第3話 村の異変! 聖女、怒りの喧嘩殺法!

「聖女様、向こうが私達の村なの!」


 ミーナが馬の手綱を引いて先導する。

 クロスボウを受けた馬だったが、聖女アンゼリカの使う、癒やしの奇跡によってすっかり傷は癒えていた。


(奇跡は使えるし、あっという間に馬がなおってしまったのに、どうしてアンゼリカ様は悪いひとたちをこらしめるとき、奇跡を使わなかったんだろう?)


 ミーナは疑問を感じるが、それは口にしない。

 きっと、聖女アンゼリカには、自分が思いもつかないような遠大な考えがあるからであろう。


「ミーナ、あまり無理をするものではありませんよ」


「だいじょうぶよ、聖女様!」


 ミーナが手を振る。

 アンゼリカは微笑みながら、手を振り返した。


「そして、あなたはどうして私の後についてくるのですか?」


 振り返りもせずに告げる。

 彼女の後ろには、モヒカンの盗賊が付き従っていたのだ。


「へえ! お、俺、聖女様に助けられてすっかり目が覚めたんでさあ。今まで悪いことばかりやって来て、だけど聖女様に助けられて、これじゃいけねえって!」


「良い心がけです」


 アンゼリカが振り向いた。


「お、おお、聖女様ぁ……! お、俺、だから人の役に立って、今まで悪いことをした分を償いてえんだ! だけど、俺にはどうやればいいことになるのか分からねえ……」


「そうでしたか。あなたの名はなんと言うのですか?」


「お……俺はシーゲルだ」


「シーゲル。では、私の付き人となりなさい。その体格と若さ。鍛えればなかなかのものになりましょう」


「付き人……?」


「こちらの世界では、従者のことを言うようですね」


「は、ははーっ!!」


 モヒカン……いや、シーゲルはその場に平伏した。


「顔を上げなさい。シーゲル、よく尽くすのですよ」


「ははーっ!」


「ええっ!? 聖女様、このモヒカンの人をつれてくの? だいじょうぶ?」


「シーゲルは改心したのです。この私をたばかろうはずもありません。そうでしょう、シーゲル?」


「ははーっ!」


「付き人は、先輩レスラーの言うことに従うものです。だからこそ、従える者は付き人の世話を焼いてやるのです」


「せんぱいれすらー?」


「この世界では聖女と言います」


「そうなんだ……! 聖女様、いろいろなことを知ってるんだね」


「はい。ミーナよりも少しだけ長く生きていますからね」


 ちなみに聖女アンゼリカ、転生してきたレスラーの享年は39歳である。

 馬車の中にいる老人は、この光景を微笑ましげに見つめている。


 そうやって歩いていると、やがて村が見えてきた。


「村だよ!」


 ミーナが駆け出す。

 だが、村からは黒い煙が立ち上っていた。


「何かがおかしいです。ミーナ、止まりなさい! シーゲル!」


「へえ!」


 モヒカンが走った。

 すぐにミーナを追い越し、村の全景が見える場所……丘の上まで到着する。

 そして、彼は目を見開いた。


「た、た、大変ですぜアンゼリカ様!! 村が……村が燃えてる!」


「そ、そんなあ! 村がー!!」


 ミーナの悲鳴が響き渡った。


「なんという非道を……!」


「聖女様、こいつに乗ってやってくだされ!」


 老人が馬を指し示した。


「いいのですか?」


「はい。こいつは本来、荷馬車を引くくらいしかできなかった老いぼれ馬。ですが、聖女様に癒やされて、随分元気になったようで」


「ブルル!」


 馬が応える。

 己の背に乗ってくれと、聖女に訴えかけてくるのだ。

 馬とて……いや、馬だからこそ、背に乗せるべき人を見極めることができる。


「ありがとう、お馬さん。では、あなたの背中を借りましょう」


「聖女様、くらの代わりにこの布を……!」


「裸馬で結構です。私はこう見えて、現役時代に暴れるレスラーを抑え込んで何度も3カウントを奪っていますから」


 言葉の意味はよく分からない。

 だが、聖女の言葉からとにかく凄い自信を感じた老人は、頷いた。


「村を……頼みます、聖女様」


「はい。任せて下さい。行きますよ!!」


「ヒヒーン!!」


 背に聖女を乗せ、馬が駆ける。

 産まれて初めてであろう、全力疾走だ。

 馬は聖女とともに、モヒカンの横を駆け抜け、その身を村に向かって踊らせた。


 村では、今まさに蛮行の最中。


「ヒャッハー!! 燃やせ、燃やせー!! 女子供は既に連れ去った! 残ったじじいばばあどもに用はねえーっ!!」


「や、やめてくれえ! その蔵には来年の種籾が……!」


「ああーん? 種籾ぃ!? なら、そいつは俺達がありがたく食ってやるとしよう!」


「ひい、やめてくれ! それを食われたらわしらが来年暮らしていけん!」


「うるせえ! 俺達はその種籾が食いたいんだよぉーっ!!」


 カード盗賊団の一員であろう、悪のモヒカンが老人を殴り飛ばす。


「ヒッ、ヒィーッ!」


 倒れ伏す老人。 

 だが、彼は柔らかな手に受け止められた。


「はっ、な、なんじゃこの温かみ……。まるで母の胸に抱かれているようなバブみ……」


「大丈夫ですか、御老体」


 老人が見上げるのは、優しいほほ笑みを浮かべた、金色の髪の聖女。


「あ、あなたは聖女様……!? どうか、どうかお助けを……!」


「そのために私が参りましたから」


 老人をそっと立たせると、聖女はゆっくり、悪のモヒカンへと手を伸ばした。


「す、凄え美女じゃねえか……! でけえけど……! へへっ、お前もアジトに連れて行って……」


「地獄突き!!」


「ウグワーッ!!」


 喉を突かれ、血を吐きながらぶっ倒れる悪のモヒカン。

 一撃で戦闘不能である!


「な、何者だ!」


「私は聖女アンゼリカ。悪党どもよ、今すぐここで許しを請い、悔い改めるなら許しましょう……」


 お決まりのセリフに、カード盗賊団はせせら笑いを浮かべようとした。

 だが、セリフには続きがあった……!!


「──と言うべきなのでしょうがまずは全員をぶっ倒します!! シャオラアッ!!」


 聖女アンゼリカ、次の瞬間、暴風になる……!

 一瞬でヒゲの巨漢の懐に入り込み、空手チョップ一閃。巨体が枯れ葉のように宙を舞う!「ウグワーッ!!」

 悪党どもが集まる場所へ飛び込み、その体を巨大な砲弾のようにしてぶつける!


「フライングタックル!」


「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」「ウグワーッ!!」


 まとめて十数人の盗賊団が、まるでボウリングのピンのように吹き飛んだ。

 文句なしのストライクである。


 そして、並み居る盗賊団をハンマースルーで、次々に投げ飛ばしていく。「ウーグワーッ!!」「ウグワワーッ!」「ウグワアーッ!!」

 対応する暇などない。

 気がつくと腕を掴まれ、次の瞬間には宙に投げ飛ばされているのだ。


 既にプロレスではない。

 これは制裁だった……!


 ほんの3分ほどの間に、カード盗賊団は壊滅した。


「……!」


 聖女は無言で、拳を高らかに突き上げる。

 全悪党ノックアウト。

 神のテンカウントが響き渡るのだった。


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