第32話 聖戦勃発!

『光よ、あれ』


 神がおごそかに宣言した。

 すると、ゴングが現れた。


 天使がレフェリーとしてリングに降り立つ。

 四人の聖女を、ボディチェックだ。


 天使のボディチェックはザルである。

 よくチェックを逃れて凶器が持ち込まれる。


「私もあれで武器のチェックが漏れててね」


『レフェリーはしっかりチェックして欲しいものですねー』


 テーズと神が談笑している。

 天使のチェック能力に関しては神の管轄ではないのか。


 ボディチェックも終わり、天使は問題ないことを実況席に告げた。

 神は頷く。

 この後、隠された凶器が出てきても、それはチェックを抜けた後なのだから合法なのだ。


 一応反則は取るが。


 全ての手順は滞りなく行われた。

 これより始まるのは、紛うことなき聖戦。


 人とモンスターの争いの趨勢を決める、一大決戦なのであった。


「なんで俺がモンスター側なんだ……。確かに生前はヒール顔だったけど……」


 コワルスキーが悩んでいる。

 そんな彼女を青コーナーに残し、魔王は悠然とリング中央に歩み寄る。


 相対するは聖女アンゼリカ。


『良き試合をしよう』


「ええ、もちろんです」


 にこやかに、両雄は握手する。

 なんたる紳士的……いや、淑女的な始まりであろうか。

 誰もがこの光景を見て、さすがは聖女だと感心した。


 そしてゴングは高らかに打ち鳴らされた。


 その瞬間である。

 握手は友好の挨拶などではなく、恐るべき開戦の駆け引きに変じた。


 握りあった手に、二人の聖女の力がこもる。

 発されたあまりのパワーに、周囲の空間が歪むほどである。


 これは力比べか?

 否!


 この握手を制したのは、千の技を持つと称される、魔王ゴッチ!


 片手から、アンゼリカのお株を奪うハンマースルーでロープへと彼女を投げた!

 ロープの反動で戻るアンゼリカに対し、ゴッチが迎撃するのは……。


 体勢を下げ、戻るアンゼリカを担ぎ上げると同時、翼で一気に飛翔した。そして、高高度からのショルダースルー!

 アンゼリカがマットへと叩きつけられた。


『おおっとこれは、魔族ならではの肉体を用いたプロレス! 全く新しいプロレスです! 異世界において神と呼ばれた男、この異世界世紀末でプロレスを進化させたのかーっ!?』


「あちらにいた頃にも増して、動きに磨きが掛かってるね。全盛期の肉体と80年の人生経験が合わさった結果だよ」


『なるほどー! テーズさんから見て、今の魔王ゴッチはどう……おーっとここから、アンゼリカを引き起こしての……伝家の宝刀! ジャーマンスープレックスだーっ!!』


「美しいスープレックスだねえ。彼は人間的にこだわりが強いタイプだが、故に技に妥協が無い。あのスープレックスはプロレス界の至宝と言っていいだろう」


 神とテーズの実況、解説が戦況を事細かに伝えてくる。


 強烈な一撃をもらったアンゼリカ、それでも、頭を振りながら立ち上がる。

 彼女には立ち上がる理由があるのだ!


『魔王ゴッチ、休ませるつもりは無いようです。ここからさらに、組み付いてのフライングメイヤー……! 攻める、攻め立てる! 圧倒的な技術で、アンゼリカに付け入る隙を与えません! これは聖女アンゼリカ、初めて戦うタイプのレスラー……いや、対戦相手ですねえ』


「ゴッチはストロングスタイルだよ。彼は……失礼、彼女だったか。絶対に己のスタイルを曲げることはない。プロレスとしては賛否が分かれるところだろうが……勝ちに対する執念は一流だ」


『なるほど。それ故に、ゴッチ流のレスリングでアンゼリカを攻め立てているわけですね。おお、これもアンゼリカ、立ち上がるが……流石に足元がふらついているーっ!』


「聖女様ー!」


「聖女様ーっ!」


 ミーナとシーゲルの声が響く。


「アンゼリカ、タッチだ! 立ち上がりであいつのペースにのるんじゃないよ! あたしに任せな!」


「私としたことが……! お願いします、デストロイヤー」


「よしきた!」


 アンゼリカの手にタッチし、リング内には覆面の聖女、デストロイヤーが降り立つ。

 これを見て、帝国の人々がわーっと沸き返った。


 聖女デストロイヤーが今、魔王と相対したのだ!


『誰が来ても同じことだ。我がレスリングの技で仕留めてくれよう』


「レスリングだってんなら、なんで弟子にチョップを教え込んでた?」


 対峙するデストロイヤー、じりじりとゴッチとの間合いを詰めていく。


「弟子の特性に合わせて技を教えてただろ。あんたは真面目すぎるんだ。最良の技が教えられるかも知れないが、あれはゴッチ流のスタイルじゃない。トレーニングのときだけ、トレーニングの神様になってどうすんだよ。ゴッチを貫けよ」


『口先だけは達者と見えるなっ!』


『ここで魔王ゴッチ、デストロイヤーに襲いかかる! おや? このファイティングポーズは……』


「ああ、私のものに似ているね」


 テーズが笑った。

 組み付いたゴッチ、デストロイヤーの腕を掴んだまま、上空へと持ち上げる。

 またも、翼を用いた、モンスターのプロレスをやるつもりなのだ!


 だが、空は翼あるものだけの領域ではなかった。


「ほいさっ!!」


『な、なにいっ!?』


 空中でゴッチは体勢を崩され、デストロイヤーの肩に担がれる。


「これが本当の、エアプレーンスピンってな!」


 飛行機なきこの世界に、飛行機投げが爆誕する!

 空から落下する勢いのまま、デストロイヤーはゴッチをリングに投げつけた。

 大地が揺るがされるほどの振動が生まれ、観戦していたモンスター達も、帝国の臣民も腰を抜かしてしまった。


『ぬうっ!!』


「そらっ! ドロップキックだ!!」


 飛び上がるデストロイヤー。

 軽やかな動きだ。

 ゴッチは蹴り飛ばされ、翼での抑制も間に合わずに場外へと落下した。


 落下寸前、ゴッチの手が伸ばされたもうひとりの手に触れている。


「コワルスキーか」


「俺はぶっちゃけ、この勝負をやる理由が無いんだが……」


 リング上に現れるコワルスキー。

 大きい。

 圧迫感だけなら、この場にいる四人で最大である。


「やるとなったら全力だ! 行くぜ!!」


 突然ウエスタン合衆国からさらわれてきて電撃参戦することになったコワルスキー、やる気で襲いかかってくる!

 その一発目は、至近距離からのハンマーブロー!

 拳を握りしめ、腕ごと相手に振り下ろす一撃である。


「うおおっ! なんだこの衝撃は!」


 叩きつけられた瞬間、デストロイヤーの膝がリングに付いた。

 およそ洗練とは程遠い、力任せの一撃。

 だからこそ芯まで響く。


「流石だな。この一撃でウエスタン合衆国の州軍を半壊させたもんだが……聖女はできが違う……なっ!」


『振り下ろされるハンマーブロー! これは堪らず、デストロイヤーが倒れ込むーっ!』


 帝国中から上がる悲鳴。

 我らの聖女が、よく分からないでかくて強そうな女にやられている!!


「倒れちゃいられないんだよ、帝国を背負う聖女としてはね! 階級とかクソみたいなもんがある国だけど、これから良くするんだから、それを見ないでやられるのはなしなし!!」


 デストロイヤーはコワルスキーの股間をくぐり、背後へとエスケープした。


「小癪な!」


 振り返り、掴みかかるコワルスキー。

 だが、その目の前にあったのはデストロイヤーの足の裏だった。


「ドロップキック!」


「ぐわーっ!!」


「てか、あんた聖女なんだから聖女らしい言葉遣いしときなよ!」


「体には馴染んだが性別には馴染んでいないんだ! 仕方ないだろう! そしてドロップキックはお前の専売特許ではない!」


 コワルスキーが宣言するなり、跳び上がった。

 あの巨体が、空を舞う!


「な、なにいーっ!!」


 強烈なキックが、デストロイヤーを吹き飛ばした。

 方角は赤コーナー。

 コーナーポストに叩きつけられたデストロイヤーの手を、アンゼリカがタッチする。


 疾風のように、聖女がリングイン!


「誰が来ても同じこと!! おらあっ!!」


 振り下ろされるハンマーブロー!

 大地を割る程の一撃だ。

 だが……そこに、世界最強のチョップが合せられる。


「空手チョップ!」


「なっ!? ウグワーッ!!」


 ハンマーブローが弾き飛ばされ、袈裟懸けにコワルスキーの体をチョップが駆け抜ける。


「空手チョップ! 空手チョップ!」


「グワ、グワーッ!!」


 堪らず、尻もちをつくコワルスキー。

 だが、聖女の空手チョップを連続で喰らいながら、尻もちで堪える辺りは尋常なタフネスではない……!


 ならず者なら既に百人単位で倒されている衝撃である。

 既に、モンスターも帝国の臣民も、我を忘れて声援を送っている。


 どちらが味方、どちらが敵という話ではない。

 今目の前で行われているこれは、神々の戦いなのだ……!



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