第19話 聖女vs鉄人、決着!
「オー、体が軽い……! どうやらこの世界では、ミー達の肉体は全盛期の力を取り戻しているようだ」
テーズが微笑む。
「ええ。喜ばしい限りです。私の精神は聖女のものになっていますが……」
「オーケー、分かっているよ。ユーのカラテは少しも衰えていない」
じりじりとリングを回り、タイミングを伺う聖女と鉄人。
少しずつその距離を詰めついにがっぷりと組み合った。
力と力が、静かにぶつかり合う。
そこに、凄まじい威圧感が生まれた。
「な、なんだありゃあ!! 聖女と鉄人がでっかくなって……!!」
その場にいる誰もが幻視した。
小山ほどの大きさになった二人が、白いマットの上で満身の力を込めて押し合っている。
『山とっ山がっ押し合っているーっ!! 力比べにレスラーの矜持をかけて! まさにっ、ぶつかりあいは、ユーラシア大陸とインド亜大陸の衝突! 組み合う様はヒマラヤ大隆起だーっ!!』
神の実況は難しすぎる。
だが、言葉の意味はよく分からないが、なんだか凄いことを言っているのであろうことは満場の者達が理解した。
「むっ、これは……」
クラウディオ王子が呻く。
力比べから、ロープに押し付けられそこからテーズが巧みな動きでアームロックに持っていく。
これを聖女はテーズを持ち上げて、放り投げ、外す。
だが、立ち上がったテーズは一瞬で間合いを取った。
「鉄人、空手チョップを知っているのか……!? アンゼリカのチョップを出させない戦い方をしている!」
「あっしらが知らない繋がりが、あの二人にはあるのかもしれませんねえ……」
『なるほど。まさに、前世の因縁というわけですね! つまり、聖女の技を知り尽くしたテーズ! 聖女に自分のプロレスをさせないーっ!!』
聖女の挙動に合せて、テーズが動く。
空手チョップの起こりに合せて間合いを詰めて組み付く……と思いきや、その隆々たる巨体が舞い上がり、両足が聖女の体を捉えた!
『フライングレッグシザースドロップー!!』
聖女を両足で挟み込んだまま、空中で回転するテーズ!
「くおおっ!!」
聖女の巨体が宙を舞う!
そして、リングに叩きつけられ、大地を揺るがす轟音が上がった。
締め付けるテーズ。
逃れようとする聖女。
「嘘だろ……! 聖女様を追い込んでやがる!! 鉄人、なんて強さだ!」
「せ、聖女様ー! がんばれー!!」
少女ミーナの純粋な叫びが上がる。
これに呼応して、王国軍から聖女コールが湧き上がった。
「聖女様ーっ!!」
「がんばれ、聖女様あーっ!!」
声援は、己の力を何倍にも高めてくれるものである。
聖女の唇に笑みが浮かんだ。
彼女は首を軸にして、全身を思い切り跳ね上げる。
「オー!!」
テーズが驚きに叫ぶ。
彼のホールドを、空中にテーズごと跳ね上げる形で返したのだ。
「まだ終わるわけには行きませんからね!」
着地と同時に、聖女が組み付く!
これはアームロックである。
「ノー!」
テーズの腕がぎりぎりと締め上げられる。
一見して地味な関節技だが、そこに秘められた凄みが、会場の空気をぴりりと緊張させた。
「あなたの腕をここで痛めつける……!」
「オー! ミーの技を出させないつもりだな。バッド……!!」
テーズの目が怪しく光る。
そして繰り出されるのは……。
ナックルパート!
つまりパンチである!
『おおーっと! 聖女の額をナックルパートが襲うーっ! こ、これは強烈! 聖女が仰け反る! アームロックが……外れたーっ!!』
ちなみに鉄人のパンチがもろに入ると、一撃でアークデーモンが昏倒する。
それだけの攻撃を食らった聖女は、流石に怯んだようだった。
刹那ほどの隙が生まれる。
動くテーズ。
背後に回り、聖女の腰に手を回した。
「しまった!!」
この試合をどこかで見ていた、黒衣の戦士が険しい顔になる。
「あれは……この俺を投げた技……! 気をつけろよ聖女アンゼリカ。この暗黒剣のユーイですら逃れることが困難だったそれは……本物のバックドロップだ!!」
『これはーっ! グレコローマン式バックドロップーっ!! 聖女の体が──マットに、叩きつけられたーっ!!』
文字通り、揺れる大地。
本当のバックドロップは、天変地異すら引き起こすのだ。
近海は割れ、周辺の鳥達が大移動を開始し、レミングスの群れは集団で崖から海に突っ込んでいった。
アンゼリカは意識が朦朧とし、マットからすぐには起き上がれない。
だが、その唇には笑みが浮かんでいた。
これはプロレスだ。
まさか、異世界に来て、そして聖女となってもまたプロレスができるとは……!!
しかも相手は、あの鉄人。
若き日の自分が憧れた男。
彼が全盛期の力で持って、全力で挑んでくる。
実に嬉しい。
そして楽しい。
一瞬だけ、彼女は世界の救世を忘れた。
プロレスラーアンゼリカになったのだ。
「決めさせてもらうぞ、アンゼリカ!」
ここから、テーズの完璧なフォール!
天使はベストポジションに動くと、カウントを取り始めた。
『ワーン!!』
プロレスラーなら立ち上がらねばならない。
だが、ここまで完璧なバックドロップの後に、フォールを決められてしまっては……。
『ツー!!』
やはり、鉄人は強かった。
己は、この世界で勝ち続ける結果、甘えが生じていたのかも知れない。
強者はいるのだ。
これは教訓であろう。
『ス……』
「聖女様ああああああ!!」
付き人達の絶叫が聞こえた。
ハッとするアンゼリカ。
呼ばれた名は、異世界にあった半身のリングネームではない。
聖なる乙女。
神に仕え、人々を救う者の呼び名だ。
そう。
自分は聖女アンゼリカ。
世界を救うためには、倒れている場合ではないのだ。
プロレスラーなら立ち上がらねばならない。
聖女は倒れてはいられない。
なら、プロレスラーで聖女なら、どうなのか?
立ち上がるのだ。
せねばならない、でも、してはならない、でもない。
立ち上がり、救世を行う……!!
道は一つなのだ!
次の瞬間、アンゼリカの満身に力が蘇った。
「ふんっ!」
全身のバネに力を入れた。
理想的な形のブリッジが生まれ、アーチの産む反発力がテーズを跳ね飛ばす。
「オーッ!?」
フォールの体勢から、反発力だけで立ち上がらされる鉄人テーズ!
その眼前で、アンゼリカが起き上がっている。
聖女の腕が、鉄人を捉えた。
そして繰り出されるのはハンマースルー!
反応することすら許さない完璧な動きだ。
ロープの反動が、鉄人を跳ね返す。
戻った先に待っているのは……!!
「カラテ……!!」
「空手チョップ!!」
横殴りに放たれた、逆水平の空手チョップがテーズの胸を激しく打った。
鉄人の巨体が一瞬、宙に浮く。
そして、背中からマットに叩きつけられた。
「オー……!!」
動けない……!
空を見上げる形になったテーズを、アンゼリカがフォールした。
『ワン!!』
テーズが動こうとする。
だが、動けない。
『ツー!』
プロレスラーとしての矜持を込めて起き上がろうとする。
しかし、あの空手チョップは完璧だった……!
なぜ、ミス・アンゼリカはテーズの完璧なバックドロップを食らって起き上がることができたのか?
テーズは己の中を意識する。
己が半身とするごろつきの男は、すっかり意識を薄弱化させ、今にも消えそうだった。
ああ、そうか。
彼女には二本の柱があったのだ。
だからこそ、立ち上がった……!!
『スリー!!』
カンカンカンカンカンカン!!
ゴングが激しく打ち鳴らされる。
『けっちゃああああああああああくっ!! 試合時間八分四十秒!! 空手チョップからの体固めで、聖女アンゼリカーっ!!』
一瞬、会場……いや、戦場は静まり返った。
そしてその直後、うおおおおおおおおおおおおおおおおっという怒号にも似た大歓声が湧き上がった。
誰もが立ち上がり拳を突き上げて叫んでいる。
聖女! 聖女!
鉄人! 鉄人!
アンゼリカ! アンゼリカ!
テーズ! テーズ!
死力を尽くして戦った両雄を、誰もが讃えていた。
そこに、敵も味方もない。
ましてや争いなど。
この光景を見て、神は実況席から立ち上がった。
満足そうに微笑む。
『皆さん! 聖女アンゼリカ、鉄人テーズ! 二人の健闘を大いに讃えて下さい! これがプロレス! ザッツプロレス! 異世界世紀末に、今プロレスの新たなる歴史の1ページーっ!!』
後に、語られる、聖女アンゼリカの偉業。
その一つと謳われる、インター平原の奇跡がこれである。
神はアンゼリカに祝福を与えた。
それは、太くて大きな金色のベルトの形をしていた。
かくして、北西空白地帯は平定された。
世界は一歩、平和へと近づいたのである。
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