第26話 二人の聖女、街でお茶をする!
宮殿が半壊したため、皇帝に会うどころではなくなったアンゼリカ。
そもそも国の最高権力者がこの間の大僧正だったので、それをぶっ飛ばしたからサウザン帝国は完全な機能不全に陥っている。
「やってしまいました」
特に反省の色もなく、空を見上げながらつぶやくアンゼリカ。
聖女だってやらかすことはあるのである。
「あんないけすかねえ坊主、やっつけちまって正解でしたよ!」
「そうだよー! 神様だっておうえんしてたもん!」
「また神がいらっしゃっていたのですか!?」
ここは聖女らしく、神の出現にちょっと驚くアンゼリカ。
これまで一度も人間の前に姿を現さず、その存在すら確かではないとされてきた神。
ところが、神はこの数日間で二度も出現している。
しかも、必ずアンゼリカの周りにだ。
「案外、プロレスが好きなんじゃないの?」
ここは帝都にある、とある喫茶店。
アンゼリカの向かいの席で、すらりとした体躯の少女が冷やしたチャイを飲んでいた。
なんと、この褐色の肌の少女こそが聖女デストロイヤーなのである。
彼女が覆面を被ると、内なる人格が目覚めてパンプアップ。
覆面の聖女デストロイヤーとなるのだ。
そして、デストロイヤーが口にしたことは紛れもない真実なのだが、誰もそれを信じてはいない。
「てか、聖女に目覚めたあたしが言うのもなんだけど、神様って適当過ぎない? あれなんでしょ? ノーザン正教もサウザー教も、信じてる神様は一緒なんでしょ? なんで別々になってんのよ」
「住む場所が違えば、信じる神が同じでも教えは異なって行きますからね」
アンゼリカはミルクをたっぷり入れたチャイを口に運ぶ。
この国のお茶はスパイスが使われていて、なかなかおもしろい味わいだ。
サウザー教の教えにより、アルコールが禁止されているのでお酒は飲めない。
そこだけがちょっぴり残念なアンゼリカなのだった。
半身の前世が酒関係で死んでいるのに全く懲りていないのかもしれない。
「タンドリーチキンおまたせー」
「きたあー! おいしそー!」
「ウヒャアーッ、たまらねえぜぇーっ!!」
ミーナとシーゲルがわーっと盛り上がった。
今回は身分差など関係ないので、四人は同じテーブルについている。
デストロイヤーも手を伸ばし、タンドリーチキンをつまんだ。
「でもさー。あたしが割とあいつら気を使って叩き潰さないでおいたのをさ? サッとやって来てその日のうちに粉砕するとか、ノーザン正教は過激なんだねえ」
「うふふ、異教徒と言われて下に見られては、聖女として黙ってはいられませんから」
格の違いを見せつけてやったアンゼリカである。
対するサウザー教も、聖女デストロイヤーがそれを体現しているようなものだ。
つまりサウザー教も負けてはいないのだ。負けたのは旧派のサウザー教である。
「皇帝はね、あたしを軸にして新しいサウザー教を作るつもり。なにせ古いサウザー教が大僧正ごと、神様に否定された感じでしょ? あれで、僧侶たちのほとんどが心を折られて還俗したから」
「なかなか、神様から直々にダメ出しはもらえませんからね」
さらに、サウザー教の秘儀とされたもの……いわば、魔法を使った人体実験なのだが、それら全てもあの後、神様がやって来て『ダメです』と封印指定をしていったのだ。
この数十年もの間、一度も姿を見せなかった神。
まとめて仕事をしている感がある。
「神様、すげえやる気ですよね。なんなんすかねあれ。今まで何もしてなかったのに」
「だねー。神様いっぱいお仕事してたねえ。すごくたのしそうだった」
「神は我々人間に試練を課していたのかも知れませんね。ですが、それでは今突然働き始めた理由がせつめいできませんし」
アンゼリカと付き人たちが、うーんと唸る。
実際は、プロレスが世界にやってきてテンションが上った神が、やっと仕事を始めたと言うだけなのだがそんなことは誰にも分からない。
心の栄養は神様だって元気にするのである。
ここで、タンドリーチキンを食べ終わったデストロイヤーがテーブルを叩く。
「問題はそこじゃない。サウザン帝国がバタバタしてても、魔王との戦いは続いてるわけ。戦場はもうちょっと先だから、こっちの混乱が伝わってないだけでしょ? あっちを放っておいたら、帝国がモンスターに占領されちゃうから」
「ええ、それは確かに問題です。デストロイヤー、あなたは魔王軍の魔将なるものと戦ったのでしょう? どうだったのですか?」
アンゼリカの問いに、デストロイヤーの目が真剣になる。
「強さはちょっと強いモンスターくらい。だけど何よりも重要なのは……あいつらは、プロレスができる」
アンゼリカもまた、目つきを鋭くする。
「モンスターが……?」
「ええ。それに、あのプロレスを、あたしの半身は知っている。多分、あんたの半身はより深く。それから聞いて。魔将は全て、違う技を使っていた。この意味が分かるでしょう?」
「違う技を……!? 誰かに教えられたとしても、それだけの技を実践レベルで伝授できる存在なんて、私の半身も多くは知りません」
「そういうこと。あたしの半身も言ってる。一人しかいないと」
「千の技を持つ男……」
こくりと、デストロイヤーが頷いた。
「彼が、モンスター側にいる」
聖女二人が真剣になったのを見て、シーゲルとミーナがきょとんとした。
「なんです、聖女様。そんなやつ、聖女様ならイチコロなんじゃないですか?」
「そうだよー。聖女様すっごく強いもん。神様だっておうえんしてるんだよ? テーズにだって勝っちゃったでしょ」
「ええ。私が強いことは確かです」
さらりと己の強さへの自負を語るアンゼリカ。
「そして、テーズを下しています。ですが、あの試合は紙一重でした。鉄人の魂を宿した彼は、本当に強かった。唯一の弱点は、彼と鉄人が完全に一つにはなっていなかったということです」
「テーズもこっちに来てるの!? 今、あたしの半身がめっちゃくちゃびっくりしてるんだけど。あと、あんたと早く試合がしたいって」
「私とあなたが戦ったら、二大宗教の戦いにもなってしまいますね」
「ほんとだ。ってか、テーズを倒してたのかあ。やるねえ……。でも、話を聞いてるとそのテーズは完全じゃなかったんでしょ? 魔王は違うよ」
「でしょうね。全盛期のあの男の力を以て、私達の前に立ち塞がるでしょう」
二人の聖女の危惧が、付き人達にもようやく伝わったらしい。
「うそ……。テーズよりつよいの?」
「バケモンじゃねえかそんなの」
「化け物というよりは、彼もまた、神様ね。無冠の帝王、秒の殺し屋。あるいは……これは彼が神に至ろうとしているという話に繋がるのだけど。プロレスの神様とも呼ばれた男。それが、恐らくは魔王」
テーブルに緊張感が満ちる。
「はい、お待たせ。サフランライスとカレーねー」
「これはなんと美味しそうな。私の肉体に新たな滋養がやどりそうです」
「きゃあ、すごくいいにおいー!」
「食べてもいいですかね聖女様ぁ!」
一瞬で緊張感が破壊され、いつものノリに戻った。
猛烈な勢いでカレーを食べ始める一行。
「まあ、なんとかなるかもしんないねえ、あたし達だったら」
デストロイヤーはけらけら笑いつつ、ラッシーを注文するのだった。
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