第5話 明かされる聖女誕生の秘密!
「あなたー!」
「おまえー!」
「とうちゃーん!」
「息子ー!」
村のあちこちで感動の再会が行われている。
聖女アンゼリカがカード盗賊団を壊滅させ、囚われていた人々を救い出したのだ。
もう、あの恐ろしい盗賊達に怯える必要はない。
村は、安堵の空気に包まれていた。
「じゃが、いつまでも平和なわけではありませんのじゃ」
昨日、アンゼリカに救われた老人がぽつりと語る。
「それは一体、どういうことなのですか?」
「はい聖女様。この辺りは空白地帯と言って、サウザン帝国もイースタン共和国も、ウエスタン連合国にノーザン王国も所有していない地域なのですじゃ。だからこそ、4つの大国はここを得ようと勢力争いをしております。じゃから、あのカード盗賊団のような連中がその隙を狙い、この辺りを支配しようとしてくるのですじゃ」
「そういうことでしたか。私もこの体の生まれは元々ノーザン王国。そこでは、ここは未開の大地だと伝えられていました」
「なんと、聖女様はノーザン王国の!?」
「このようなひどい状況になっているなど知りませんでした。これは国王陛下に直接お伝えするべきでしょう」
「おお……我らのために、ノーザン王国の国王陛下に……? 王国の庇護下に入れれば、わしらも安泰ですじゃ……!」
「ええ、任せて下さい」
聖女が微笑むと、その場にいた人々は手を合わせて彼女を拝んだ。
涙を流している者もいる。
「聖女様……!」
「なんと眩しいのじゃ……!」
「美しい髪が広がって……まるで黄金の聖女様じゃ」
「黄金の聖女様……!」
「黄金の聖女様!」
しばらく拝まれた後、アンゼリカは立ち上がる。
「聖女様?」
「王国へと旅立ちます。善は急げと申しますから」
これは異世界世紀末における、一般的な慣用句である。
「だったら、私も行きます!」
少女ミーナが手を上げた。
「こ、これ、ミーナ!」
「聖女様の迷惑になる」
慌てて止めようとする村人だが、それを聖女は優しく制する。
「村の者の声があった方が、陛下にも状況が伝わるでしょう。ミーナは私とともに幾多の戦場を渡り歩いた仲。ともに行きましょう」
「はい!」
「聖女様ァ! バイクは整備しておきやしたぜーっ!」
モヒカンがヒャッハーと叫ぶ。
これを見て、村人達は不安そうな顔になった。
「せ、聖女様。あのならず者は一体……」
「シーゲルは改心し、私の付き人となりました。これからレスリングのいろはを教え込んで行きます」
「レスリング……? いろは……?」
そういう言葉はこの世界には無いのだ。
聖女を敬愛する村人達は、それ以上アンゼリカに意見をすることはなかった。
かくして、聖女は少女とモヒカンを連れて旅立つ。
ヘルメットを被り、サングラスを掛け、魔導バイクに跨るのだ。
サイドカーにはやはりヘルメット(モヒカンが出る特別製の)を被ったシーゲルと、同じくヘルメット姿のミーナ。
聖女なので、バイクに乗る時は安全に運転するのである。
「聖女様は、王国の方だったのですね」
ミーナに問われて、アンゼリカは頷く。
「ええ。そう言って構わないでしょう。少なくとも、私の半身の帰るべき場所はもうないのですから」
ミーナもシーゲルも理解できなかったらしく、首を傾げた。
バイクのエンジンを掛けながら、アンゼリカの思考は過去へと遡っていく。
その男は、レスラーであった。
伝説とすら謳われたレスラーである。
終戦後の日本。
破壊され尽くした国土の中、街頭のテレビに人々が集まる。
映し出されるのは、その男。
外人のレスラーを相手に、凄まじい空手チョップ、チョップ、チョップの嵐。
彼が外人レスラーを打ち倒す様に、人々は熱狂した。
そこには、これから立ち上がる日本の未来への、夢と希望があった。
男は正しく、ヒーローであった。
だが、そんな彼は多くの闇を抱えていた。
酒を飲んでは暴れ、問題を起こし、闇の側の人種がバックについていた。
年齢とともに衰える体力の中、興奮剤を使用してリングに立つ男。
そのまま飲み屋にやって来ては暴れ、店内を破壊する。
バックに付いている者達とも喧嘩をする彼は、まさに手のつけられない暴れ馬のようであった。
そして彼はある日、飲み屋……今で言うクラブのような場所のトイレで、何者かに刺されて死んだ。
正確な死因は、刺されてからちょっと調子が良くなった後、サイダーとか肉をもりもり食ったためだとも言われている。
ともかく死んだ。
男は死んだ。
闇の中、男は佇んでいる。
その肉体からは、生前に宿していた焦りや怒りなど言った負の感情はことごとく失われている。
ただ、己が成した成果と、それを受け継ぎ、つなぎ続けている者達の姿だけが見えていた。
「俺のプロレスが繋がってるのか」
男は闇の中に浮かび上がる、日本の未来を見つめて呟く。
「見たかったなあ」
何もかも削ぎ落とされた、男の魂に残る、それが偽らざる本心。
男は闇の中を歩く。
「俺は死んだんだろ? ここが地獄か? 俺が天国に行けるはずないものな」
だが、不思議と、地獄の鬼も何も現れない。
それどころか、男しかこの世界にはいないようだった。
一体どれだけの時間、たった一人で歩き続けたことか。
男はそこで、ようやく自分以外の人間を見つけた。
それは、震えながら祈り続ける、小柄な少女だった。
金色の髪はほつれ、真っ白い衣は土に汚れている。
傍らには、血に塗れた刃があった。
「おい……」
「わたくしは……神の教えに背き、自ら命を絶ってしまいました……! わたくしは、背信者です……! 神の門をくぐることは許されない……それは分かっています……!」
絞り出すように、少女が告げる。
「おい、お嬢ちゃん、どうしたんだ」
男は膝をつき、少女の背に手を預けた。
びくりと少女が震える。
「だって……だって仕方なかったんです。わたくしには、あの地獄のような世界を変えられる力なんかなかった。世界に愛を与えようと、旅立ったわたくしは身の程知らずだった……! 仕方ないじゃないですか……! 無理なんです! 地獄を救うことなんて、無理なんです……!」
「そうか」
「力があれば……わたくしに、もっと力があったら……。そうすれば、世界を愛で満たすことができたのに」
「ああ。お嬢ちゃんは優しいなあ。だがな、強さだけがあってもそれはそれで辛い。何も残らねえからなあ。俺もまあ、似たようなもんだ。ああ、だけど、俺は夢とか希望とか、そういうのを届けられたのかもな」
少女は顔を上げ、男を見た。
「あなたは……神なのですか」
「プロレスの神様となら戦ったぜ」
男の顔に太い笑みが浮かんだ。
「俺は気がついたら、胸ん中の大事なものをなくしてたみたいだ。だから、俺には力はあってもそれしかない」
「わたくしには、愛はあってもそれだけしかございません……」
「ああ、なんだ。俺らはお互い、欠けたもんを持ってるじゃねえか。ならばよ」
男の輪郭が薄れていく。
向かい合う少女の輪郭もまた。
「今度は、ちゃんとやろうじゃねえか。俺と、お嬢ちゃんでよ」
「ちゃんと勤めを果たします……! わたくしと、あなたで」
二つの魂が一つになる。
それは、まばゆい黄金の輝きを放った。
そして……!
魂は閃光に包まれ、闇を切り裂き上空へ。
肉体を得て、黄金は今、異世界世紀末の大地へと降り立つのだ……!
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