1-7



 キバの率いるアルザス軍は、城の裏手で二手に分かれ一目散に逃げ出した。

 キバが予想した通り、ラセックス軍は隊を二つに分けてアルザス軍を追いかけてきた。


 もちろん元々勢力差があるので、ラセックス軍が半分に分かれても、こちらも半分に分かれている以上、こちらが劣っている状況は変わらない。


 ――だがそれもこの瞬間だけだ。


 キバたちは、全速力で森の中を駆け抜けていく。

 ラセックス軍も追いかけてはくるが、地の利があるのでなかなか追いつくことができない。


 ――そして、おいかけっこをはじめて、十分ほどしたところで、キバの軍隊は行き止まりにぶち当たる。


 森を抜けた先、そこには川が広がっていた。

 開けているが、行き止まりで、橋もなくこれ以上前には進めない。


「追い詰めたぞ……! どうやら逃げ回るのもここまでのようだな」


 ラセックス軍を率いる副官が、高らかに宣言した。


 だが、キバは毅然とラセックスの軍隊に向き直る。


「それはどうかな?」


 アルザス軍300人に対して、鉄鬼軍は精鋭揃いの500――

 アルザス軍は武器を構えるが、魔法のプロであるラセックスのと真っ向から立ち向かえば、あっという間に蹴散らされるだろう――


 ラセックスの兵士の誰もが勝利を確信した次の瞬間。


「突撃!」


 響いた声は――王女エリスの高らかな声だった。


「なんだと!」


 ラセックスの兵士たちが全く予想していない展開。

 側面から、アルザス軍の残りの半分が突然現れたのだ。


「バカな!」


 やつらは、ルイーズ将軍が追いかけていたはず!

 それなのに、ルイーズ将軍はみあたらず、ラセックス軍はアルザスの全軍に取り囲まれてしまったのだ。


 ラセックス軍に動揺が走る。

 副官も一体何が起きているのか、把握ができない。

 だが危機的状況だということだけはわかった。だから部下に檄(げき)を飛ばす。


「ひるむな! 敵は所詮、寄せ集めだ!」


 ラセックスの副官は叫ぶ。だが、無駄だった。

 不意打ちにあった上、自分たちより数で勝る敵に挟み撃ちにされては、さすがの鉄鬼軍もひとたまりもない。


 ――勝敗はあっという間についた。

 もはや勝利は不可能と悟ったラセックス軍はあっけなく降伏した。


「すごいです! 軍師様! 軍師様の言うとおりにしたら、あっという間に敵を倒すことができました!」


 アルザスの兵士たちがキバに喜びを伝える。


「まぁたいした作戦ではなかったですけどね」


 ――キバの作戦はとてもシンプルだ。

 自分たちが分裂して逃げたと見せかけて、敵を分断して、地の利を活かして、その片方ずつを各個撃破する。


 戦の基本のキの字に従っただけ。


 ――もっとも、そのためにいくらか用意はしていたのだが。


「さぁ、残党を片付けに行くぞ!」


 そう言って、アルザス軍たちを鼓舞する。


 と言っても、パフォーマンスで士気を高めただけで、ここからは簡単な仕事だ。

 エリスたちを追いかけた、敵の大将ルイーズの一団を、その倍近い戦力で倒すだけ。


「今頃、川をわたっているはずだ。そこを叩く」


「承知しました!」


 アルザスの全軍はそのまま北上して、ラセックスの残りの兵を発見する。

 キバの読みどおり、ちょうど川に氷の橋を架け終えて渡ろうとしていた。


「なにっ!?」


 突然、アルザスの全軍が現れたことに動揺するルイーズ。


「奴らを追いかけた味方はどうしたのだ!?」


 ルイーズが状況を飲み込めないうちに、アルザス軍が襲いかかる。


「炎の攻撃で橋を壊せ!」


 橋を渡っている途中のラセックス軍は、突然の敵襲になすすべもなく崩壊する。まともな戦闘にさえならない。

 先頭にいたルイーズとわずかな兵がなんとか橋を渡り終えるも、数の差は歴然だった。

 もはや戦うという選択肢はない。


 ルイーズは、何が起きているのかを把握しないままに降伏せざるを得なかった。


「バカな……私が負けるなんて……しかも、こんな弱小国に……」


 ルイーズは、自分が負けたことを全く受け入れられないでいた。

 なぜ自分が負けたのか理解できないのだ。


「ルイーズ殿下、あなたは最初から負けていたんです」


 †

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