第36話 聖女の業! 最後の刺客!

「アンゼリカが結婚? それはいい」


 テーズは大笑いした。


「笑い事ではありません。これが案外、聖伯領の運営としても救世をしていくとしても、理に適った提案なのです。断る理由が見当たらないのです」


「アンゼリカ様の気持ち的にどうなのよ」


 北西八華戦、鋼鉄のゾビィから質問が来る。


「あまり興味がありません」


 アンゼリカの言葉に、誰もが「そうだろうなー」と頷いた。

 そもそも、戦うことと救世にしか興味がない御仁なのである。


 それは直に彼女と渡り合った八華戦が、よく知っていた。


「確かに王子の言うことにも一理ある! 一人でできることには限界がある故な。わしはいいとおもう」


 割と現実的な話をしてくる、元バルバロッサ監獄の獄長ダンカン。

 他の八華戦も同じ気持ちのようだ。


 皆、アンゼリカと戦い、敗れ、浄化された感じの人々である。


「聖女様けっこんするの? おめでとうー!!」


 お茶を持ってきたミーナが、素直に祝福の言葉を告げた。

 八華戦がほっこりする。


「まだそうと極まった……いえ、決まったわけでは」


「珍しい。聖女様が悩んでるぜ」


 シーゲルが驚いた。

 それはそうだろう。

 何事も、即断即決即実行であった聖女アンゼリカが、今回ばかりは実に歯切れが悪い。


 これは、半身があのレスラーなので、あっち側が悩んでいるのだろうか。

 いや、実は……。


『うーむむむむむ』


『どうしたんだ嬢ちゃん』


『私、聖女で道半ばなのに、こういうのいいんですかねえー。聖女はそもそも生涯を独身で神に仕え、神の伴侶として尽くしていくものだと思っていたのですが……』


『いいんじゃないのか? 誰かと一緒になったところで根っこの部分は変わらんだろ。そもそもお前さん、あの神様に仕えられるか? 俺、あの神の顔、実況席で見たことあるような気がするんだよな』


『そうなんですか!? あの神様、ずっとこっちの世界をご覧になってなかったんだ……。なんという怠慢。許せません』


『次に会ったら脳天唐竹割りだな。おっと、こりゃああいつの技か』


 アンゼリカの脳内で、久々に現れた半身同士の会議が行われている。


『だが、あいつも死んだし、こっちの世界に神が呼び込みそうだよな。俺と会うの嫌がるだろうなあ』


 レスラー側の半身がわははと笑った。


『あなたもお知り合い多いですものね。私はまだ、18の小娘ですから。世間ではもう、結婚しててもおかしくない年ではあるのですけど』


 聖女アンゼが、唇を尖らせてぼやく。


『ま、外の連中もまさかと思うだろうさ。俺は別に構わねえのに、嬢ちゃんがぐずって判断できてねえとはな。一年くらいゆっくり考えてみろよ。時間はたっぷりあるぜ。少なくとも、酒はほどほどしかやってねえし、暴れる癖もないし、興奮剤もやってない。俺みたいに死ぬことはないからよ』


 そう言うと、また笑うレスラーなのだった。


『笑い事じゃありませーん!』


 脳内会議が終了する。

 傍からは、じっと目を閉じて考えているように見えたアンゼリカ。


 突然、カッと目を見開いた。


「一年猶予をいただき考えます」


 これには、八華戦も苦笑い。

 自分たちの盟主たる最強の聖女も、年頃の女の子なのである。


「焦ることはない。君の中の彼も、そう言っていたのだろう?」


 テーズだけはよく分かっているようであった。


「それに、この世界はあの神が仕事を始めた世界なんだ。これまで起きなかった事件が次々に発生する気がする。例えば……この間のタッグ戦のように、我々の因縁とかそういうものを呼び起こすような事件とかね」


「因縁ですか。ごうのようなものですね」 


『俺の業か』


 アンゼリカの中で、レスラーが呟く。


『じゃあ、あいつが来ていても何もおかしくないよな』





 その後、王子にあと一年の猶予と伝えたアンゼリカである。

 クラウディオ王子は微笑みながら、


「ああ、一年もあれば式の準備ができるだろうね。正直、すぐに結婚しようと言われたら大変だぞと身構えていたんだ」


 などと発した。

 なかなか食えぬ男である。

 アンゼリカが何とも言えぬ顔になった。


「聖女様がいろんな顔をしてる!」


 ミーナとしては、表情豊かなアンゼリカが楽しいようだ。


「あと一年あれば、国中……いや、世界中に根回しが済むことだろう。幸い、君の活躍が、サウザン帝国との国交を開いてくれた。合衆国や共和国とも、交流を持てるようになるのは遠い日の話ではないだろうね。一年。なるほど、絶妙な時間だ」


 アンゼリカがさらに、何とも言えぬ顔になる。


 これでは、一年後にプロポーズを受諾すると公言したようなものではないか。

 いや、そもそもアンゼリカの中にいる、聖女アンゼが返答を保留している理由も大したものではないのだが。

 なんか、こう、もやもやする……程度のものだ。


「ここからの一年、ノーザン王国は全力で君を、聖女アンゼリカを援助する。聖女としてのさらなる活動に邁進して欲しい! 世界を救世し、人と人を繋げていくんだ」


「はい、それはもちろん。そして援助のお話、ありがとうございます」


 救世せよという話であれば、悩む必要もない。

 アンゼリカはうやうやしく礼の姿勢を取るのだった。


 ここで、王子クラウディオとの逢瀬は終わりを迎える……はずだったのだが。

 人の業というものは、ちょうどいい機会を待ってはくれないものである。


「救世か。それはどちらが行わんとしているものか? まあ、それはどうでもいい」


 クラウディオの後ろから声が掛かった。

 女の声である。


「貴様、何者だ!」


「止まれ! 殿下に近づくことは許さん!」


 兵士達が、その声の主を押し留めようとする。

 だが、それは次の瞬間、悲鳴に変わった。


「ウグワーッ!?」


 兵士の体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 ちゃんと頭を打たぬよう、襟口を掴んで持ち上げてある辺り、気遣いができている。


 一人は背負投げ。

 一人は内股。

 ぽんぽんと、面白いように兵士が倒されていく。

 その誰もが、倒された後は衝撃で動けないながら、意識をハッキリとさせていた。


「ほう、あれは」


 アンゼリカの口から、先程までの少女然としたものとは明らかに異なる言葉が漏れる。


「手加減が上手くなったではありませんか」


「なに。俺もいい年まで生きたからな」


 クラウディオはここでようやく、振り返ることができた。


 背後には、自分よりもやや背の低い女が立っている。

 アンゼリカと比べれば小兵と言えるかも知れない。

 だが、彼女の持つ雰囲気が、決して小さいと思わせないものだった。


 一言で言うなら、分厚い。

 がっしりとした鍛え抜かれた体躯、地に根ざしたように堂々と立つ足。

 両脇に垂らされた腕は、無形ながらも、ここからあらゆる形の組技に移行できるであろう。


「今度も当身禁止でやるか?」


 女の目が、アンゼリカを見据える。


「いいえ。全てを解禁して行いましょう。なるほど……私の業、ですか」


 向かい合う、アンゼリカと女。

 女の名はキムラ。


 異世界にて、最強の柔道家の魂を受け継いだ存在である。


 こうして、二人は再会する事となる。


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