第29話 闇の聖女! 魔王ゴッチ!

 黒い翼を広げ、魔王はアンゼリカの前に降り立った。

 背丈は聖女に近く、その肉体も鍛え抜かれている。


 魔将達に数々の技を授け、絶滅寸前だったモンスターを再起させた魔王の実力は、その見た目からも伺えよう。


『久しいな、二人とも。デストロイヤー、お前がそちら側につくとは思わなかったぞ』


 魔王はおかしくて堪らぬ、という風に笑う。

 銀の髪が陽光を受けて輝き、金色の瞳は細められた目の中から、二人の聖女を見据えている。


「と、とんでもねえ圧迫感だ! ありゃあ化け物だぞ!! 鉄人テーズと互角か、それ以上だ!」


「シーゲルわかるの?」


「聖女様についてあちこち回ってきたからな! なんか分かる……!」


 シーゲルの見立ては確かである。

 魔王ゴッチの実力は、魔族の中でも最強。

 彼女が全ての魔将を育て上げ、一つ一つの技のスペシャリストにしたのだ。


『早速、ここでやろうというのか?』


「まさか。無観客マッチなど、あなたが望むものではないでしょう?」


「あたしらとあんたの試合なら、大枚はたいてでも見たいって連中はゴロゴロいるよ。例えばそことか」


 デストロイヤーが指差した先には、木々の隙間からドキドキしながらこの光景を見ている神がいる。

 すっかりアンゼリカの追っかけである。


『神か。我々がこの地に降りてくるまで、なんの仕事もしていなかった怠け者よ』


「そう言えば、私の試合を実況した時、神はやたらと昭和の時代に詳しかったですね」


「あいつ、もしかして地球をうろうろしてたんじゃないのか?」


 魔王を含めた三人の聖女から、疑惑の視線が注がれる。 

 神はにっこり微笑んだ。


 ダッシュするデストロイヤー。

 そのまま、木陰の神を引っ張り出してきて転がし、足四の字固めを掛けた。


『ぐわーっ!!』


 神が激痛にのたうち回る。

 だが、とても嬉しそうだ。


「あ、すげえデジャヴを感じる……」


 デストロイヤー、かつて誰かにリング上でこの技を掛けたような。

 さんざん関節技で痛めつけてから解放すると、神は倒れたまま滂沱の涙を流していた。


『おお……この身で足四の字固めを受けられるとは……。嬉しい……。召喚した甲斐があった。いつ死んでもいい……』


「おいおいおい! 神が死んだらこの世界どうなるんだよ!?」


「全くです。今まで仕事をされてなかった分、働いてもらわなくてはなりません」


『その通りだ。世界に問題は山積みだろう。余も、アンゼリカも、デストロイヤーも、それぞれが世界の抱える歪みを解決しようと戦っているのだ』


「その話ですが、魔王よ。この世界にテーズも来ています」


『なんだと』


 魔王ゴッチの美しい顔が、歪んだ。

 怒りとか憎しみではなく、あ、困ったな、ちょっと顔を合わせづらいな、という微妙な感情にである。

 生前のモヤモヤが残っているのだ。


『奴と余ではスタンスが違ったからなー。悪いことをしたな。余は思い立ったら一直線な正確で、それで身を滅ぼそうと足を止めぬからな』


「では、今回の魔王軍が仕掛ける戦いもそれなのですか?」


『いかにも。虐げられていたモンスターが反逆の狼煙をあげているのよ。余の技があれば、モンスターと言えどならず者と渡り合えよう』


 事実、モンスターはプロレス技を用い、ならず者を圧倒していた。

 この世界のヒエラルキーは、ならず者が頂点に君臨するのである。

 強力なならず者を倒すためには、本来は騎士団や魔法、攻城兵器などを持ち出すのが常であった。


 この圧倒的なパワーバランスを崩す一手がプロレス技である。

 魔王軍はこれを用いて、人類に対して反逆の狼煙を上げたのだ。


『既に、サウザン帝国の一割は我らのものとなった。安心せよ。無駄な人死には出しておらぬ』


「ですが、土地を奪われれば人は生きてはいけないでしょう。それは、また争いを呼び、傷つけ合う事になる所業です」


『ならばまた戦えば良い』


 魔王ゴッチの理論はシンプルだ。

 力こそ全て。

 だが弱いものいじめはやめようね。


 これだ。

 圧倒的理論強度……!


「なんて完成された理論なんだ。付け入る隙がないぜ」


 デストロイヤーも認める。

 そうとなれば、相手の土俵に上がってこれを自らのものとするのが聖女アンゼリカ流であった。


 もとより彼女の半身は元力士でもある。 

 相手の土俵に上がるのはお手の物であった。


「力こそが全てであるならば……それは即ち、あなたと試合をして勝ったものは魔族をも傘下に加えられるということですね?」


『いかにも』


「私とデストロイヤー。そしてあなた。ここで戦ってもいいのですが……観客がいないのでは試合にならないでしょう?」


『確かにな。魔族も人も、己が見てもいない場所で行われた勝負によって、自分の立場が左右されるなど納得はできまいよ。余もお前が言わんとしていることに賛成だ』


「よし、話が早い! おい、神! 起きろ!」


 デストロイヤーに肩を貸されて、神は起き上がった。


『試合ですね』


 神はとてもうれしそうに笑う。

 いつものアルカイックスマイルではない。

 心からの笑みだ。


 神はプロレスファンであった。


『全世界にこの光景を中継しましょう。人と魔、どちらが勝つのかという勝負を……!』


「それはいいんだけどさ」


 デストロイヤーがいい感じの空気に水を差した。


「ゴッチは一人じゃん? あたしらは二人じゃん? これはちょっとハンデキャップマッチとしてもどうよ」


 すると、神はうんうんと頷く。


『そう思って、あと何人かレジェンドをこちらに召喚しています』


「おい」


 デストロイヤーが肘でツッコミを入れた。

 神は痛がっているが嬉しそうだ。


『もうひとりのデストロイヤーを、魔王の側には用意しましょう。今はウエスタン合衆国でヒーローをしていますが、既にその圧倒的実力と巨体で州軍を半壊状態に追い詰めています』


 ヒーローが州軍を半壊とは……?


「おい、まさか、もうひとりのデストロイヤーって……」


「ええ、彼でしょう」


 電撃参戦の新たなる刺客。


 ここに、ダブル聖女vs魔王・刺客コンビの試合が決定されたのである。


 その後、魔族にお茶など出してもらいつつ、アンゼリカと魔王と神で試合の日取りや演出などを決める。

 目的は、人とモンスターが和解することだ。

 そのためには、試合を素晴らしいものにする必要があった。


 もちろん、試合内容はガチである。


「別に彼を呼ばなくても、テーズを呼べばいいのですけれど」


『いや、まだちょっと気まずいから……。それからお前達、今日は泊まっていってモンスター達に稽古をつけてやってくれ。余だけでは傾向が偏る故な……』


「相変わらずのトレーナーぶりですね」


 すっかりフレンドリーにお喋りをする魔王と聖女達を見て、シーゲルは首を傾げた。


「強者同士は分かりあえる……のか?」


「仲がいいのはいいことだねえ」


 神が出てきたせいで毒気が抜かれたのである。

 この世界、だいたい全部神が悪い。


 かくして、試合当日に向けて準備が始まった。


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