第28話 山越えの聖女! 見たり、魔王軍のジム!

 魔将を打ち倒し、情報を得たアンゼリカ。

 彼女は倒れたならず者たちを癒やし、ねぎらった。


「よくぞ戦いましたね。あなたがたの頑張りを見て、人々は感動したことでしょう。大いなる肉体の躍動が人の心を動かすのです」


「せ……聖女様……!」


 感動するならず者達。

 実際、村を守るために戦い抜いたならず者に対し、村人達は優しかった。

 自分を守るために戦った者を、邪険に扱える人間などそうはいないのである。


 じきに、サウザー教の教義が変わる。

 そうなれば、人々はもう少しだけお互いに優しくなれるであろう。

 アンゼリカはそう信じていた。


 そうならなかったらもう一回教義を変えさせるだけの事である。


 基本的にこの世界の神様は、宗教のスタイルにノータッチなので各国が好き勝手に解釈して独自の教義を作っている。


 今回、神様から『サウザー教の教義はちょっと』という物言いが入ったので、サウザン帝国の宗教学者や良識的な僧侶が集まり、角を突き合わせての教義作成中なのである。


 あんなんでも神である。


 さて、アンゼリカはならず者ばかりでなく、倒れたモンスターをも癒やした。


『ウ、ググググ……? な、なぜ俺を……』


「戦いが終われば既に勝敗は決しています。良き勝負をしたものは敵ではなく、強敵ともなのですよ」


『ううっ、な、なんて眩しい……!』


 モンスターにはアンゼリカが光り輝いて見えた。

 敵を打ち倒すだけではない。

 敵と友達になってしまえば、そこには争いは起こらないのである……!


「これは合気の極意ではありますけれど」


 半身から得た記憶を呟くアンゼリカ。

 彼女の行いを見た村人が、ならず者があとに続く。


 戦い後のモンスターを助け起こし、傷の手当をし、戦場であった平原が優しい雰囲気に包まれていくのである。


 アンゼリカはそれを見回し、満足げに頷いた。


 回復した魔将は起き上がり、座った姿勢からアンゼリカを見上げた。


『……参った』


 降参の意を示す。


『魔王様よりチョップを賜り、俺は無敵になったとばかり思っていたが……まだまだ世界は広い。お前は恐ろしいほどの強さだ……』


プロレスに関わった歳月が勝負を分けたのです。あなたもあと二十年修練すれば私に追いつけるでしょう」


 アンゼリカはこんな事を言っているが、後ろでシーゲルが首を傾げている。

 無理でしょ? みたいな顔をしている。


『ああ、そうありたいものだ。お前ならば、魔王様を満足させられるのかも知れないな』


「満足ですか……?」


『あの方は常に飢えている。強い対戦相手に飢えているのだ。強い者を倒し、自らの強さを磨き上げ、より高みに至ることを目指している。だが、あの方はお優しい。我ら迫害されるモンスターを見てこう仰ったのだ。【お前達は立派な肉体を持ちながらも、その使い方を知らないでいる。余がそれを教えてやろう】とな。それから、俺たちモンスターは強くなった……!』


「魔王ゴッチ。変わらないのですね」


 アンゼリカの顔に笑みが浮かぶ。


『俺達では、あの方が望む強者には達することができなかった。聖女、お前ならばあるいは……!』


「ええ、無論です。ですが……」


 アンゼリカは平原を見て、何かを考える。


「せっかくならば、人とモンスター、多くの者達が見守る中で勝負をするのが良いのではないでしょうか?」


 鉄人テーズとの一戦のような、大会場での決戦。

 世界そのものを観客にする興行であった。


 これを、異世界世紀末はこう呼ぶようになっていた。聖戦、である。


『行くがいい……! あの山を超えたところに、魔王様の拠点はある。不思議な方で、城を建てる必要は無いと仰った。だから我らは魔王様に倣って、あそこをジムと呼んでいる』


「ジム!」


「ジム!」


 アンゼリカばかりか、黙って話を聞いていたデストロイヤーまで、目をキラキラと輝かせている。


 レスラーにとって、そこは第二の我が家のようなものである。


「よし、行こう。今すぐ行こう」


 そう告げると、デストロイヤーはハシリトカゲを走らせる。


「お待ちなさい、デストロイヤー! シーゲル、ミーナを連れてきて下さい」


「へい! ミーナー!」


 遠くでモンスターに包帯を巻いていたミーナが手を振る。


「そろそろ行くぞー!」


「はーい! うひゃー」


 何やら、モンスターに頭を撫でられているようである。

 少ししてから、ミーナが戻ってきた。


 二人をサイドカーに収めて、いざ出発。


 道なき道を、魔導バイクがひた走る。

 とは言っても、モンスターの集団が踏み固めた、いわゆる獣道のようなものは存在している。


 これを辿っていけばジムまで一直線というわけだ。

 野を越え、山を越え……。

 あっという間に、それは見えてきた。


 モンスター達が歩いて行軍してきたのだから、徒歩圏内にあるのが当たり前なのだが。


「あれがジムですか」


 それは、木々や岩、そして蜘蛛の糸のようなものに絡められた、奇怪な構造物に見えた。

 その入口は開け放たれている。


 周囲では、モンスター達が走り込みをしており、活気に満ちている。


「どうするんですか聖女様!」


「なんだかみんな楽しそうだねえ」


「ええ。彼らは鍛錬しているようですね。鍛錬そのものに善悪はありません。それに、この世界ではモンスター側がむしろ迫害されているというではありませんか。そういう立場の者は攻撃的になりやすいです。我々は戦いに来たのでは無いのですから、平和的に参りましょう」


「うし、じゃああたしもやるか。おい、半身、出番だ」


 デストロイヤーが覆面を被る。

 すると、小柄な少女だったその姿が白い光に包まれ、覆面の聖女デストロイヤーへと変化した。


「お? 半身からアンゼリカ、お前になんか話があるってよ」


 デストロイヤーは一度、口を閉ざす。

 そして再び口を開くと……。


「魔王ゴッチが試合をしないまま、返してくれると思っているのかい?」


 低い女の声になっていた。

 口調は、まるで男性のそれである。


「お久しぶりです、デストロイヤー」


「ああ、久しぶり。あなたと俺とはあまり試合できてなかったからね。何もかも終わったら、やろうじゃないか」


「ええ、もちろん。それから先程の問いへの答えですが……。彼が、無観客試合を望むと思いますか? あるいは、一方にのみ偏った観客の試合を」


「ああ、それは確かに。彼はプロフェッショナルだからな」


 デストロイヤーが肩をすくめた。


「そういうことです。では、彼に会いに行きましょう」


 バイクとハシリトカゲが、ジムに向かって突き進んでいく。


 モンスター達は、すぐに接近してくる者に気付いたようだ。

 集まってきて、警戒の声を上げる。


 アンゼリカはバイクを止めると、声を張り上げた。


「私は聖女アンゼリカ! 魔王ゴッチに会うべくやって参りました! こちらは聖女デストロイヤー! 空手チョップと、足四の字固めの名において、魔王ゴッチ! あなたとの再会を望みます!」


 どよめくモンスター達。

 人の聖女が、魔王に会いに……!?

 魔王を倒しに来たのか!?


 いや、あの魔王様が人に倒される訳がない。

 それにしても、空手チョップと足四の字固めとは……。

 まさかこの聖女も、魔王ゴッチと同じ技を使えるというのだろうか……!?


 その答えはすぐにやって来る。


 突如、ジムが鳴動する。

 その天井がパカリと開き、漆黒の翼を広げた影が飛び出してきたのだ。


『おお、魔王様!』


『魔王様ー!!』


『いかにも』


 空中で静止した影が、モンスターを睥睨する。

 その視線は、聖女達に向けられた。


 魔王ゴッチ。

 その姿は……褐色の肌を黒と金のボンテージ風鎧に包んだ、女悪魔だったのである……!


 言うなれば、闇の聖女であった!

 


 

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