第38話 最後の聖戦

「化け物かよ……」


 八華戦の面々が、キムラの試合を見て呟いた。

 ラグナソルジャーを子供扱いである。


 真の柔道家を前にしては、世界を滅ぼした兵器など玩具に等しいのだ。


「いいえ。彼女はまだ手加減しています」


 アンゼリカの言葉を聞いて、八華戦は目を剥いた。


「だって、当て身を封印して戦ってあげていたのですから。彼女は空手も収めています」


「カラテ……?」


 すると、テーズが上機嫌で笑った。


「カラテは強いぞ! アンゼリカがチョップを繰り出す時に、空手チョップと言っているだろう」


「ああ……!!」


 全員、得心がいったようである。

 あのチョップがカラテ!!

 そしてキムラは脅威の投げ、関節技だけでなく、カラテまで使う。


 まさしく最強の相手だ。


「聖女様、勝てるよね……!」


 ミーナが不安げにアンゼリカの手を握る。


「勝負に絶対はありません。ですが……戦う前に負けると思って勝負に臨む馬鹿者はいないのですよ、ミーナ」


 これは後世に、アンゼリカの半身の弟子が残した言葉である。 

 まさしく、戦いに挑む者の真実を体現した名言と言えよう。


「聖女様いいこと言うぜ」


 シーゲルが感動した。

 アンゼリカの半身の弟子の言葉ではあるのだが。


 さて、試合への準備期間は一日。

 即ち、明日が決戦である。


 異世界世紀末の巌流島が、今始まる。





 そして明日がやって来た。

 昨夜は、八華戦や領民による壮行会などが行われた。

 王子も上機嫌で参加し、ついにはアンゼリカに求婚した話などを大々的にぶち上げて、領民からの大歓声。


 駆け寄ったアンゼリカが王子をボディスラムで投げ捨てて失神させたところで、昨日の話は終わった。


 今、リングを前にして、大観衆が詰めかけている。

 聖伯領に来れなかった者達も、これから始まる試合に期待を持って空のスクリーンを眺めていることであろう。


 この試合は、誰かの命運を賭けた勝負などではない。

 アンゼリカとキムラ、どちらが勝っても、誰の未来にも何の影響もあるまい。


 これは、この試合は娯楽であった。


 正しい意味でも娯楽であり、そして世界では初めて行われる、純粋に民衆の娯楽である試合なのだった。


 キムラが古代文明兵器を打倒した時、そこに人々は新しい時代の幕開けを見た。


 アンゼリカがならず者を下し、魔族と和睦を結ぶ試合を行った時、人々は闘いの時代の終わりを見た。


 だからこそ、アンゼリカとキムラの試合に、人々は夢を見る。

 これこそが新しい時代の象徴なのだと、注目するのだ。


 試合の名は、異世界巌流島。


 巌流島とは何か。

 まあ、神様がよく言っている言葉だから、こういう試合のことを言うのであろう。


 以降、異世界世紀末における重要な試合は、巌流島と呼ばれるようになるのだが、それはまた別の話だ。


『始まりました、異世界巌流島。異なる世界での因縁をぶら下げて、今二人の聖女……いや侍が降り立ちます!! どちらが武蔵か小次郎か……!? リングを取り囲む大観衆が、まさに島を包まんとする荒波にも見えるこの会場! 聖伯領特設リングからお送りします! 実況は私、神と、解説は……』


「ノーザン王国第一王子、クラウディオです」


「聖伯領領主代理、北西八華戦筆頭テーズです」


『こちらのお二人でお送りします! さあ、いよいよ時間です! 二人の聖女、入場です!』


 遠くで、魔法の爆発が起きた。

 色とりどりの煙が吹き上がり、生演奏のBGMに合わせてアンゼリカが入場してくる。


「随分と派手になったものですねえ……」


「まるで王様が入ってくる時みたいですなあ。あ、俺はそういうの見たことないんですけど」


「聖女様きれい! がんばってね!」


 シーゲルとミーナを付き従え、アンゼリカはリングの元へ。

 真っ白な聖女のローブを翻し、ロープを飛び越えた。


 わーっと上がる大歓声。

 人々はエールを飲み、串焼き肉や揚げ物を頬張りながら試合会場を埋め尽くしている。

 今日だけで凄まじい経済効果があるだろう。


 対して、逆側の青コーナー。

 どこから来たのか、イースタン共和国の楽団が待機していた。

 彼らがオリエンタル風味溢れる曲を奏でると、それに合わせて着物姿の女が入場してきた。


 鮮やかな着物の艶姿に、観客がほう、とため息をつく。

 この美しい女が、アンゼリカの相手となるのか。


 いや、見た目に騙されてはいけない。

 彼女こそ、古代文明兵器を素手で投げ倒した女豪傑、キムラなのだ。


 彼女はしずしずとリングまでやって来ると、着物の襟元に手をかけた。

 そして、くるりと回転すると、艶やかな生地が広がる。


 現れたのは、青と白の戦闘用衣装に身を包んだキムラだ。

 片手でロープを掴むと、それを無造作に引っ張った。


 太く頑丈なロープがきしみ、悲鳴を上げる。

 限界まで引き絞られたそれは、キムラが力を緩めると猛烈な反発力を産んだ。


 キムラはその力に乗って舞い上がる。

 そして悠然とリングに降り立った。

 素足であった。


 アンゼリカとキムラ。

 二人の視線が絡み合う。


 そこには、愛憎のようなものや、あるいは懐かしさのようなものが混じっていた。

 

「派手になったものだ」


 アンゼリカの口から漏れたのは、半身の言葉だった。

 これを聞いて、キムラの唇にも笑みが浮かぶ。


「お前はさっさと死んだからな。あの頃から想像もつかぬほど、世の中は発展した。鮮やかになった。まあいいことばかりではないが……。この世界の神はそれを見てきたようだな」


「嫌いではないぜ。じゃあやるか。……と。お嬢ちゃん、やろうぜ。……は? 王子との婚約が既成事実になってないか心配!? そんなことぁ試合が終わってから心配しろ! 分かった、分かったから。俺も相談に乗るから」


「大変だな。お前がそういうことをするとは思わなかったぞ。もっと傍若無人な男だと思っていたが」


「一度死ねば心変わりもするってことだな。それに、俺の半身は聖女みたいな女だ。二人合せてちょうどいいってな。さて……!!」


 アンゼリカは深く息を吸い込み、そして吐き出した。

 纏っていた白い聖衣を脱ぎ捨てる。

 

 その下には、いつもの戦闘衣装だ。


「やるか!!」


「やるとしよう」


『赤コーナー!! 説明不要!! 始まりの戦う聖女! ミス・空手チョップ! 救世の申し子! 聖女ーっ! アンゼリカーっ!!』


 大歓声!

 世界中の完成で、大地が揺れた。


『青コーナー!! 人の力は古代文明をも克服できる!! 破壊兵器を投げ倒す、聖女アンゼリカへの最強の刺客ーっ!! キムラーッ!!』


 大歓声!


『光あれッッッ!!』


 神がゴングを召喚した。

 そして──高らかに、試合開始の音が響き渡った!


 聖戦が始まる。


 ちなみに、今回のレフェリーである天使はタッグ戦とは別人である。

 あの時のレフェリーはクビになった。


「当て身は解禁だったな」


「ええ。いらっしゃい」


 アンゼリカが手招きをする。


「周囲はお前一色だ。なるほど、あの時を思い出す」


 キムラがじわじわと距離を詰めてくる。

 アンゼリカは両腕を上げて出迎えた。


 がっしりと、両者、組み合いの姿勢になる。


「おおっ……!!」


 アンゼリカの口から驚きの声が漏れた。

 押される。

 体格でまさるアンゼリカが、キムラによって押し込まれていく。


『キムラ、圧倒的剛力! アンゼリカを──ロープまで押し込んだーっ! レフェリーがブレイクに走るがーっ! おっと、ここでアンゼリカがキムラを抱えあげる! そして、地面へのボディスラムーっ!!』


 大地が揺らぐ。

 だが、キムラは素早く起き上がった。


「マジかよ……聖女様のボディスラムを受けて即座に立てるとか、何者だよあの女……」


 シーゲルがおののく。


「キムラは柔道を収めている。投げに対する耐性は抜群なのさ」


 テーズの解説に、民衆がなるほどと頷いた。

 立ち上がるキムラに、アンゼリカは身構える。


 あれは、あの構えは、空手チョップ!


 振り上げられた一撃が、絶対不可避の速度を持って襲いかかってくる。

 これは決まったか!?


 起き上がりかけのキムラへの攻撃に、誰もが決着を予感する。

 だが……!


「シッ……!!」


 振り上げるような、猛烈な一撃!

 なんと、空手チョップを迎撃するのは猛烈な手刀である!


 チョップとチョップがぶつかりあい、破裂音が鳴り響く。

 会場の空気が揺らぎ、これを見る者達の全身を震わせる。


『空手チョップが……防がれたーっ!? あ、あれも空手チョップなのかーっ!! 必殺の一撃と拮抗する、究極の一撃! 空手チョップ、ここに敗れるーッ!?』


 神が立ち上がり、マイクを握りしめて絶叫!


「馬鹿な。空手チョップが通用しない……!? あのキムラという女性は何者なんだ……!」


 王子は別の意味でキムラに興味を持ち始めたようである。


 アンゼリカとキムラは、互いのチョップの反動で距離を取ることになった。

 互いに睨み合う。


 アンゼリカは笑っていた。

 空手チョップを跳ね返したそれが何なのか、正確に理解していたからだ。

 それは、カラテの型と、そして圧倒的なパワー。


 こと、パワーだけで言うならば、キムラはアンゼリカが戦ってきた誰よりも強い。

 

「次はKO負けはないということですか」


「もちろん。それに金的だってないだろう?」


 その通り。

 ここはすでに昭和ではない。


 両雄は徐々に近づき……。

 だが、睨み合うことはない。

 間合いに入った瞬間、どちらともなく仕掛ける!


『これはーっ!! 組み付きからの、アンゼリカのハンマースルー!

 戻ってくるキムラに空手チョップー!! 倒れるキムラ! だが、起き上がって背後からのーっ河津掛けーっ! アンゼリカ転倒! 襲いかかるキムラ、これはアームロック!? アンゼリカの腕を破壊するつもりかーっ! だが、アンゼリカこれを逃れる! ロープ! ロープブレイクです!』


 畳み掛けるような戦いが始まった。

 勝敗の知れぬ戦いである。

 互いの全力を振り絞り、勝利のためにぶつかり合う。


 民衆の歓声が響き渡り、試合のボルテージは否応なく増していくのだ……!


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