第14話 監獄の聖女! 檻を撃ち抜くキャプチュード!

 空白北西地域にある、闇の監獄バルバロッサ。

 そこは、周囲から集められた札付きのワル達が収監されており、彼らに再教育を施して一流のヒャッハーとして出荷していた。


 そして、悪党だけではない。

 八華戦から課される重税を払えぬ村人もまた、ここに閉じ込められ、終わりなき労働を強制されていたのだ……!



「ひぃ、ひぃ、もう、もうだめじゃあ。こんな何のためなのかよく分からない車輪をぐるぐる回すだけの生活なんてうんざりじゃあ」


 それは監獄の電力を供給するための人力装置なのだが、見張りのモヒカン達はそういった知識が無いために説明できない!


「くっそお……! どうして穴をほってまた埋めさせられるんだ! こんな労働に意味なんかねえじゃねえか……!!」


 それは土を柔らかくほぐすことで、この後畑として利用して監獄のご飯を作るための基盤作業なのである!

 ちなみにやっぱり見張りのモヒカンは分かってない。


 どの作業にもちゃんと意味があるのだが、その辺りの説明がされないので収監された者達の納得度が低い。

 結果として、この労務が拷問になってしまっていた……!


「くっそぉー!! やめだやめだ! こんなことやってられねえ!」


 若い男がシャベルを捨てて、走り出した。


「こらぁーっ! まてえぇーい!!」


 モヒカンが後を追う。

 だが、普段はバイクに乗って暮らしている生き物なので、全力疾走の若者に追いつけない。


 若者は監獄と外を隔てる壁に取り付き、よじ登ろうとした。


 その時である。


「んん~? 気のせいかなぁ~? わしの目には、この監獄から逃げ出そうとしている者が見えるのだがぁ~?」


 突然現れる、身の丈6mのヒゲの大男!

 無論、圧迫感がそう見せているだけである。


「ひ、ひぃっ!! 獄長ダンカン!」


 両手に巨大な棍棒を持ち、棘付き兜姿で上半身裸のこの男こそ、八華戦の一人。

 獄長ダンカン!


「つ、掴まったら終わりだあー!」


 男は必死に逃げようとする。

 だが、ダンカンはそれを許しはしなかった。


「そぉら」


 投げられる棍棒。

 男を直撃!


「ウグワーッ!!」


 男が落ちてきた。

 幸い、足元はよくほぐされた畑用の地面だったので、落下して死ぬことは無かったようである。


「おい、こいつを反省房へ連れていけい!!」


「へ、へい!!」


 モヒカン達が、慌てて男を捕らえ、連れて行く。


「ふん! 日々の仕事を投げ出して逃げるとは、なんという奴だ! わしは怠け者がだぁい嫌いなのだぁ!!」


「おや、勤勉を旨とするとは殊勝な心がけです」


「むっ、何者だあ!」


 ダンカンが振り向く。


「シャオラアッ!」


「ウグワーッ!!」


 響き渡る気合の声と、倒れるモヒカン達。

 そこには、チョップの体勢になった女が一人。


 ボロをかぶって、その姿はハッキリとしない。


「なんだあ~? 女あ、お前は何者だあ~? 顔を見せろぉ!」


 ダンカンの棍棒が振り回される。

 すると、女の顔を覆っていたぼろが風に流れた。


 広がるのは、美しい金髪。

 そして強い力を持つ青い眼差し。


 それは、聖衣を纏った、まさしく聖女であった。

 そしてでかい。


「ボロを剥いだらでかくなっただとぉ……!?」


 ボロで覆われていたときには分からなかったが、彼女が纏う強烈な威圧感が、ついにあらわになったのである。


「私の名は、聖女アンゼリカ。このバルバロッサ大監獄を解放に参りました」


「わしの監獄を解放だと!? バカめ、この監獄がなくなれば、どうなるか分かっているのか! 職業訓練されぬ無軌道な若者で世が満ち、北西地区の治安はさらに悪化するであろう!!」


 アンゼリカが妙な顔をした。


「そして税を払わなくても良いということになり、脱税が横行してモラルは地に落ちる! 大体こんな荒れ地ばかりの土地で暮らしていて税金が軽いわけが無いのだあ!!」


「……もしやあなたは、割と善意で仕事をしている?」


「そうだあ~! 我が監獄の労務は全て大事な意味があるう~!!」


「どうやらあなたは、私が今まで倒してきた六人の八華戦とは違うようですね」


「な、なにぃ~!?」


 なんと!!

 既に八華戦は六人まで倒されていたのだ……!!


「道理で最近、監獄に送られてくる脱税者が減ったと思ったら……。そもそも税を徴収できていなかったのかあ~!」


「そもそも、荒れ地では税金を収められる程の収入は得られないのではないですか……!?」


 聖女アンゼリカが鋭く問う。

 すると、獄長ダンカンはハッとした。


「ほんとだ……!!」


 まさに盲点であった。


「道理で後から後から囚人が送られてくるはずじゃあ……!! これは、我が監獄のエリートを新たな八華戦として送り込まねばなあ~!!」


「なにっ」


 アンゼリカの表情が険しくなった。


「また悪さをするかもしれないと言うのに、力しか持たぬ者を野に解き放つというのですか」


「その通りだあ~! わしは、監獄を運営して北西空白地帯の秩序を維持することだけが生きがいじゃあ~! 外がどれだけ地獄になろうが、その辺りは考えないことに決めているからこうして毎日をルーチンワークで暮らしていけるのだぁ~!!」


「なんたる邪悪。やはり、あなたは人々を苦しめる悪でしかなかったようですね」


「始めからこうなる運命よぉ~!! 者共、準備はできたかぁ~!!」


 ダンカンが叫ぶと、いつの間にか集まっていたモヒカンが「もちろんですぜ!!」と応じる。


 彼らの背後には、巨大な檻に車輪がついたものが……。


「解き放て! 我が監獄最大最強の囚人、デビルリバプールを!!」


「へい!」


 檻が開け放たれる。

 それと同時に、その中にいた巨大な物を縛り付けていた鎖が、弾け飛んだ。


「うおおおおおーん!」


 突き出された巨大な手が、モヒカンを一掴みにする。


「うぎゃああー!」


「うおーん!!」


 モヒカンを監獄の塀に向かってポイ捨てする!


「ウグワーッ!!」


 のっそりと姿を現したのは……。

 なんと、身の丈10mになろうかという大男であった。


 威圧感による錯覚であることは言うまでもない。


「やれえい、デビルリバプール!」


「うおおおおおーん!!」


「これが監獄の切り札というわけですか。このリーチの差……チョップは通用しそうにありませんね」


 冷静に戦力を見極めるアンゼリカ。

 彼女が戦った相手の中でも、間違いなく最大の敵である。


 人間でありながら巨人族を凌ぐ体格(圧迫感)。

 そして凶暴性!


「うおおおおーん!!」


「ウグワー! 俺達を巻き込んでぇー!」


「獄長、こいつ言うことを聞きませんウグワー!!」


 モヒカン達を薙ぎ倒しながら、襲いかかるデビルリバプール!

 その力任せの一撃を、アンゼリカは受け止めた。


 片腕である。


「ですが、どれだけ大きな相手であろうが、その攻撃を真っ向から受け止めるのがプロレスラーというものです……! ふんっ!!」


 彼女が気合を込めると、デビルリバプールの巨腕が跳ね上げられる。


「うおおおおん!?」


「さすがだぜ聖女様!!」


 モヒカンに混じって工作活動をしていたシーゲルが歓声をあげた。

 現場は混乱しているため、シーゲルがそんな事をしても誰も気付いていない。


 アンゼリカはやや前傾姿勢でダッシュした。

 これはレスリングの動きである。

 そして正面から、デビルリバプールの足に組み付く……!


「ここに転生してくる時、未来の技を幾つかマスターしてきたのです。これはその一つ……!!」


「馬鹿め! デビルリバプールの巨体をお前のようなちびの聖女が投げ飛ばせるものか! ……な、なにぃーっ!? 聖女が大きくなっただとぉ~!!」


 そう!

 大きさの錯覚が威圧感によるものなら、聖女の威圧感がデビルリバプールに匹敵すれば、大きさも揃うのが必然。


 デビルリバプールの足は抱え上げられ、その腕は聖女の肩に掛けられていた。


「う、うおおおおん!?」


 この巨体では、技の応酬などしたことがあるまい。

 故に、この巨人は聖女に大して成すすべが無かった。


「キャプチュード!!」


 正面から足を抱えて、体をそらしながら後方へ投げ飛ばす……!!


 デビルリバプールの巨体が宙を舞った。

 そして、塀に激しく叩きつけられる。


「ウグワーッ!!」


「ウグワーッ!!」


 獄長ダンカンも巻き込まれた。

 塀がみしみしと音を立て、ついには衝撃に耐えられなくなり、バラバラに分解していく。


 外の世界があらわになった。


「やった! 塀が崩れたぞ!」


「俺達は自由だ!!」


 飛び出していく囚人……もとい村人達。


 モヒカン達は恐怖に震える。

 無敵のはずのデビルリバプールが敗れ去り、ダンカン獄長もその下敷きになって目を回している。


 目の前の女一人が、難攻不落のバルバロイ監獄を破壊したのだ。


「う……うう……。聖女よ、お前は何を考えているのだあ……。民衆の自由にさせていてもそこには破滅しかないのだあ……。だから我ら八華戦の長、鉄人テーズ様は、魔王からのコンサルティングを受けて民を管理することにぃ……がくり」


 そこまで言って、ダンカン獄長は力尽きた。

 死んではいない。気絶しただけだ。


「魔王ですって? そして……八華戦最後の一人、テーズ……。その名に覚えがあります」


 聖女は予感する。

 この異世界世紀末に来てから、最大の敵との戦いの予感である。


「聖女様、大丈夫ですよね? 聖女様は無敵ですから!」


「ええ、そうありたいものです、シーゲル。ですが、無敵とは驕りの代名詞。いつかは打ち破られる存在です。次なる相手はおそらく……私がいた世界で、20世紀最高と言われた者の再来」


 無敵の聖女vs最高と言われた存在。

 その戦いは、すぐそこに迫っていた。



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