第30話 聖女……じゃない! やってきたもうひとりのデストロイヤー!

 明らかに邪悪そうなマスクを付けた男がやって来た。

 これが、神が招いたというウエスタン合衆国からのもうひとりのデストロイヤーであろうか!


 現れたその男は、この場にいる聖女の誰よりもちょっと背が高い。

 周囲を見回すと、彼は目を見開き、驚くジェスチャーをした。


「驚いた。みんなガールになってるじゃあないか」


「マスクド・デストロイヤー……やはりあなたは、キラー・コワルスキーですね?」


「その通り。普段はマスクを付けて生活しているがね。これには理由がある」


 彼もまた、聖女アンゼリカの半身やデストロイヤー、魔王ゴッチと同時代を生きたレスラー……その魂を受け継ぐ存在だった。

 名ヒールとして名を轟かせ、昭和の時代に活躍した男だ。


「つーか、デストロイヤーが二人いたら紛らわしいでしょ。マスク脱げっての」


 今はマスク姿のデストロイヤーが、コワルスキーのマスクに手をかけた。


「あっ、やめるんだ! ウワーッ」


 上げられたコワルスキーの悲鳴が、段々甲高くなる。

 スポッとマスクが脱げたら、完全に女子の声になっていた。


 現れたのは、赤い髪を短く刈った精悍な印象の女性である。

 女子になってなお、アンゼリカ、デストロイヤー、ゴッチの中で一番背が高い。


「ううっ、なんということだ。俺は合衆国で、マスクを被ることでヒーローとして活躍していたのに」


「マスクを被ると性別が変わるタイプ……!」


『余が魔王なのだ。性別がコロコロ変わるくらいどうということはあるまい』


「あたしだってマスクしたら大きさ変わるからねー。でも、マスクはあたしの専売特許でしょ」


「それはそうだが……。俺はまだ女の体になって日が浅いんだ……!」


 ここに、人とモンスターの戦いの趨勢を決める四人のレスラー……否、聖女が集った。


 黄金の聖女アンゼリカ。覆面の聖女デストロイヤー。

 それに対するは、闇の聖女、魔王ゴッチ。なぜかモンスター側扱いになっている、コワルスキー。


「ちょっといいかね。日本だと、一言いうときはモノイイと言うんだろ?」


「懐かしいですね」


 元力士の半身を持つアンゼリカが目を細めた。


「俺の半身の名はコワルスキーだが、もう半身はバイオレットと呼ばれてたんだ。綴りも俺のミドルネームのウォルターに近いだろう?」


「ですがコワルスキー。いえ、ウォルター。……バイオレットでしたか? その名前では箔というものがつかないのでは」


「そうだねえ。でも、あたしらの稼業はもともと、見栄を張ってなんぼみたいなところがあるじゃん? ってことは、バイオレットのやつももっと演出をさ。州軍を滅ぼしたんでしょ?」


「滅ぼしてない滅ぼしてない! もう、相手の耳を削ぐような事故はたくさんなんだ! 俺は誰も死なないように、優しくだな……」


 ニードロップは訓練してない者は死ぬから封印した、とバイオレットは言った。

 彼女の得意技は、ニードロップとドロップキック、そしてストマッククローなどである。


「手加減して人間側の軍隊を壊滅させたんなら同じようなもんじゃない。ええと、確か彼の半身のあだ名は……」


 嬉々として神が話に加わってくる。


『殺人狂、死神、墓場の死者、さまよえる亡者、世紀の殺し屋、地獄の大統領ですよ……!!』


 詳しい。

 絶対に昭和の時代、日本にいた疑惑がある神だ。


 これを聞いて、アンゼリカもデストロイヤーもゴッチも、思わず微笑んだ。


「どれがいい?」


「どれがじゃないよ!? 確かにこう呼ばれてたけどな」


 ここで、アンゼリカが鶴の一声を発した。


「では、地獄の大統領で行きましょう。州軍を壊滅させたのですから、実質大統領では?」


「州軍は一地方の部隊に過ぎないんだが……。まあ、7つの州軍の部隊は平らげた……」


「地獄の大統領で」


『地獄の大統領であろうな』


 大統領とは、ウエスタン合衆国の最高権力者の称号である。

 それを名乗ることは即ち、知識ある者には、彼女が合衆国からやってきた聖女であることが明らかになる、ということなのだ。


『いいか? 我々が行う試合は、言わば人とモンスターの代理戦争だ。本来であれば国家がこれを代表するべきだが、聞いた話によるとサウザン帝国は機能不全に陥ったらしいな』


 魔王の言葉に、アンゼリカとデストロイヤーが微笑む。


「笑ってごまかしてるー」


「ミーナ、今その指摘しちゃだめだぞ」


『余は、今の世界をよしとしない。人が栄え、その影でモンスターが迫害されて滅ぼうとしている様を見過ごすことはできぬ』


「ええ。人もまた、強き人と弱き人に分かれ、強い者が迫害を行っています。彼らには愛が足りないのです」


『我らの戦いを見せ、モンスターと人との戦いを終えよう。良き試合を』


「ええ、良い試合を致しましょう」


 魔王と聖女が、がっちりと固い握手を交わす。


「つーか、なんで分かり合う気があるなら戦いを仕掛けたりしたんだ……?」


 シーゲルがぽつりと疑問を漏らす。

 これに、魔王ゴッチは応じた。


『プロレスは一人ではできぬからな。それを知るものが、少なくともあと一人必要だ』


 そう、魔王は、聖女を待っていたのだ。


「いや、あたしあたし! あたしがいたから!」


『デストロイヤーはサウザー教に足を引っ張られ、それどころではなかったであろうが』


 終戦に至るための要素はあっても、人間同士のいさかいが邪魔をし、試合を行えなかったのであった。


 試合の予定を取り付けたので、この場は解散となった。

 それまでは、魔王軍も戦いを行わない。


 魔王ゴッチが試合に望むための準備をしなくてはならないからだ。


 バイオレットも魔王軍側に宿泊することになった。


「いきなり神様に連れてこられて、しかも俺は人間なのにどうしてモンスター側で宿泊を……?」


 バイオレット、色々災難ではあった。

 



 アンゼリカ達が帰還すると、サウザン帝国の軍隊もまた引き上げていくところだった。

 昨日生まれた、新生サウザー教に突如神が降臨され、戦争の中止を指示したのだという。


「ありゃあびっくりしました。突然、泉に神様の姿が浮かんでこう言うんですよ。『戦争なんてやめて、聖女vs魔王の試合を見に行こう! 某月某日、○○平原にて! なお、試合は天空をスクリーンにして帝国全土に配信されます』」


 不思議な言葉だったが、人々はそれをすぐに理解できた。

 神がそうしたのである。


 かくして戦争は終わり……。

 人と魔の決戦の時まで、つかの間の平和が生まれる。



「聖女様、これ、もしかして一番悪いのは神様なんじゃないですかね?」


「しっ、思ってても言ってはいけませんよ!」






 

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