第40話 異世界新世紀の幕開け

 異世界新世紀はプロレスの世紀である。


 それは、神の帰還という福音が世界にもたらされた日であった。

 新世紀の前は、世紀末であったという。

 それは暗黒の時代だった。


 神の不在により、人心は乱れた。

 古代文明時代とも呼ばれるその時代に、人々は欲望のままに生き、そして大きな戦争が起こった。


 世界は古代文明兵器の炎に包まれ、絶滅したかに思えた。

 しかし、人類は生き残っていた。


 人と、ならず者とモンスターに分かれ、その中でもならず者が圧倒的な権勢を誇り、世界を手にしようとしていたのである。


 神は世界を見捨てたのか!


 否!


 神はちょっと異世界に旅行に行っていたのである!

 百年近く旅行をして、元の世界を放置していたのであった!


 後年の神学者たちは、この時の神の行いを、


「ちょっとどうかと思う」


「ぶっちゃけありえない」


 などと評しているが、それらの批評は神様不敬罪に当たるとして、彼らはリング上で制裁を受けている。

 なお、神学者達のどちらもが、後に現れたルチャというスタイルのプロレスを身に付けていたため、制裁をするはずであったレスラーが逆に血祭りに上げられ、リング上で雄叫びを上げた神学者達の不敬な学説は大手を振って世の中に出回ることになったのだが、それはまた別の話である。


「うっ」


 時代は戻って今の世界。

 アンゼリカは唐突に未来の世界の光景が脳内に流れ込んできて呻いた。


「どうしたんですか、アンゼリカ様?」


 アンゼリカを案じる、小柄な少女。

 成長してはいるが、彼女こそは、アンゼリカの付き人筆頭、ミーナである。

 この一年でめきめきと成長を遂げ、もうじきデビューを控えている。


 空手チョップを使いこなすほどの力には恵まれなかったが、秘めていた魔力を肉体のブーストに回して放つボディスラムは、必殺の威力を誇る。


「いいえ。神様がまた余計なビジョンを私に送り込んできたようです」


「へえー。神様、また帝国の方でデストロイヤー様に血祭りに上げられたと聞いてるのに、元気ですねえ」


「神様ですからね」


 二人が見つめる先では、たくさんの練習生達が基礎鍛錬に励んでいた。


 あの日、異世界巌流島が終わり、世界は変わった。

 そして己も大空のスクリーンに写り、戦いたいと望む者達がアンゼリカの下に集ったのである。


 あるいはそれは、合衆国ならコワルスキーに。

 帝国ならばデストロイヤー。

 共和国はキムラのもとに。


 そしてモンスター達は、魔王ゴッチがまとめて指導に当たっている。


 新たな戦いの予感に震える、異世界世紀末なのである。

 だがそれは、流血を伴わない、クリーンな戦いだった。


 これからの事について話す二人のところへ、大柄なモヒカンが駆け込んできた。


「た、大変ですぜーっ!! アンゼリカ様ーっ!!」


「どうしたのですかシーゲル、騒々しい」


 それは、聖女アンゼリカの門下生筆頭となったシーゲルである。

 既にデビューを終え、ゴッチ門下の魔将と何度かの試合を経て成長してきている。


 以前のヒャッハーの面影はどこにもな───


「ヒャッハー! 王子がアンゼリカ様に回答を迫りに来ましたぜーっ! 今日って約束の一年後だったのでは?」


「あっ、すっかり忘れていました」


 約束とは!

 異世界巌流島の後、王子がアンゼリカにプロポーズの返答を迫ったのである!

 そこでアンゼリカ、堂々と答えて曰く、


「一年待って下さい」


 あまり男らしくない返答であった。


 そして今日が一年後。

 アンゼリカは、何も、この事について考えてなどいなかったのである!


 不得意な話題を先送りにしたのであった。


「……もう一年待ってもらうというのは」


「なしですよー」


 ミーナがにっこり笑う。


「ですよね」


 アンゼリカは唸った。

 そうこうしている間に、王子がやって来るではないか。


 クラウディオ王子はめちゃめちゃに金のかかった衣装を身に纏い、多くの着飾った従者を引き連れ、どう見ても結納品と見える金銀財宝を馬車に詰め込んでやって来ていた。

 先送りなど許さぬ構えである。


 ここでごめんなさいしてもいいのだが、そうすると間違いなく、聖泊領と王国で戦争が起こる。

 これはまずい。

 なんとか、保留する手立てはないものか。


 アンゼリカが、全く得意ではない政治的な思考に、脳をフル回転させる。

 だが、アイデアなど出ては来ないのだ。

 この事をすっかり忘れており、何も考えていなかったのだから当然だ。


 万事休す。

 聖女アンゼリカ、絶体絶命の危機である。


「アンゼリカ。約束の刻限だ。私の思いを受け取ってくれ」


 王子の後ろから従者が持って現れた、巨大なスーツケース。

 古代文明の技術をふんだんに使われたケースが、十七にも及ぶ魔法的ロックを外して展開する。

 その中には、豪奢な指輪があった。


 もちろん、アンゼリカの指にピッタリのサイズに誂えてある。


「うっ、そ、それは……」


 この場にいる誰もが、息を呑んだ。

 果たして聖女は、いかなる答えを発するのか……。


 その時である。

 空が一面、スクリーンに変わった。


『日常の途中ですが、ここで緊急速報です! 魔王ゴッチが、人類側に宣戦布告をしました! これは……新たな戦いの幕開けなのかーっ!?』


 神の顔が映し出され、マイクを持ってまくしたてる。

 そしてカメラがバンし、見覚えのある褐色の肌の女魔王が現れた。


『人類よ! 我ら魔王軍は再びお前たちに宣戦布告する! 魔王軍が繰り出すあらたな覆面戦士十人による、覆面世界一決定十番勝負によってお前達の命運が尽きたことを教えてやろう!!』


 世界にどよめき走る……!!

 誰もが空を見上げ、思った。


 ──なにそれ、面白そう……!!


 ちなみに今回の戦いのメインレスラーは、デストロイヤー。

 タッグも予定されているようであった。


「これは……放っておくわけには行きませんね」


 アンゼリカが微笑む。


「アンゼリカ。君はまた、私との約束を先送りにして……!」


「世界の一大事ですから。これが終われば何でもしてあげます」


 アンゼリカはぞんざいに対応し、即座に旅立ちの用意を弟子達に命じる。

 だが、その返答はあまりにも不用意……!


「ん? 今何でもって……。よし、ノーザン王国は覆面世界一決定十番勝負を全面的に支援する! そしてこの戦いが終わった後、結婚式だ! 今から準備をせよ!!」


 クラウディオ王子のテンションも上がる。

 かくして、異世界新世紀は今日も騒がしく、そして大きく揺れ動く。


「助かった。いいタイミングです、ゴッチ」


「アンゼリカ様、ぜんぜん助かってないよ?」


「むしろ自分を追い込んだよなあ」


 聖女と二人の付き人は、再び戦いの舞台へ。

 魔導バイクは走り出すのである。


 ちなみにこの戦いの後、アンゼリカがクラウディオ王子の求婚を断りきれず、世界をあげての大結婚式が開催されることになる。

 そこでもまた、彼女が大波乱を巻き起こしたり、かつての半身の弟子達が降臨して師匠殺しを目論む連戦が始まったりするのだが……。


 それはまた別のお話。





 終わり



─────────

長らくのお付き合いありがとうございました。

こうして、異世界世紀末は新世紀となり、混乱の時代が終わり……そして新たなる混沌の時代へ(


連載が一つ終わる度に新しいアプローチで作品をアップしていくつもりです。

またの機会があれば、どうぞお楽しみくださいませ!


面白い!

我が生涯に一片の悔いなし!!

ウグワー!

など感じていただけましたら、下の方の★か、ビューワーアプリなら下の方の矢印を展開し、ちょこちょこっと評価いただけますと作者が大喜びします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖女の腕力は最強です!~転生聖女による、異世界・世紀末救世主伝説~ あけちともあき @nyankoteacher7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ