6-3
ドラゴニアの歴史に残る惨敗を喫して帰国した国王ヘンリー。
遠征の失敗により、彼の威信は失墜した。
「自ら指揮をとるって言って、めちゃくちゃな作戦を立てたらしい」
「所詮、おぼっちゃまってことだろ。俺今の王様の下では絶対戦いたくないわ……」
街ではそんな風に、国王の陰口が叩かれていた。
当然、国王の前で直接そんな言葉を漏らすものはいなかったが、雰囲気で国王自身も理解はしていた。
「……お前らのせいで、屈辱を受けたわ!」
国王は、配下の将軍を怒鳴りつける。
将軍たちは下を向いてただ「申し訳ありません」と繰り返した。
――だが、そんな彼の元に、さらに悪いニュースが入ってくる。
「王様!」
家臣のものが慌てた様子で玉座の前に跪いた。
「ジュートが、ランジーに攻め込みました!」
「何だと!?」
ランジーは、大陸北部の塩の供給を一手に担う重要な中立都市だ。生活の必需品であり、国王から貧しい民まで必要とする塩を安く大量に提供している。
七王国たちもその価値は理解していたが、どこかの国が手を出せば、壮絶な奪い合いが起きることは明白であるため、暗黙の了解で攻め込むものがいなかった。
だが、その了解を破って、ジュートがランジーに攻め入ったのである。
これは非常事態だ。ランジーがジュートの手に落ちれば、ドラゴニアへの塩の供給もストップしてしまう。そうすれば民は生きてはいけない。
「直ちに、ランジーをジュートの手から解放するぞ!」
ヘンリーはそう言ったが、配下の将軍が止める。
「恐れながら陛下。今のドラゴニアに、ジュートの大軍と戦う力はありません」
「何だと? そんなバカな話があるか。我々には自由に動かせる王都軍があるではないか! こう言う時のために温存しているのではないのか」
「陛下。状況が変わっています。今、ラインバード公国で独立の機運が高まっているのです」
「……何だと?」
ラインバード公国は、先代の時にドラゴニアが征服した中堅国だ。
「奴らは密かに数万の兵士を用意しており、ドラゴニアに隙ができれば、王都へ向かってくることでしょう。兵士は温存しておかなければいけません」
「……何だと! なぜそんなことに!?」
国王の問いに、将軍は答えを持っていたが、それを明かすことができなかった。
言えるはずもない。
――キバがいなくなり、今の国王ならば勝つのは容易いと思われているなどと。
キバは表舞台に出ることこそなかったので、彼の名前こそ知られていなかったが、ドラゴニアには世紀の大軍師がいるらしいと噂になっていた。
それゆえにキバを追放したことで、大陸でも噂になったのだ。
もちろん、キバの存在自体は知られていないので、最初は噂レベルの話だった。
そこに、新国王自らが指揮をとったバイバルス遠征の失敗と言う大事件が起きた。
これまで破竹の勢いだったドラゴニアの敗北。
これは、軍師の不在を各国が確信するには十分すぎる事件だった。
反乱分子たちが動き出すのは当然の成り行きだった。
「……バカな!」
ヘンリーは頭を抱える。
塩の供給がストップすれば、国民は暴動を起こすだろう。
そうなれば、王座が危うい。
「とにかく、一刻も早く塩を確保しなければ……」
ヘンリーは対処策を考える。
しかしジュートと全面対決をする余裕がないとなると、他の産地は南方となるが、ここはバイバルスが支配する。
――一見、万事休すに思えたが――
「陛下、アルザスを攻撃してはいかがでしょうか」
部下の一人がそう進言した。
「アルザスだと? あの辺境の小国をか?」
ヘンリーは驚いて聞き返す。
アルザスは、七王国どころか中堅国家でさえない、辺境の弱小国だ。
もちろん攻め込めばあっという間に征服できるだろうが、メリットが全くない。
「陛下。アルザスには大きな塩湖があります。ランジーより生産効率が悪いので見向きもされませんでしたが、そもそも塩が手に入らなくなった今ならば、話は別でしょう」
「おお! すばらしい。これは神の導きだ! いますぐアルザスを征服しよう!」
アルザスに活路を見出したヘンリー。
「用意できる兵士はどれくらいだ?」
「一万ほどです」
「十分だろう。アルザスは辺境の小国だからな。それだけの兵士がいれば一捻りだ」
ヘンリーは高笑いする。
「クリード将軍を派遣しろ。抜かりないようにな」
「承知しました」
これで塩の問題は解決だ。
そう思ったヘンリーだった。
――だが、その時のヘンリーは知らなかった。
アルザスに、自らが追い出した軍師キバが辿り着いていることを。
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