2-7
いよいよ、その時がやってきた。
その行進の音は、文字通りアルザスの死を予感させる低音。
ライル平原の彼方から、現れたドラゴニアの兵士。
――総勢一万と言う、途方も無い数。
それが、アルザスの兵士たちを皆殺しにせんと近づいてくる。
アルザスの兵士たちは、震えずにはいられなかった。
その先頭で、キバはその重圧を一身に受ける。
と、敵軍の大将が、アルザス軍の先頭に立つキバをみて、笑い出す。
「これは! まさかまさか!」
ドラゴニアの先頭にいたのは、かつてのキバの上司。クルード上級大将だった。
「誰かと思ったら、まさかマヌケ軍師じゃ無いか! 国を追われてこんなところで何をしている」
クルード大将が笑うと、ドラゴニアの兵士たちもつられて笑った。
「おいおい、大した戦略も立てられずドラゴニアを追放されたのに、まだ軍師の真似事やってんのか。しかも……子供やら老人やら、有象無象の雑魚を連れて! これは傑作だな!」
キバは、何も言い返さなかった。
「それにしてもマヌケだとは思っていたが、お前は、兵法の基本もしらなかったのか。戦で大事なのは兵力。一万人の兵士を、そんな寄せ集めの千人で迎え撃つなんて! どこまでもポンコツ軍師様だな!」
徹底的にキバのことを貶すクルード。
だが、キバは冷静に交渉を始める。
「クルード大将。お願いですから、兵を引き上げてはもらえませんか?」
キバが言うと、ドラゴニアの兵士たちは爆笑の渦に包まれた。
「何言ってんだ、こいつ? なんで俺たちが逃げる必要があるんだよ? 一万の兵士がいるんだぞ? こっちには」
「塩が欲しいなら、もちろん分け与えましょう。私もドラゴニアの国民だったのですから、塩がなくて国民が野垂れ死ぬなんてことにはさせません」
「バカ言え。塩は奪えばいい。なんでお前らに“分けてもらう”必要があるんだよ?」
キバはもっと言葉を紡ごうとしたが、いい言葉が思い浮かばなかった。
これ以上時間を稼ぐことはできないか――
「自分が軍師としてポンコツだって自覚して、田んぼでも耕しとけば、死ななくて済んだのになぁ!」
クルードは、そう言って手に持っていた長やりを天に向かって掲げた。
「さぁ、これ以上の雑談は無用。お前ら! このまま塩湖まで駆け抜けるぞ!!」
部下へ発破をかけると、一万の軍勢が共鳴して雄叫びをあげた。その声だけでも、アルザスの兵士たちは紙切れのごとく吹き飛ばされそうだった。
――大軍を相手に、なけなしの勇気を振り絞ってアルバートが剣を抜いた。それに周りも続く。
もはや死は免れない。あとはどう死ぬかだけの問題だ。
そう覚悟したその瞬間。
アルザスが発したものでも、ドラゴニアが発したものでもない、音が聞こえてきた。
地面を揺らす。
地震のように。
アルザスの兵士たちは、死への恐怖が震えになったのかと思った。
だが、違った。
その音は、蹄鉄(ていてつ)が草原の地面を蹴り上げる音。
ものすごい勢いで、こちらに向かってくる。
その姿に気が付いて、ドラゴニアの兵士たちは、驚きに呆然と足を止める。
南方より現れたのは――数えきれぬほどの、兵士だった。
――七王国、ラセックスの旗を掲げた軍団だ。
一体どれだけの兵がいるのか数えきれない。
だが、一つだけわかったのは――ドラゴニアの兵士よりも数が多いということだ。
「そこまでだ!!」
響いたのは――ラセックス王女、ルイズの声だった。
「バ、バカな!?」
ドラゴニアのクルードは現れた敵の数を見て、驚きに口を開けるしかない。
いったい何人いるんだ。一万、二万――いや、最低でも三万はいるぞ!?
「……間に合ったか!!」
キバはルイーズの顔を見て安堵のため息を漏らす。
「何が起きているのだ!?」
クルードの疑問に、ルイーズが答える。
「ドラゴニアの将よ。我々ラセックスは、アルザスと同盟を結んだ。ここから先に進むと言うのであれば、ラセックス精鋭部隊3万を敵に回すことになるぞ!」
「ど、同盟だと!!!???」
バカな。そんなことはありえない。あり得るはずがない。
なぜラセックスがアルザスと同盟を?
征服しにきたのならばまだしも。
同盟など、あり得るはずがない。
しかも、三万もの兵士を動かせるのであれば、ジュートを討てば良いではないか
なぜアルザスにきたのだ。
ドラゴニアがアルザスを狙ったのは、今動かせる兵士が少なく、ジュートを討つだけの兵力がなかったからだ。それなら楽に倒せるアルザスを倒そうというのが魂胆だった。
もし、三万の軍勢があったのなら、ジュートを討って、アルザスよりもはるかに多く、安く塩が取れるランジーを狙った。はっきりいって“仕方がなく”アルザスを狙ったに過ぎないのだ。
それなのに、同じアルザスに、ラセックスは三万もの兵士を動かしてくるなんて、全くの予想外だった。
「――ラセックス国王はいったい何を考えている!?」
そのクルードの問いに、ルイーズは毅然と答えた。
「――損得を考えただけさ」
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