第33話 聖戦決着!?

『さあ十五分が経過し、リングの上は混沌となってまいりました。これはまるで光と闇が入り交じる陰陽のるつぼ! さながら異世界世紀末に爆誕した混ぜて色が変わるお菓子とでもいうのか! しかしこの戦いに混ざり合う灰色の決着は無い! 白か黒か! どちらかが制して全てを得る! すなわちこの戦いはリバーシだーっ!!』


「神様、よくそんなに口回るね」


 テーズが感心して言った。


 果たして、リングの状況は神の語る通りであった。

 場外から戻ってきたゴッチがアンゼリカに襲いかかり、それを迎撃しようとロープの隙間から跳ぶデストロイヤー。

 空手チョップの連打でアンゼリカはコワルスキーをコーナーポストに追い込んでいるところだった。


 誰が敵で誰が味方なのか。

 誰がリングの中に残る資格を持っているのか。

 それすらも曖昧となる、混沌こそがまさしくタッグ戦の醍醐味である。


『おおっと、既にグロッキーのコワルスキーに、ゴッチが救援だ! デストロイヤーをフライングメイヤーで投げ捨てると、背後からアンゼリカに組付き……これは、またジャーマンが来るのかーっ!?』


『好きにはさせんぞアンゼリカ! これで……終わらせてやる!』


 ジャーマンスープレックスの形に持ち上げようとするが、これにはアンゼリカも抵抗する。


「聖女に同じ技は……二度通用しません!」


 そんなことはない。


 だが、有言実行アンゼリカ。

 組み付いたゴッチへの強烈なエルボーで、ホールドを緩める。

 そして振り向きざまの空手チョップである。


『ぬおおっ!!』


 チョップを警戒していたはずだったが、強引に決められては堪らない。

 ゴッチは打撃を受けて後退した。


『強烈、空手チョップー! 下がるゴッチ! 下がられたら追うのがプロレスです! アンゼリカ追うーっ! だがしかし、背後のそいつはまだ死に体じゃないぞーっ!? 後ろに迫る不気味な影はなんだーっ!?』


「はっ」


 アンゼリカが気づくと、背後にコワルスキーが接近していた。

 そこから、聖女の剛力を上回る超力で持ち上げられてしまう。

 そしてアンゼリカを、己の膝に向けて落とす!


「ぐわあっ!」


『出たーっ! シュミット式バックブリーカーッ!! かつて地獄の料理人と呼ばれた名レスラー、シュミットが産み出した大火力の一撃がアンゼリカを襲うーっ! いつの間に身につけていたんだコワルスキーッ!!』


「神様よくそんなに口が回るね。我々も、いつまでもあの時代のままではない。誰もが研鑽を積み、今までの経験に新たな経験を積み重ねて強くなっていっているんだよ」


 テーズの落ち着いた口調が、この恐るべき状況を解説する。


『ふう……やはり空手チョップは放っておいて良い技ではないな……!』


 ゴッチは体勢を立て直した。


 倒れたアンゼリカに向けて、コワルスキーがニードロップを浴びせていく。

 一撃で地を割り、州軍を壊滅させたというニードロップである。


 それは明らかに、現役の頃よりも切れ味を増している。

 聖女と一体となったことにより、コワルスキーは劇的なパワーアップを遂げたとでもいうのだろうか!


「あたしを忘れてるよ! そらあっ!」


 アンゼリカを攻め立てるコワルスキーに、背後から掴みかかっての後頭部ヘッドバット!


「ウグワーッ!」


 思わずよろけるコワルスキーを前に向かせると、自ら倒れながらその巨体を投げ飛ばす!


『これはーっ! デストロイヤーのモンキーフリップだーっ!! コワルスキーを倒して、そこから一体何を狙っているのか……そう!! これは! 伝家の宝刀!』


「足四の字固め!!」


 コワルスキーの足が、数字の4を描くようにホールドされ、デストロイヤーがぐいぐい力を込めてくる。


「し、しまっウグワーッ!!」


 芸術的関節技である!

 未だこの技を耐えきれた魔将はいない。

 誰もがこの技を受け、タップしたのだ。


「ぬおおおーっ!! た、タップしてなるものか!!」


 関節を掛けられながら、コワルスキーがマットを這う。

 恐るべき剛力だ。

 だが、好きにさせるデストロイヤーではない。


 バンバンとマットを両手で叩き、足四の字の威力を倍加させたのだ!


「ウグワーッ!!」


 コワルスキーが頭を抱えて仰け反る。

 ちなみに、コワルスキーとデストロイヤーはリングに立つ権限を今持っていないので、タップしたところで試合の進行には何ら関係ない。


 むしろ重要なのは、二人の背後で立ち上がり、組み合ったアンゼリカとゴッチである。


『あれだけ痛めつけられても、よくぞ立ち上がってくる!! そもそもお前に、サウザン帝国を救う動機などありはすまい!!』


「あるのです! 私の目的は救世!! 故に、全てをこの手で救うため、戦っているのです!!」


『甘いことを! それにしても生前とキャラが違いすぎるのではないか!?』


「太く短く生きましたから! その分、こちらでは半身が抱く甘っちょろい愛をこの力で体現するのです!!」


『それがお前の力かっ!!』


『魔王、組み合ったかと思うとアンゼリカの背後を取っているーっ! なんという動きだーっ! そしてまるで軟体生物のごとき動きでその体を固めていくこの技は……オクトパスホールドーッ!!』


「させるかぁっ!! シャアッ!!」


 決まりかけた関節技を、気合で振りほどくアンゼリカ。

 そして振り返りざまの、手打ちでの空手チョップ!


『ぬうーっ!!』


 これをどうにか胸板で受け流し、しかし衝撃を殺しきれずに後退るゴッチ。

 今度はその手をアンゼリカが掴んだ。


『これはーっ! 意趣返しとばかりのハンマースルー! ここから私の独壇場なのです、と言わんばかりの、聖女の猛攻が今ーっ! 戻ってきたゴッチをーっ! ショルダースルー!』


「今の技はいいタイミングだった」


『ゴッチを引き起こしての……ボディスラム!』


「今日のアンゼリカ、技が切れているな」


 肉体がリングを打つ音が響き渡る。

 凄まじい激闘である。


 だが、ゴッチもやられるばかりではない。

 何より、勝利への執念ならば誰にも負けないレスラーである。


 起き上がりざま、向かってくるアンゼリカの腕を捉えての横投げ!

 不完全ながら、見事な形のリバースアームサルトである!


 だが、アンゼリカもまた起き上がる。

 ゴッチの腕を掴んだまま、今度は引き寄せての一本背負い!


『アンゼリカ、ゴッチ、アンゼリカ、ゴッチ! 攻防が目まぐるしく入れ替わるーっ!! この聖戦、前代未聞! あまりにも忙しすぎるーっ!! おおっと、両者もつれ合いながら場外へ落ちたーっ! レフェリー、場外カウントを始めます! 場外でも戦いが続く! チョップだ、エルボーだ、チョップだ、ハンマーブローだ、またチョップだ! おおっと、魔王ゴッチの額から流血! これは激しい!』


「カウント結構進んでるね。神様のとこのレフェリー、そのへんは空気読まずにカウントするタイプ?」


 テーズの言葉に、神の動きが一瞬止まった。

 そして、レフェリーを務める天使に向けて、何かしらジェスチャーを行う。


 天使はそれを見て、にっこり微笑んだ。

 そして、カウントを早める!


『ノーッ!!』


 神、この瞬間実況を忘れた!

 違う、違うよ天使! そうじゃないから! 逆だから!!


 慌てて声を張り上げようとする神。

 この状況でもリングには上がらない辺り、分別ができている。


 だが、今回はそれが裏目に出た。

 実況席までやって来たアンゼリカとゴッチが、ゴングを取り上げて殴り合いを始めたのである。


『神のゴングが!! あっ、凹んだ!!』


 今度は神は胸ぐらを掴まれて放り投げられる。


『ウグワーッ!!』


 神が放り投げられる状況など、まさしく前代未聞である!

 モンスターも帝国臣民も、一瞬呆然とした。


 その後、帝国全土が揺らぐほどの勢いでざわめき始める。


『17! 18!』


『ウグワーッウグワーッ』


 アンゼリカとゴッチの打撃戦に挟まれ、サンドバッグになる神!

 だがとても嬉しそうだ。

 そしてハッとする。


『カ、カウント! 天使! カウントを』


『19!』


『カウントを止めろーっ!!』


『20!!』


 その瞬間、テーズが笑いながら、ゴングを取り上げた。

 それを激しく打ち鳴らす。


 両者リングアウト引き分け!

 聖戦終了である!


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