟懸けチョップごと、空手チョップは魔将を、空に────!!
『ウッ、ウグワーッ!?』
魔将の腕がみしみしと音を立てる。
全身が、空手チョップの衝撃に悲鳴を上げる。
なんだこれは! 俺は一体、何を相手にしているんだ!?
こいつは何者だ、この聖女は!
これじゃあまるで、魔王様と同じ力を持った……!?
「ひとつ問います」
チョップによって、遥か上空に跳ね上げられる寸前だ。
時が止まったかのような一瞬で、聖女の問いが聞こえた。
「魔王の名を、あなたに問います。彼の名は……」
『ま……魔王ゴッチ……!!』
聖女が微笑んだ。
慈愛と、そしてその裏に潜む飽くなき闘争への渇望!
魔将はそれを見て、思った。
こりゃあ、勝てねえ……!!
『ウグワアアアアアッ!!』
聖女アンゼリカ、戦場を制圧!
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