第18話 リングの聖女! 目覚めよ鉄人

「なるほど。あれが私が去った後の世界で行われる解説なのですね。高揚感を覚える語り口です。あなたもそう思いませんか、テーズ」


「うぐぐぐぐ……やめろ……やめろお……! 頭がいてえ……! 割れるようにいてええええ!! お、俺の中から出ていけえ!」


 鉄人テーズは聞いてなどいない。

 半狂乱の様子で、仮面から見える目を血走らせ、叫ぶ。


 そして、ゴングが鳴るのも待たずにアンゼリカへと掴みかかろうとした。


 だが……!

 テーズの動きが不自然な体勢のままピタリと止まる。


「ノー。それはフェアプレーではない。ストップしたまえ、マイボディ」


 まるで別人のように紳士的な声がその口から漏れ聞こえるではないか。


「ああ、まさしく」


 聖女は心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「あなたなのですね」


「イエス。バッド、この肉体はミーが現れることを望んでいない。抗うことで消耗し、哀れな有様だ。ミスタ……ノット、ミス・アンゼリカ。お願いできるかい?」


「もちろんです。あなたを引きずり出して見せましょう」


 アンゼリカは神に向かって、合図を送った。

 聖女が神に向けてハンドサインで指示をする!!

 大変不遜かつ、罰当たりな光景である。


 だが、神は至福の笑みを浮かべていた。

 手にした黄金のハンマーが、輝くゴングを打ち鳴らす。


 戦場に鳴り響く、試合開始のゴング!


『ファイッ!』


 天使がそう叫ぶと、リング際に下がっていった。

 

 戦場の者達は、ほとんどが状況を理解できない。


「な、なぜだ! 魔王様の思惑通りなら、両軍がぶつかりあって多くの死者が出るはずだった! それによって人間の勢力は弱まり、ならず者にパワー負けしている魔族が復権できるはずだったのに……!!」


 ジョーカーが青ざめている。

 彼は魔族なのであった。


 異世界世紀末はファンタジー世界である。

 魔族やモンスター、亜人達がはびこり、そういった脅威が人類を脅かす世界……のはずなのだった。 


 だが、この世界は古代文明戦争の後、雑草のごとく復活した強靭な人類が跳梁跋扈ちょうりょうばっこした。

 巨体を誇るオーガーですら、威圧感で負けると5mくらいまで大きくなったならず者に捻り潰されてしまうのだ。

 モンスターも魔族も肩身が狭かった。


「魔王様は、正しいファンタジーの復活を目論んでおられたのに……! なんということだ!! まさか、まさかテーズと聖女がなんか白い舞台の上で一対一の対決を始めてしまうとは!! 我らに魂を売った男を強力な魔族とすべく、召喚の儀式を行った結果がこれか! あの男に宿っているのは、一体何者なんだ! テーズとは、鉄人とは一体……!!」


 ジョーカーの目玉がぐるぐる回っていた。

 ふと気づくと、実況席から神が手招きしている。


「えっ、あっしですか!? 神が? 魔族のあっしを!?」


『君、テーズ側に詳しそうだから解説に来なさい』


「は、はあ。そう言われたらまあ」


 ということで、ジョーカーは神の右隣に収まった。

 左隣には、既に王子クラウディオがいる。


 王国の実質的トップと、魔族から遣わされたこの戦争の黒幕。

 それが神を挟んで座っているという、なんとも不思議な光景になった。


『さあ、まずは聖女アンゼリカ、両手を掲げてゆっくりと迫ります。これは手四つ、力比べを挑むつもりか────』


「アンゼリカ殿の腕力は並の兵士十人分を超えます。いかにならず者の肉体を持っていても、これをまともに受けたらひとたまりもないでしょうね」


 クラウディオ、なかなか堂に入った解説である。


『なるほど。彼女の強靭な肉体の前には敵はないと! それほどの評価を得ている聖女アンゼリカ。確かに彼女の功績は凄まじいぞ────! おおっと、テーズが力比べを受けた! 受けた──と見せかけて腰から取り出したナイフで奇襲だーっ!! 何をしていたレフェリー! 凶器チェックをくぐり抜けてーっ今、凶刃が聖女に向けて振り下ろされる──!!』


 神の実況が大変上手いので、戦場の兵士達もならず者達も、わーっと盛り上がりながら試合を見つめている。


 試合が遠くて見えない者達のために、神は大いなる奇跡を起こす。

 空にリングを投影したのである。

 これで昭和の時代、街角のテレビでプロレスを見られたように、誰もがこの試合を観戦できる。


「聖女様ーっ!! がんばってー!!」


「聖女様、汚え凶器攻撃なんかに負けるなー!」


 二人の付き人の声援を受けて、アンゼリカは頷く。


「無論です。空手チョップ!!」


「ウグワーッ!! お、俺のナイフが!!」


「どうしたのですかテーズ? 武器攻撃などという逃げで、私に僅かな痛痒でも与えられると思ったのですか。だとしたらば……舐められたものです!」


 聖女、躊躇なくテーズに組み付く。

 その腕を取ると、ロープに向かって投げた。


「ウグワーッ!?」


 ハンマースルーである。

 ロープに叩きつけられたテーズが、反動で戻ってくる!


 そこに叩き込まれる、空手チョップ。その動きは、逆水平!


「ウグワーッ!」


 激しい打撃音が響き渡り、テーズがマットに沈んだ。

 倒れたテーズの腕を取り、聖女はそれを片足で挟んで関節技の形にする。


「キーロック!!」


「ウグワワーッ!!」


 激痛にのたうち回るテーズ。

 その仮面に、ピシリと亀裂が入った。


「ウグワーッ!! 出てきちまう! あいつが出てきちまう! お、俺が俺じゃなくなっちまうーっ!!」


「あなたの中にいる彼を出しなさい……! 何故抑えつけようとするのですか? あなたの中にあるならば、彼とあなたは一心同体。彼を受け入れ、あなたもまた真のテーズになるのです……!!」


「や、やめろー! やめろ、俺を誘惑するのはーっ!! ウグワーッ! 腕が、腕が折れちまうーっ!!」


 みっともなく泣き叫ぶテーズ。

 ならず者モードのままアンゼリカに挑んだが、勝負になっていないのだ。


 だがその時。

 仮面の奥にある瞳が怪しく輝いた。

 いや、正しい輝きを発した。


「オーケー。キーロックの返しは……」


「むっ!?」


 アンゼリカは、極めているはずの腕に、異常な力が発生していることに気付いた。

 これは……この返しは……!


「こうするんだっ!! ぬわーっ!!」


 なんと、アンゼリカを片腕に乗せたまま、テーズが立ち上がる。

 その仮面が、徐々に砕け、こぼれ落ちていく。


「な、なんてことだ。テーズにつけた封印がどんどん外れていく! 封印をつけててもとんでもない強さを時々発揮してたが、それじゃあこっちが制御できないんだ! やべえ、やべえよ! テーズが目覚めちまう……!!」


 解説のジョーカーが震えながら叫ぶ。

 この真に迫った解説に、会場の兵士やならず者達がどよめいた。


「テーズが目覚めるだって!?」


「つまりあいつはまだ寝てたってことか!?」


「見ろよ! 聖女が片手で持ち上げられた!! なんてパワーだ!!」


『テーズ、なんと完璧に極まったキーロックを、力づくで外したーっ!! 聖女アンゼリカを持ち上げたまま、リングの中を歩いてみせるぞーっ!! こ、これは正に、神の如き所業! プロレスの神様のムーブだーっ!!』


「そう。これはカールが得意としていたキーロックの外し方だ。ミーと彼とは生前に親交があってね。悲しい行き違いで、晩年は会うことも無かった。だが、この世界にいれば、不思議と彼と再会できそうだと思うんだよ」


「私が死んだ後、そのようなことになっていたのですね。きっと会えますとも」


 キーロックを外されながらも、アンゼリカは優しく微笑んだ。


「もちろん! ユーと会えた! これがミラクルでなくて何だと言うんだい? だから、カールもこっちに来てるのは間違いないだろう! さあ、リキ……いや、アンゼリカ! ここが本当の試合開始だぞ!」


「受けて立ちましょう!」


 華麗に降り立つアンゼリカ。

 彼女の目の前で、テーズは仮面を自らの手で剥ぎ取った。


 不安定だった、依代の男の精神はテーズに混ざり合い、飲み込まれる。


 仮面の下から現れたのは、黒髪の精悍な男だった。

 とんでもない威圧感……いや、カリスマを全身から発している。


 正体を現すと同時に、テーズの肉体がパンプアップした。

 逆三角形の鍛え抜かれた体である。


 アンゼリカもまた、常に見を包んでいた聖衣を脱ぎ捨てる。

 肩がむき出しになったレオタードタイプの戦闘衣装。

 そして、動きやすい下半身の黒いタイツ。


『両者、向かい合うーっ!! まさに、まさにここが昭和だっ!! 異世界世紀末に昭和の名勝負が帰ってきたぞーっ!!』


「神様、ショウワとはなんですか?」


「あっしも全然分かんねえや。神の言葉は難しすぎる」


 聖女vs鉄人の戦い、次回決着なのである。


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