3-3


 ベッテルハイムの一団に連れられて、キバたちは山の中を進んで行く。


 川から少し進んでいった所に、ひらけた場所があった。大きなテントがいくつか張られていて、兵士たちがいる。その数は五十人ほど。


 ベッテルハイムの軍団は、総勢四千。ここ以外に兵力を隠しているのだ。

 ベッテルハイムは、部下に指示し、広場の中央に机と椅子を持ってこさせて、俺たちに座るように促した。


 テーブル越しに、俺とエリスがベッテルハイムと向き合う。後ろで、アルバートたちが立って控える。


「さて、無駄な時間を過ごすのはごめんだ。早速本題に入ろうじゃないか」


 ベッテルハイムの言葉に促され、キバたちは簡潔に自己紹介を済ませた。


「私はアルザスの軍師、キバです」


「私はアルザスの王女、エリスです」


「そんで、そのアルザスの軍師様と王女様が、我々に何の用か」


「……では、単刀直入に言います」


 キバは、前ぶりもなく、本題を切り出す。


「貴殿の軍団を、我々アルザス軍に引き入れたい」


 その言葉に、ベッテルハイムの配下の兵士たちが一斉にざわつき出す。


「アルザスつったら、どーしようもないほどの小国だったはずだ。俺たちにその兵士になれと?」


「その通りです」


 キバが言うと、ベッテルハイムは半笑いを浮かべる。


「馬鹿げた話だ。俺たちは、確かに国を失った。だが、アルザスのような小国の一員になるくらいならば、この森で勢力を広げた方がマシだ。お前らと一緒になったとて、得るものがないではないか」


 もちろんキバも、簡単にベッテルハイムがアルザスの軍門に下るはずがないとはわかっていた。

 だからちゃんと彼が必ず頷くための説得材料を用意していた。


「将軍。これは絶対にあなた方のためになる話です」


「では、その話とらやらを言ってみろ」


 一つ息をついてから、キバは話し始める。


「まず、我々の国には、労働力と兵士の需要があります。先日、ジュートがランジーを征服したことで、各国のへの塩の供給がストップしました。そこで、我がアルザスの塩湖が注目されています。既にラセックスとの同盟を結び、三万の兵士が塩湖を守りながら、塩の採掘が始まっています。しかし人出は全く足りていない状態です。それゆえ、あなた方のような屈強な兵士たちは強く求められています。稼ぎを得ることは極めて容易な状態でしょう」


 キバのアイディアは、シフの軍隊に屯田兵ならぬ、塩田兵になってもらうというものだった。

 平時は、塩田で働いてもらい、戦があれば戦いに出てもらう。この二刀流によって、自立した軍隊が生まれる。

 通常、常駐軍を持つのはコストがかかるが、これならば、小国のアルザスでも維持し続けられる。


「なるほど、労働力か。しかし貴様らの国民は、我々のことを――異教徒のものを歓迎するか」


 ベッテルハイムがそう言うのには理由がある。

 シフ族が異教の民だからだ。

 アルザスも含めてこの大陸の大多数が信じているユピテル神ではなく、独自のシフ神を崇めている。


 そして、ユピテル教徒の神話では、神をシフ族のものが殺したとされている。だからユピテル教徒は、シフ族を毛嫌いしているのだ。


 だが、そこにもキバたちアルザスの強みがあった。


「確かにアルザスではユピテル教が信じられています。しかし、大陸の外れにあるので、中央教会の影響をあまり受けていません。信仰といっても、緩やかなもので、シフ人だからと迫害するような空気は全くないのです」



 ベッテルハイムは、キバの話を真剣に聞きはじめた。これは思いの外、自分たちのためになることかもしれないと思い出したのだ。


 今まで、国を失い流浪の民となったシフ人を、真っ当に受け入れてくれる国は、どこにもなかった。

 だが、大陸の外れに、安住の地があったのかもしれないのだ。


「そして、アルザスの民にはシフ族を歓迎する理由がもう一つあります。それはアルザスの伝説の存在です」


「伝説だと?」


「アルザスには、七人の追放者の伝説があります。それによれば、国を終われた七人のものが、アルザスの地に流れ着き、そのものたちのおかげで国が繁栄する、というものです。それゆえ、国民たちは追放者を大歓迎するのです。現に、ここにいる王女様、それに私も七王国から追放された身ですが、アルザスに受け入れてもらい、こうして政治や軍事で重要な役割を与えてもらっています。それゆえ、アルザスの民は、異教徒であるからと、シフ人を拒絶することはありません」


 ベッテルハイムは、キバの話に聞き入る。


 国を失って、命からがら森の中に逃げ込んだ。

 しかし、森中でのその日暮らしの生活は、決して楽なものではなかった。

 もし定住し、職を得て、まともに暮らせるのであれば、それに越したことはない。


「もちろん、貴殿たちだけではありません。流浪の民となった他のシフ人たちも、兵士でなくとも、我が国に受け入れましょう。決して豊かな土地ではありませんが、生きていくのに困らないでしょう。仕事と土地はいくらでもありますからね」


「……なるほど、素晴らしい話だ」


 ベッテルハイムは頷く。

 だが、それで交渉成立、というわけにはいかなかった。


「だが、お前たちが信じるに値するか、仕えるに値するか、それはまた別の問題だ」


 そう言って、ベッテルハイムは立ち上がる。そして部下に指示を出す。


「弓を持ってこい」


 その言葉に、部下は勢いよく返事をしてから、走り出した。

 そしてベッテルハイムはキバの前に来て、鋭い視線で言った。


「勝負だ、軍師殿」

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