第15話 帰還の聖女、近況報告をしたりされたり
聖女アンゼリカが帰ってくると言うので、王宮は大変な騒ぎになった。
最近すっかり発言力が落ちた国王は、大人しく謁見の間にいる。
王子クラウディオはやる気満々だ。
そう遠くない未来、王位を継承するだろうと口の悪い人々は囁きあう。
「さあ、私の大切な人が帰ってくるのだ! 肉とエールを用意するんだ! 何、ダーマス大司祭が私に謁見を申し込んでいる? 後回しだ後回し! 何? 緊急? うるさい奴だな。あのマッチョにくにくとした司祭だろう? 何の用事があって……」
王子はアンゼリカを迎える準備を命じつつ、ダーマスに会いに行った。
「おお、クラウディオ殿下ご機嫌うるわしゅう」
「機嫌は悪いぞ。私はアンゼリカを迎えねばならないのだ」
「はて、聖女アンゼリカは国外追放となったはずですが?」
「ああ、まだそちらまで私が出した触れが届いていなかったようだな。北西八華戦のうち、七人までを討ち取った栄誉を讃えて、国外追放の罪は許されることになった。それどころか、彼女には領地が与えられるぞ。空白地帯だ」
「わっはっは、なるほど、そういう茶番でしたか!」
「茶番と言うな。世の中のほとんどは茶番だ。第一、全てが全て真剣勝負だったら気持ちが持つまいに。事は成される前に、既に結果が決まっているものだ」
「然り然り。そしてその茶番に水を差すような情報を、わしの子飼いの冒険者が持ち帰ってきまして。いや、まさかユーイめを退けるほどの手練が八華戦にいたとは」
「ユーイ? あの悪名高き戦闘狂、暗黒剣のユーイか。貴様が飼っていたとはな」
「いえいえ、あくまで契約しているだけでして。して、殿下。北西八華戦そのものが、たった一人の男のためにあるという話をご存知で?」
「なにっ」
ダーマス大司祭はにんまりと笑った。
「ご存じなかったようですな。この男は、突如として空白地帯に現れ、勢力をまとめ上げました。人格者ではあるのですが、相手を認める基準は強さ……! 結果、あの弱肉強食の世界が生まれたわけですな」
「空白地帯を、空白地帯たらしめている原因の一人か……! それほどなのか、あの男は」
「ええ。鉄人の二つ名を持つ、テーズ・ルーファス。今はあまりにも強すぎる力を、仮面で覆ってはいますが……おそらく、聖女アンゼリカはあの鉄人を目覚めさせてしまうでしょう」
「なんと……!」
「テーズの実力は本物ですぞ。ユーイは、聖女と同じ投げ技で投げられた、と言っておりました」
「彼女と同じ徒手空拳の使い手か……!」
クラウディオ王子は考え込んだ。
これは、歓迎パーティどころでは無いかも知れない。
そして聖女が帰還する。
「ようこそ、聖女アンゼリカ! 私の大切な人よ!!」
それはそれとして、歓迎パーティをしてアンゼリカを出迎えるクラウディオである。
事態がシリアスであろうが、意中の女性が試練を見事にやり遂げて帰ってきたのだ。
これを喜ばぬ者があろうか。
「ご歓待ありがとうございます、殿下。兵士達からは、怯えた獣のような視線を感じるのですが」
「あなたの美しさに皆怯えているのですよ」
歯の浮くような事をサラッと言うので、おつきのシーゲルがウエーという顔になり、ついでに肉を食べについてきた少女ミーナが、素敵!と両手を合わせて微笑んだ。
「ねえシーゲル、王子様は聖女様がお好きなんだわ! すてきー! 王子と聖女のみちならぬ恋!」
「俺はそういうチャラチャラした話が大嫌いなんだよぉーっ! キヒャーッ! 肉を持ってこーいっ!!」
本日も、付き人二人は隔離され、壁の向こうで肉を食べることに。
王子の居室では、アンゼリカとクラウディオの二人。
そしてもうひとり。
「これは、ダーマス大司祭様」
「お久しぶりですな、聖女アンゼリカ! 貴女が晴れて国外追放を解かれ、聖女にして貴族としての地位を与えられると聞いて祝福に駆けつけましたぞ!」
「まあ、お耳が早い。私の帰還は広く知れ渡ってなどいないはずですが」
「ぬふふふふ、わしにも独自の情報網があるのですぞ。北西八華戦を七人まで仕留めたとのことですが、おめでとうございますぞ!」
「命は取っていません。プロレスとは相手を殺す技ではありませんから」
谷底に投げ捨てた人も生きているのだ!
「ですが、その不殺の誓いも最後の八華戦の前では守れるかどうか……!!」
「鉄人テーズですね。よく知っています。とても、よく」
聖女が微笑んだ。
凄みのある微笑みである。
海千山千のダーマス大司祭が何も言えなくなった。
彼は悟る。
聖女アンゼリカは、自分が得た情報以上のものを、体感として既に知っているのだと。
つまり、鉄人テーズ・ルーファスの強さ、恐ろしさを十分に理解しながら挑もうとしていることになる。
暗黒剣のユーイは、強者を襲いたい欲求に逆らえず、密偵の職務を忘れてテーズに襲いかかった。
だが、その動きは全て受け止められ、グレコローマンスタイルのレスリングで圧倒された後、レスリングスタイルの高速バックドロップによって倒されたのである。
あの時、空蝉が成功していなければKOされていたと、ユーイは語る。
まるで聖女を相手にしているときのような強さだったと。
だが、それすらも話す必要はあるまい。
そんな情報、聖女はどうやら、とうの昔に知っていたようなのだ。
これこそ、これでこそ、聖女アンゼリカは大教会を変革しうる存在と言えよう!
神はかの聖女に、次々に試練を与える!
きっと、彼女はこの試練のことごとくをくぐり抜けるであろう!
興奮に汗ばむダーマスであった。
「ダーマス大司祭、汗をふきなさい」
「あ、これは失敬したのですぞ」
ダーマスの暑苦しい話が終わり、王子クラウディオはホッと一息ついた。
「ときにアンゼリカ。君はいつ旅立つんだね? それまでに時間が空いているなら、王宮の中庭などを案内しよう。あれは先々代の王が作らせた素晴らしい庭園でね。じきに君も自由に歩けるようになるだろう」
「庭園……。芝生や砂地はございますか?」
「あるが」
「なるほど、それは素晴らしいです」
アンゼリカが微笑む。
彼女は野外でのスパーリングができそうかどうかで庭園を判断したのだが、それにクラウディオは気づかない。
「旅の支度があるだろう。それに、疲れを落としてかの鉄人との戦いに備えてもらわねばならない」
「はい。鉄人テーズ。この世界に来てから最大の敵となることでしょう」
アンゼリカの笑みの性質が変わる。
一見して穏やかなそれなのに、見るものの背筋を寒くする。
肉食獣の笑みである。
「ようやく、プロレスができます」
聖女としてのあり方で抑えつけてきた、レスラーの本質的性質。
それがむき出しになった瞬間であった。
確かに、異世界世紀末を闊歩するならず者達は、人間を越えた巨体に見えるほどの圧迫感を持ってはいるものの、アンゼリカに及ばなかった。
だが、鉄人テーズは違うだろう。
クラウディオから見ても、アンゼリカがそういう期待を抱いているのだと分かった。
「これは、妻にした後も定期的に強者を補給させねばならないな。やれやれ、贅沢なお嬢さんだ」
ここで、あばたもえくぼ、みたいな感じでニコニコする辺り、クラウディオはアンゼリカに本気らしい。
結局その後、クラウディオはアンゼリカを中庭に案内し、
「スパーリングしてみませんか?」
「君と組み合っていいのかい? ふふふ、私のテクニックは凄いよ」
などと言いながら、さんざんレスリングや相撲といったテクニックで可愛がられることになるのである。
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