第2話 炸裂! 聖女、愛のボディスラム

「でけえつったって女だ!! 力づくでねじ伏せろ!」


「ヒャッハァーッ!!」


 モヒカン、スキンヘッド、ヒゲの盗賊たちは、手にトマホークや釘付きバット、ダガーナイフを握りしめて襲いかかってくる。


「聖女様、危ない!!」


 ミーナは叫んでいた。

 そんな少女の目の前で、聖女アンゼリカは受けの体勢を取るでもなく、全ての攻撃を身一つで受け止める……!


「終わりだ、聖女ーっ!!」


 笑う盗賊。

 だが、彼らの笑みが徐々に引きつっていく。


「な……何だこの感触は」


「まるで分厚いタイヤを殴ったみてえだ……!」


「プロレスとは……相手の技を受け、持ち味を引き出し……そして自らの技を返して成立するものです」


 盗賊たちの集中攻撃を受ける中、涼やかな声が流れる。


「それがあなたがたの全力ですか」


「こっ、攻撃の手を休めるなァーッ!!」


「ひいーっ! トマホークの刃が欠けたァーッ!?」


「うげえーッ!! 釘バットが折れたァァァァッ!!」


「ひい、ひい、ダガーが刺さらねえよう!」


「では」


 聖女が動く。

 白い衣は所々が引き裂かれ、その下にある肉体をあらわにする。

 しかし、聖女の体に傷一つなし。


 鍛え抜かれた肉体に、暴漢の攻撃など何の痛痒も与えられるはずもなし!


「私の番です。ッシャアオラアッ!!」


 裂帛の気合とともに、振り切られる袈裟懸けのチョップ!

 天知る、地知る、人ぞ知る。

 その名は、空手チョップ。


「ウグワーッ!?」


「ウグワーッ!!」


「ウグワーッ!!!」


 三人の盗賊がまとめて吹き飛ばされた。

 得物も、棘のついた肩アーマーも砕かれ、胸には空手チョップを受けたミミズ腫れが。


「聖女様、すごい……!!」

 

 少女ミーナは瞳を輝かせる。

 聖女の空手チョップが、次々に盗賊達を打倒していくのだ。

 その猛威の前に、盗賊達は成すすべなし。


「ば、化け物だ! この女、化け物だァッ!!」


「火炎放射器を持って来い!」


「もう持ってきてるぜ!! ヒャッハー!! 汚物は炎で消毒ダァーッ!!」


「お、おいやめろ! 俺達がまだ残って……ウグワーッ!!」


 火炎放射器から吹き付けられる、恐るべき豪炎!!

 仲間ごと焼き払おうとする非情なる攻撃である。


 迫る炎を前に、ミーナは恐怖した。


「せ、聖女様ーっ!!」


「安心なさい。口から炎を吐くレスラーと戦ったこともあるのです。今更、火炎放射器程度どうということもありません」


 アンゼリカは優しく微笑みながら、炎に立ち向かった。


「ふんッ!!」


 襲いかかる炎に対し、反転しながらの強烈なチョップ!

 空を切り裂く斬撃で、炎は上下真っ二つに裂けた。


「ばっ、馬鹿なアーッ!?」


「愚かなのはあなたです。何故、仲間ごと焼こうとしたのですか! 非道に走って得た勝利になど、何の価値もなし!」


「ひ、ヒィーッ!」


 火炎放射器のスイッチを、連打する盗賊。

 だが、炎は全て、空手チョップの前に霧散してしまう。

 鍛え抜かれたチョップの前に、火炎放射器など涼風にも等しいのだ……!


「反省なさいッ!!」


 チョップ一閃。

 火炎放射器は粉砕され、盗賊は棘付き肩アーマーを砕かれながら胸元にミミズ腫れを作り、「ウグワーッ!!」吹き飛んで動かなくなった。


「お……俺達を守ってくれたのか!?」


「な、何故だ!」


「助けを求める者がいれば、それが盗賊であろうと救うのが聖女です」


 振り返るアンゼリカ。

 その唇に、優しい微笑みが浮かんだ。


「ああ……」


「聖女様……!」


 盗賊達は悟った。

 彼女は、本物の聖女なのだと。

 この異世界世紀末に遣わされた、彼女こそが救世主なのだと。


 勝負はついたかに思われた。

 盗賊達は戦意を失い、懺悔の涙すら流しているではないか。


 だが一人。

 ただ一人だけ、反省とは無縁の男がいた。


 クローバーのキング。

 聖女に一撃で吹き飛ばされたはずのその男が、密かに戻ってきていたのだ。


「ああ、聖女様……! なんて神々しいの……! でも、聖女様って神様から賜った奇跡を使うはずよね。どうしてチョップしかしないのかしら。でもそんな細かいことは横に置いて、聖女様ほんとうに素敵……!」


 少女ミーナは、世界の秘密の一端に触れる疑問をいだきつつ、しかし概ねアンゼリカへの敬愛を抱いて感動していた。


 だからこそ、己の背中に伸ばされる手に気づかなかったのだ。

 次の瞬間。


「きゃあああああ!」


 少女ミーナの悲鳴が響き渡った。

 ハッとして振り返る、盗賊達。

 そして聖女。


「動くな!!」


 そこには、クローバーのキングが立っていた。

 片手に、ミーナの腰を一掴みにしている。


 2mくらいの身長のキングが、いくら子ども相手とは言え、ミーナを一掴みにできるはずはない。

 これはキング自身が圧迫感を放っているため、錯覚で5mくらいに見えているから可能な行為なのだ。


「動けばこのガキの首を引きちぎるぞ!!」


「お、お頭!?」


「もうやめましょうぜお頭!」


「このお人、本物の聖女だ!」


「てめえら……聖女に寝返ったかァッ!! ポーカー四天王のクローバーのキング様の顔に泥を塗るとはああっ!! 死ねえ!!」


 キングは手下であったモヒカンを蹴り飛ばした。


「ウグワーッ!!」


 真横に吹き飛ばされるモヒカン。

 このまま落下すれば、死んでしまうかも知れない。

 だが、そこに太い一本の腕が差し出された。


「ウグワッ!?」


「安心なさい。私が受け止めました」


 優しい声が、モヒカンの耳をくすぐる。


「せ……聖女様……!!」


「自分で立てますね?」


「うん」


 優しくモヒカンを立たせてあげた後、聖女はゆるり、と歩き始めた。


「クローバーのキングとやら。あなたに恥というものは無いのですか?」


「動くなっつってんだろうがッ!! このガキの首を、本当にもぐぞっ!!」


「ヒィィッ! せ、聖女様、助けて……!」


「ええ。助けます」


 聖女アンゼリカの顔に浮かぶのは、慈母の如き笑み。

 それだけで、ミーナを包み込む恐怖は霧散していくようだった。


 同時に、アンゼリカを前にしたキングは妙な感覚を覚える。


「あ、あれ? ガキを一掴みにできなくなった……!?」


 威圧感で大きく見せていた自分が、みるみる小さくなっていく。

 逆に、相対する聖女が、どんどんと大きくなっていくではないか。


「く、くそっ! ガキを……」


 だが、ここでキングは思い出す。

 聖女に手首を破壊されていた……!

 これでは、ミーナを手に掛けようにも、一度下ろすしか無い。


 その迷いが、彼の運命を決定づけた。


 手を伸ばせば届く距離に、聖女アンゼリカがいる。


「あ」


「クロバーのキング。あなたを、聖女の名に於いて罰します」


 彼女の手が、指先が、キングの肩と股間にかかる。

 そして、まるで子どもを持ち上げるかのように、キングの巨体がリフトアップされてしまった。


「あ、あ、ああああああああっ!?」


 キングは叫ぶ。

 巨体の己を、やすやすと持ち上げる女がいる!?

 そんなものが聖女だと!?


 馬鹿な!!

 これは……この女は、化け物だ!


「これは、私からあなたに下す愛の鞭です。その名は……ボディスラムッ!! しっかり受け身を取りなさいッ!!」


「ひ、ひぃやあ────ッ!!」


 高く掲げられた頂点から、キングは地面へと叩きつけられる!


「ウグワーッ!!」


 大地を強く打つ音が響き渡り、爆発したかのように砂煙が上がった。

 その瞬間、世界は間違いなく鳴動した。


 荒野に生まれたクレーター。

 その中央で、白目を剥いて動かないクローバーのキング。

 だが、どういう訳か、生きてはいるようであった。


「こ……これが聖女の愛……!!」


 ミーナは呆然と立ち尽くす。

 砂煙はやがて晴れゆき、汚れ一つ無い白き衣があらわになった。


 悠然と立つ、聖女アンゼリカ。


 いつしか差し込んできていた日差しが、振り返る彼女を背後から照らし出す。

 それはまさに後光であった。


「おお……おおおお!」


 モヒカンも、スキンヘッドも、ヒゲも、皆涙を流す。

 そしてひざまずいた。


 ミーナもまた、手を合わせ、聖女に向かって祈る。


 これが、聖女アンゼリカによる、異世界世紀末聖女救世主伝説(長い)の幕開けとなるのである。


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