第6話 黄金の聖女、王都に行く
門番は目を細める。
王都に続く街道を、爆走してくる何かがあるではないか。
確か今日は、来賓の予定はなかったはずだ。
だとしたらあれはなんだ。
たった一台の魔導バイクが、こちらに向かって走ってくるではないか。
「止まれ、止まれーっ」
門は閉ざされており、ならず者の襲撃を受け付けないようになっている。
門番である彼の許しがなければ、通れないのだ。
門番はのっそりと、門の前に立ちはだかった。
身の丈3m。
無論、彼の放つ強い威圧感がそう見せているのだ。
果たして、彼の前で魔導バイクが停まった。
「王都の外はどこまでも続く荒野だったはずだ。そこを走ってきた? 何者だぁ、貴様ぁ?」
それは、ヘルメットを被り、白い衣に身を包んだ女だった。
サイドカーには、モヒカンと年若い少女がいる。
「私は、聖女です」
女はそう答えると、ヘルメットを脱いだ。
「あっ」
門番は声を上げていた。
ヘルメットの下から、豪奢に輝く、金色の髪が流れ出る。
サングラスを外し、胸元に掛けた彼女は、目もくらむほどの美しさをしていた。
「せ、聖女と言われてもだなあーっ」
聖女とは、ノーザン王国教会が定める、奇跡を行使できる聖職者女性の呼び名だ。
かつては文字通り、聖なる力を持った女性に与えられた称号だったのだが、今となっては能力があるか、コネがあればそれを名乗れることになっている。
無論、称号の価値は地に落ちていた。
「お前、いや、あなた、教会のシンボルがないじゃないか」
彼女に見つめられると、言葉が優しくなってしまう。
立ち上がる聖女。
気づくと、門番は聖女と同じ目線にある自分を感じた。
──でかい……!?
いや、俺が縮んだのか!?
威圧感を保っていられない。
「神に誓って、私は聖女です。お通し願えませんか」
「し、しかし……」
その時だ。
門番の詰め所から、同僚の男が駆け出してきた。
「た、大変だ! ポーカー同盟とカード盗賊団が、何者かによって壊滅させられたそうだ! 奴らは各国の軍に引き渡され、また空白地帯は誰のものでも……。そして、カード盗賊団連中がうわ言のように、己を倒した者の名前を呼んでいたそうだぞ」
「一体なんだ? そいつは。あの盗賊団を倒すなんて、どこかの国の軍隊でもなければ無理だろうが」
門番は苛立たしげに答えた。
今は、聖女を名乗る女を相手にしているのだ。
なぜだか、彼女を待たせているのが申し訳なく思えてくる。
「いや、それがたった一人の……しかも、女だったそうだ」
「なん……だと……?」
門番の背中を、冷たい汗が流れ落ちる。
「やたらと体格のいい、長身の女で」
門番の目線が、聖女を名乗る彼女に向けられる。
「美しい髪が広がり、寸鉄すら帯びておらず……」
彼女は無手だった。
「陽光に照らされる様は、その名乗りの通り……まさに黄金の聖女だったと」
門番は、彼女から……黄金の聖女から目を離すことができなくなっている。
「ま、ま、ま、まさか。まさかあなたが」
「辺境の地に、愛を広めて参りました。この腕と、技で」
涼やかに聖女が答える。
「聖女、アンゼリカと申します」
「お、お通り下さいッッッッ!!!」
門番は頭を下げていた。
たった今、伝聞でその活躍を知っただけの相手だ。
だが、何故かそれが真実なのだと確信できる。
同じ目線だと思えていた彼女が、今は大きく、大きく見えるではないか。
ああ、これでは……門もひとまたぎに越えられてしまうだろう。
「門を開けるんだ」
「い、いやだが! こいつらがもしもならず者だったら……」
「この方がならず者の訳があるか!! 開けるんだ! 俺が責任を取る!」
「いや、それは……」
言いかけたもうひとりの門番は、聖女アンゼリカと目が合うと、一瞬動きを止めた。
「わ……分かりました。お通り下さい」
門がゆっくりと開いていく。
「聖女様、ありゃあ一体何をやったんですかい?」
「すごーい。まるで門番さんたち、聖女様のお弟子さんみたいになっちゃった」
「何もしてはおりません。ただ、天に顔を背けるような事はなく、己が何者であるのかを正直に告げただけです。この世界も……まだ愛が失われてはいないのですね」
アンゼリカが微笑んだ。
彼女は再びヘルメットを被り、ゆっくりとバイクを走らせる。
そして小さく呟く。
「門を空手チョップで割る必要がなくなったのは、何よりです」
門番達はいつまでも、その姿を見送っているのだった。
「聖女様、お洋服がもうボロボロ」
「本当ですね。少々、攻撃を受けすぎたのかも知れません」
「聖女様、どうするんですかい? 金は無いんですが……」
「そこは心配はいりません」
バイクが停まったのは、大きな建物の前。
その前には、どこか聖女の纏うものに似た意匠を着た人々が大勢。
誰もがアンゼリカを見てざわめいている。
「王国大教会。かつて、私の半身がいた場所です。ここで衣装を賜りましょう。それと……国王陛下にお会いするための紹介状もいただかねばなりません」
「こっ」
「国王陛下!」
ミーナとシーゲルが、驚愕に声を合わせる。
「空白地帯を陛下が治めてくだされば、村も無事になるでしょう? とてもいい考えだと思うのです」
「だ、だけど聖女様! 国王陛下に会うなんてそんなの……!」
ミーナにとって、ノーザン王国の国王と言う存在は、文字通り雲の上の人。
神様と似たようなもので、想像上の生き物に等しいのだ。
だが、アンゼリカは平然としたもの。
「村を守るための、一番いいやり方なのです。大丈夫ですよ、ミーナ。私を信じてください」
「は、はい……! 聖女様がおっしゃるなら……!」
「さすがだぜ聖女様……! とんでもねえことを当たり前みたいに言ってのける……。そこに痺れる、憧れちまうゥ……!」
シーゲルが感激している。
「不可能と思えば不可能となり、可能と思えば道は開けるのです」
微笑みを浮かべ、聖女アンゼリカが大教会の階段を上っていく。
その先に、大きな門。
慌てて、門を守る教会騎士達が門を閉ざした。
だが、聖女の手が門に触れると……。
なんということであろうか。
門がゆっくりと開いていくではないか。
これは聖女の奇跡であろうか?
いや、内側から掛けられたかんぬきが、みしみしと音を立てて歪み、たわみ、へし折れていく。
「う、うおおおおおォォォォーッ!?」
「な、何者かが大教会に入ってこようとしていますッ!!」
教会騎士たちが叫ぶ。
必死になり、全身で門を抑えるが、彼らでは開こうとする門を少しも止められない。
次々に教会騎士が飛び出してきて、門に飛びついた。
だが。
「神は、敬虔なる信徒を受け入れ給う。我らが神に栄えあれ。神を信じる子らに……栄え……」
軋む門から聞こえる美しい声は、間違いなく教会に仕える聖女の
「ま、まさか、このとんでもない馬鹿力で扉をこじ開けてくるのは……聖女だとでも言うのか!?」
「身体能力強化に奇跡を使用しているのか!?」
「いえ! 一切の奇跡反応がありません! こ、これは……純粋な腕力です!!」
「栄えあれッッッ!!」
裂帛の気合とともに、誓文が終わる。
その瞬間、全ての教会騎士が教会奥へと吹き飛ばされた。
扉は開け放たれ、蝶番は破壊されてそのまま倒れ込む。
外は夕暮れ。
赤い夕日に照らされながら、美しい髪をなびかせて彼女は立っていた。
「聖女アンゼリカ、只今戻りました。教主様にお願いがございます」
黄金の聖女の帰還であった。
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