5-2
キバはエリスとともに捕虜たちが捉えられている独房に向かう。
男爵は貴族ということで――先ほど爵位剥奪を告げられたばかりだが――少し広い独房に入れられていた。
彼は無表情でキバたちを見る。
「ロイド男爵、少しよいですか」
エリスが話しかける。よいもなにも、囚人に選択肢などないはずだが、エリスはどんな人を相手にするときも丁重さを忘れないのだ。
「大変言いにくいのですが、ジュートの国王は貴殿から爵位を取り上げ、追放とすると決めたそうです」
エリスが言うと、ロイド男爵の表情がわずかに歪んだ。しかし、予感はしていたのだろうか、それ以上の感情は出さなかった。
「もう捕虜として引き渡す必要もないので、あなたは自由の身です。どこに行っても構いません」
エリスはまずそう言う。
しかし、すぐに続ける。
「でも、もしその気があれば、アルザスで商売をやりませんか」
――商売という言葉を聞いた瞬間、ロイド男爵は顔を上げた。
「我々には塩という商品があります。でもそれを売る人がいません。あなたならそれを売れるはずです」
「……情けをくれるというのか」
男爵が聞き返すと、エリスは首を振った。
「情けではありません。あなたの力を頼りたいのです」
「ついこないだまで戦っていた俺の力をか」
男爵は信じられないという表情だった。
しかしエリスはその目をまっすぐ見て言った。
「捕虜の中には、もともとあなたの元で一緒に商人として働いていたという人が何人かいましたね。彼らは、あなたのことをすごく心配していました。あなたは部下に好かれています。だから、あなたを信じたいのです」
エリスの言葉に、男爵はすぐには言葉を返せなかった。
だが、もちろん答えは決まっていた。
――平凡な商人の家に生まれ、身を粉にして働いて、富を築いて男爵にまでなった。
しかし、その地位を失って国を追われた。
この世の栄華を極めたと思ったが、富も地位も全て失った。
でも、不思議なことにワクワクしてきたのだ。
また一からのスタートだが、それが妙に心を動かす。
また商人として生きていくことができる。
また登っていける。
がむしゃらだった頃を思い出して、あの頃に戻れると思ったら、無一文も悪くないと思ったのだ。
「……私に、商いをさせてください」
ロイド男爵は――王女の顔を見てそう言った。
――追放者が、また一人アルザスの国に加わった瞬間だった。
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