1-6

 魔法砲の集中砲火にさらされ、貧弱なアルザス城の防壁は数分で瓦解した。


「たわいもない!」


 ルイーズは、いとも簡単に空いた穴をみて高笑いした。

 城攻めは何度も経験していたが、こんなに簡単に城が落ちたのは初めだった。

 アルザス軍からは反撃らしい反撃もなく、ただなすすべもなくという感じだった。

 ……さすがは辺境、まともに戦(いくさ)をしたことがないのだな。


「さぁ、突撃だ!」


 ルイーズの号令で、鉄鬼軍は城内へとなだれ込んだ。


 ――だが、そこでようやく異変に気がつく。


「バカな……」


 城壁の中には、人っ子一人いなかったのだ。


「……まさか、城を放棄したのか?!」


 まさか戦わなず逃げ惑うつもりか?


「おい、敵軍はどこにいるんだ!?」


 ルイーズの問いに、城壁の上に登った部下が答えた。


「王女様! 敵は城の後ろの森を背にして布陣しています!」


「なに!?」


 一体どう言うことだ。

 わざわざ自分たちの居城を捨てて、平地での決戦を望んでいるということか。


 鉄鬼軍は別に城攻めだけを得意としている部隊ではない。平地での決戦だって得意だ。

 アルザスの弱小軍隊が決戦で勝てるわけがない。


「……舐めたことを。一捻りにしてやる」


「どうしますか!?」


「敵のいるところへ向かうぞ!」


 ルイーズは指示を飛ばす。鉄鬼軍は、一斉に城の後方へと向かう。 


 城の裏手に回ると、アルザス軍はエリスを先頭に布陣していた。

 その数は700といったところか。


 ルイーズの鉄鬼軍の数は1000。攻城戦を得意とするが、決戦だってこなす精鋭集団だ。

 数で優っている上に、相手は寄せ集めの徴兵兵。これでは負ける道理はない。


「エリス! 鉄鬼軍と真っ向から勝負しようなんて、100年早いよ」


「……お姉様。ラセックスに戻っていただくことはできないですか?」


 と、エリスはまだそんなことを言う。


「目の前に勝利が転がっているのに、どうして逃げる?」


 ルイーズはそう言い放ってから、部下に開戦を指示する。


「突撃!!」


 次の瞬間、鉄鬼軍は一斉にアルザス軍に襲いかかった。

 だが、アルザス軍は、さらに思いもよらぬ行動に出る。


「退却!!」


 そう言って、アルザス軍は森を背後にして、左右に別れ退却し始めたのだ。


 騎馬隊は右に、歩兵は左に。

 右に逃げた騎馬の一団の先頭はなんとエリスだ。自ら先頭に立って退却を先導している。


「バカな!?」


 状況が理解できず、ルイーズは呆然とする。

 城を捨て、さらにまだ逃げるというのか。


「……おいかけっこするつもりか」


 アルザス軍は戦う気がないのだ。

 どうせ勝てないから、戦う気はないと。


「そうはいかないぞ……」


「大将! どうしますか⁉」


 ルイーズの副官が指示を仰ぐ。ルイーズは毅然と発した。


「我々も騎馬と歩兵に別れてそれぞれアルザス軍を追うぞ! エリスがいる方には私が行く! 残りはお前に任せた。必ず仕留めろ!」


「ハッ!」


 逃げるのなら、追いかける。それだけだ。

 決して逃しはしないのだ。


 ルイーズは、騎馬を走らせ自ら先頭に立ち、エリスのあとを追いかける。


 だが、予想外に、その距離がなかなか縮まらない。

 アルザス軍の馬は、なかなかに素早い。

 

「いや、焦るな……」


 敵は逃げ惑っているだけだ。

 勝負にならないからと、逃げ回っているのだ。即ち、これはもうこちらが勝利を収めたに等しい状況だと言う証拠。

 奴らとて永遠に逃げ回ることはできないはずだ。


「全速力で追いつけ! 追いつけばこちらのものだぞ!」


 ルイーズは、配下の騎馬隊を大声で鼓舞する。


 と、アルザス軍が逃げ惑うその先に、川が見えた。

 川幅はかなり大きく、馬に乗ったままでは絶対に渡れない。


 そして、その川には一本の大きな橋が架かっている。ちょうどその上を、エリスたちが渡り終えようとしている。


 まずいと思った時には、既に遅かった。


「くそ!!」


 エリスたちは、自分たちが川を渡り終えると、橋を魔法で焼き払い、通行できなくしてしまったのだ。


 それなりに時間をかけて作ったであろう橋を壊してまで、逃げるとは。


「ええい、氷の魔法で橋を作れ! 急げ!」


 ルイーズは部下に激を飛ばす。


「おのれ……逃げまわってもなんの意味もないのに……」


 ルイーズは苛立ちを抑えられなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る