第34話 平和の帝国! 聖女アンゼリカの帰還

 ぐだぐだっとした感じで、聖戦は終わった。

 結果は痛み分け。


 どちらかが勝利するまで試合を続けるという方法もあった。


 だが、人が勝てばどうする?

 これまで通り、モンスターは迫害されるだけだ。彼らの行くところなどない。


 モンスターが勝てばどうする?

 人が国を追い出され、野で暮らすことなど不可能だ。


『ぬおお……リングアウト引き分けだなんて……。か、神は悲しい……』


 神が一人だけ、地面でのたうち回って悲しんでいたが、結果は最良と言えた。


 人は人。

 モンスターはモンスター。


 帝国は二つに分かたれ、それぞれが触れ合わぬように暮らすのだ。

 この玉虫色とも言える決着の最も優れた点は、双方に遺恨が残らないことであった。


「モンスター側もやるなあ。聖女と互角だったぜ」


『人間どももやるな。魔王様と引き分けるとは』


「『次は勝つ!」』


 全面的な戦争という形ではなく、互いの代表選手を送り出しての試合を行わせる。

 サウザン帝国と、新たに生まれたモンスター国の間に取り交わされた協定である。


 人とモンスターは分かりあえない。

 人と人がわかりあえないのに、どうして種族すら違うモンスターと分かりあえるというのか。

 だが、プロレス観戦を通せば、共通の言語が生まれるのだ。


 共通の体験、共通の話題。

 それだけで、世界と世界の間はぐっと近づく。


 かくして、サウザン帝国は平和になった。

 遅れてこちらに戻ってきた、魔族のジョーカーがびっくりしたくらいだ。


「あれっ!? 戦争が終わってる!!」


『うむ、ジョーカー。余は聖女と戦い、引き分けた。即ちこの戦争は引き分けに終わったのだ。次は余の弟子と、デストロイヤーの弟子が決着をつける。来年のことだ』


「すっかり平和に……。それじゃあ、あっしが暗躍してきたのは一体なんだったんだ」


『お前の暗躍が聖女を呼び、聖女は南方の大地を平和に導いた。ある意味ジョーカーの活躍とも言えよう』


 魔王ゴッチのありがたい言葉に、ジョーカーは跪いたのである。


「ははーっ、あ、ありがたきお言葉!!」




 帝国では、聖女アンゼリカ旅立ちの時である。

 サイドカーとバイクの後ろに、さらに荷車をくくりつけ、その上には山のようなお土産が乗っている。


 隣にはテーズがまたがった魔導バイク。


「さよーならー!」


「じゃあなー!」


 ミーナとシーゲルが手を振る。

 見送りの人々や、兵士達。アカラーとウンカラーが手を振る。


 そして、彼らの中央には聖女デストロイヤーがいた。


「アンゼリカ、なかなかいい試合だったぜ。次はあたしが聖伯領に来て、あんたと試合をしたいな」


「ええ、歓迎します、デストロイヤー」


「しかしまあ。あたしが若い頃に逝っちまったあんたと、死んでからちょっとしたらまたやり合えるようになるなんてなあ」


「あら、もしかして最近まで?」


「お陰様でね!」


 二人にしか分からない会話をする。

 いや、テーズも理解しているようで、笑みを浮かべていた。


 かくして、聖女は旅立つ。

 目的地は聖伯領。


 大きな仕事を終えた彼女の顔は晴れやかだった。


 世界は着実に平和に向かって歩きだしている。

 主に、神がやっと仕事をするようになったお陰だ。


 アンゼリカがいると神がモチベーションを上げて仕事を始めるのだ。

 つまりアンゼリカのお陰でもあった。


 旅は平穏無事なもの。

 あちこちのモンスターが、サウザン帝国に集まり、モンスター国に参加し始めているという。

 モンスターとして大手を振って暮らしていける国だからだ。


「そういえば……聖女様!」


「なんですか、ミーナ」


「サウザー教はなくなっちゃったの? 新しくつくるって言ってたけど」


「それはですね。デストロイヤーが中心になって、新しい教義を編んでいるところなのです。これがなかなか素晴らしいのですよ」


 アンゼリカが微笑みを浮かべる。


 デストロイヤーに聞かされた、最も重要な教義を思い出したからだ。


“汝の隣人を褒めよ”


“挨拶をし、世間話をせよ”


“ありがとうを至上の言葉とせよ”


 誰もが誰かと繋がれる、魔法の言葉である。

 孤独と疎外感が、悪を産む。

 故に、最低限これだけ言って、疎外感を生み出さないようにしよう、的な教義なのだ。


「まさに、長く生きたデストロイヤーだからこそ考えついた教えでしょうね。私では出てきませんでした」


「ほえー。でも、そんなのあたりまえのことなのに」


「あたりまえだと思えているミーナが偉いのですよ」


「そ、そうかなあ? えへへ」


「俺は? 俺は?」


「シーゲルはそもそも愛を知らなかったではありませんか」


「そうでしたっ」


 穏やかな会話をしつつ数日の旅。

 聖伯領が見えてきた。


 人々は笑顔で働き、ヒャッハーする者達が力仕事を請け負っている。

 聖伯領は平和であった。


「私が突然神に招集されたから、八華戦の皆はちゃんと仕事をやれているか心配だったが……杞憂だったようだね」


 テーズは安心したようだ。


「彼らは人格的に問題はありますが、実務能力は高いですからね。適材適所なら、彼らほど頼りになる者はありません」


 帰還するアンゼリカ一行。

 これに、聖伯領の人々が気付いた。


「アンゼリカ様だ!」


「聖伯様が戻ってきたぞ!」


「アンゼリカ様ー!」


「テーズ様もご一緒だ!」


 大歓待である。

 領地の人々が次々に出てきて、みんなでアンゼリカを迎える。


 かくして、聖女アンゼリカはノーザン王国へ戻ってきたのである。

 世界は少しずつ平和に近づき、アンゼリカが望む救世は、蝸牛の歩みであろうとも確かに実現され始めているのだった。





 ──そして。

 ここは聖伯領の果て。

 森を開墾し、新たな畑を作らんとする場である。


 そこに、(圧迫感によって)身の丈10mにもなろうかという巨人、デビルリバプールがいそいそと仕事をしていた。


「リバプールさん! そろそろ一休みしたらどうかね!」


「おーう、この樹の根っこを引き抜いたら、休む~」


 そう返して、彼は切り株を抱えた。


「ふんぬらばっ!!」


 力を込めると、みしみしと音がして、切り株が引き抜かれていく。

 深く大地に根をはろうと、この屈強のならず者にはどうということはないのだ。


「ふう、こんなもんか」


 汗を拭うデビルリバプール。

 すっかり労働者の顔になっている。


 だが、それでも彼の中にある戦士としての魂は錆びついてはいない。

 切り株を引っこ抜いた先に、その女が立っていることに、デビルリバプールは気付いていた。


「……おめえ、誰だ」


「君がデビルリバプールだな? 聖女アンゼリカによって破られたと聞く。手合わせ願おう」


 その女は、決して小さくはない。

 そして大きくもない。


 しかし……存在感そのものが分厚かった。


「なんでおめえとおらがやらねばなんねえ」


「君を投げたという、アンゼリカの今の腕前が見たい」


「おらを馬鹿にしてんのか、おめえ」


 デビルリバプールの圧迫感が膨れ上がる……!!

 平和な日々の中、一般的なちょっと大きい労働者として、満足していた彼である。

 だが、その内心には、まだ戦士としての心が眠っていたのだ!


 戦士としての己を愚弄されたと感じ、デビルリバプールは激怒した。

 だが、これを見て女は悲しげな顔をした。


「君を馬鹿にするつもりはなかった。その事は詫びよう。詫びは、俺の技で成す。君が1分立っていられたら君の勝ちでいい」


「てめええええ!!」


 デビルリバプールの咆哮が響いた。

 発されるあまりの圧迫感に、他の労働者達は誰も手出しできない。


 相手の女が殺される!

 誰もがそう思った。


 だが……。

 女はスッとデビルリバプールの間合いまで入り込むと、圧倒的な圧迫感で同じくらいのサイズになった。


 そして。


 大外刈り一閃……!!


 あまりに鮮やかで、早く、そして力強い技だった。

 デビルリバプールは、回避や抵抗という意思を感じる前に、その巨体を宙に投げ出されている。


 大きな体が地面に叩きつけられた。

 彼はきょとんとして空を仰いでいた。


 そして、じわじわと実感する。


 己を見下ろすこの女。

 強い。

 ひょっとすると、聖女アンゼリカよりも……?


「お、おめえ……誰だ」


「キムラだ。彼女にそう伝えるといい」


 かくして。


 聖女アンゼリカ、最大の敵が現れる。

 物語はいよいよ、クライマックスとなるのだ。



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