第39話 聖戦終結

『おっとここでぇーっ!? キムラがアンゼリカの腕を、捉えたーっ! これは、立ち姿勢からのぉ──!』


「まずい!」


 テーズが叫んだ。


 キムラの繰り出すのは、恐るべき切れ味の一本背負い!

 柔道のような道着を身に着けぬプロレスで、キムラの得意技である大外刈りは使いづらい。

 故に、相手の腕を取って投げる一本背負いを選んだのだろう。


 アンゼリカの巨体が宙を舞う。


 衝撃音!

 世界そのものを揺るがす、圧倒的な投げ技である。

 

 リングが一瞬たわみ、試合を見る民衆は間違いなく、足元が揺れたことを感じた。


「な、なんて投げだ!」


「すげえ……!!」


 どよめきが広がる。


「くっ……!!」


 起き上がろうとするアンゼリカ。

 衝撃は大きかったが、テーズのバックドロップや、ゴッチのジャーマンスープレックスほどではない。


 しかし、倒れたままでいてはキムラが来る。

 彼女のアームロックを極められてしまっては、まずい……!


 アンゼリカに宿る半身は、ロープへとエスケープすることを選んだ。


「キムラ……やりますね」


「お前より俺は年上だったからな。全盛期の俺とはやったことがあるまい」


 キムラがじりじりと寄ってくる。

 両手を緩やかに構え、組み合いを誘う。


「確かにそうでした。ですが……私もまた、新たな全盛期を迎えています……!!」


 真っ向から、それを受け止めるアンゼリカ!

 キムラの剛力が、聖女を捻り潰そうと襲いかかる。

 だが、正面から力で受けるだけがプロレスではない。


「むっ!」


 力をすかされた、とキムラが感じた瞬間、その胴にアンゼリカの足が絡んでいる。

 これは……!


『ボディシザースドロップーッ!! 火を吹いた柔道技に、ここはリングだ! 俺はプロレスだと叫ぶ! キムラの体がーっ! リングという大地から引っこ抜かれたーっ!!』


「ぬおおっ!! この技のキレ!!」


 抗う暇すらなく、キムラは自らがリングに叩きつけられる。

 

「ぬううっ!!」


 もがくキムラ。 

 だが、完璧に極まったボディシザースは強固である。

 なかなか逃げることができない。


 もつれ合う二人の周りを、レフェリーがシャカシャカと動き回った。

 遊んでいるのではない。

 もしかしたらギブアップとか出るかもしれないので、最適な場所に動き回っているのだ。

 あとは、一箇所に固まっていると観客の邪魔になるので動き回る。

 合理的な理由からシャカシャカしているのだ。


『邪魔です! レフェリー邪魔です!!』


 神が怒る。

 そんなことをしている間に、試合は進行している。


 ボディシザースにかけられたままで、キムラが強引にアンゼリカの腕を極めに掛かる。

 距離は遠い。

 ならば、近づけてしまえばいい。


「ぬうおおおっ!!」


 キムラの剛力が、リングに指を突き立て、その体をアンゼリカへと近づける。


「呆れるほどのパワー……! あなたの逸話はどこまでが本当か、などと言われていましたが……!」


「今の俺は、全てが本当の話ってわけだ! さあ、決着だアンゼリカ! 俺の腕絡みでその腕をへし折ってやる!」


「私の腕はやりません!!」


 グラウンドでの激しい攻防である。

 動きそのものは少ないが、二人の聖女の肉体に起こる、筋肉の動きと力みが天空全面を覆うスクリーンに映し出される。 

 誰もが拳を握りしめ、まるで対戦している二人であるかのように全身に力を込めていた。


「このっ……!!」


「くおっ……!!」


 グラウンドで、アンゼリカとキムラの手ががっしりと組み合う。

 力比べの体勢となり、そのままボディシザースは解け、二人は相手を押し込もうと力を加えながら立ち上がっていく。


 低い姿勢から、中腰になり、やがて立ち上がる……!!


「俺の力に……ついてくるのかよ……!!」


「それがプロレス……です!!」


 己が持つ100%の力をも超えてくる相手がいるならば、120%の力で迎え撃つ。

 それでもなお上回られるなら、150%を出せばいい!


 今、キムラとアンゼリカの力が完全に拮抗した。


「あの時もそれで来りゃあ良かったのにな……!」


 アンゼリカは何も言わずに、歯を見せた。

 凄みのある笑みが浮かんでいる。


「よっぽどいい顔してるぜ……!!」


 キムラもまた、猛獣のような笑みを浮かべた。

 そして思う。

 ショーマンであったこの女の前世も、もともとは力士であったのだと。


 力と力。 

 力への矜持。


 負けられない気持ちは、奴も同じだ。


「だがっ……! お前の力では、長時間俺とやり合うことはできない!!」


 ぐっとキムラの力が増した。

 アンゼリカが押される。


「ええ……。純粋な力比べであるならば……! ですが、ここはプロレスっ!」


 アンゼリカの片手から力が抜けた。


「ぬうっ! またすかす気か!」


 だが、抜けた力はもう片方の腕に込められる!

 即ち、片腕の150%をもう片腕に集めれば、それは300%の力。

 キムラの剛力すら凌駕する!


「ぬうっ、おおおおっ!?」


『アンゼリカーッ! キムラを片腕で、なんとーっ!! ロープへと投げたーっ!! 反発力が、キムラを跳ね返すーっ!?』


「当て身は解禁だったよなあ!」


 戻るキムラ。

 その腕は、拳の形になっている。

 言わば、カラテにおける正拳。


 迎え撃つはアンゼリカ、大上段に振り上げた手刀。


「空手チョップ!」


「空手チョップ!」


 観衆から叫びが上がる。

 あらゆる戦いをくぐり抜けてきた、伝家の宝刀。

 アンゼリカ必殺の、空手チョップ。


「何が空手だ!!」


「空手ではありません……!!」


「なにぃっ!!」


 ほんの刹那ほどの間。

 アンゼリカの顔からは笑みが消え、真剣そのものになっている。

 振り上げられた手刀に、技の起こりが発生した。


 来る。


「空手の技ではなく……これは、これが」


「ぬおおっ!!」


 繰り出される正拳!

 迎え撃つは……!


「空手チョップ!!」


 振り下ろされるのは、衝撃波すら纏い、いや、生まれた衝撃波を切り裂く、音速を超えた超音速。

 空を引き裂き、対するレスラーの肉体を打ち据えるそれは、まさしく空手チョップ!


「ぬうううっあああああああーっ!?」


 正拳を撃ち落とされ、そして強烈な一撃を胸板に受けたキムラ。

 その体が宙を舞う。


 ロープの反発力に加え、自らの疾走という力を、真っ向から打ち消したどころか跳ね返すほどの空手チョップであった。

 アンゼリカだけの力ではない。

 何か大きなものが、その手刀には乗っていた。


 だからこそ、己の力のみに頼るキムラは敗れる。


「ああ、こいつは」


 キムラは宙を舞いながら、空を見上げている。

 太陽が輝いていた。


「当て身にこだわった俺が馬鹿だったな」


 キムラの肉体が、リングに落ちる。

 そして、アンゼリカが抑え込みに入った。


『ワンッ!』


 すかさずカウントに入るレフェリー。


『きっ、決まったーっ!! 空手チョップ一閃! キムラ、このフォールを返せるのかーっ!?』


『ツーッ!!』


 キムラの腕がかすかに持ち上がり、宙を掻く。


『スッ────』


 ここでレフェリー、溜めた。

 プロレスをよく分かっている。


 神が満足そうに微笑んだ。


 レフェリーの天使が神とアイコンタクトする。


『リ────ッ!!』


 レフェリーの手が、リングを叩いた。


 キムラの腕が、ばたりとリングの上に落ちる。


 一瞬の静寂。

 そして、次の瞬間。


 世界中から、地を揺るがす大歓声が巻き起こった。


決っっっっ着ぅぅぅぅぅぅけっっっちゃぁぁぁぁく!! 試合時間15分! 空手チョップからの体固めにより、勝者、聖女アンゼリカーッ!! 異世界世紀末の歴史に、新たなる1ページーッ!!』


 世界で初めて行われた、娯楽としての聖戦。

 その最初の戦いが今、幕を閉じた。


 終わってみれば、ほんの15分間の戦いである。

 だが、それは見た人々の心に大きな衝撃と、強烈な余韻を残した。


 ──また見たい。

 ──また、こんな試合を見たい。


 ──俺も、やってみたい。

 ──私も、やってみたい。

 ──あのリングに立ってみたい。


 様々な思いが人々の中に宿る。

 かくして、世界は新たな時代に向かって、ようやく歩き始めた。


 古代文明による大破壊から、およそ半世紀後のことである。


 この日は後に、新世紀元年と呼ばれるようになる。

 同時に、異世界世紀末はこの日を以て終わり……。


 異世界新世紀となるのである。


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