3-4

「勝負だ、軍師殿」


 そして、ベッテルハイムは、キバに向かってそう言った。

 キバは、まっすぐ将軍の目を見返す。


 ベッテルハイムは、走って駆け寄ってきた部下から弓を受け取る。


「俺と弓で勝負しろ。5本勝負で、何本中(あ)てたか勝負だ」


 その言葉に、アルザスの従者たちは息を飲む。


 キバは、軍師としては有能だが、武芸はからっきしだと知っていたからだ。

 小柄で、痩せていて、腕力があるわけではない。かといって瞬発力があるわけでもない。

 はっきり言って、ベッテルハイムに勝てる要素は一つもなかった。


「――よいでしょう」


 だが、キバはその勝負を受けた。


 アルザスのものたちはその答えに驚く。


 だが、同時にキバが勝算のない戦いに望むわけがないことも理解していた。

 それゆえ、きっと何かの策があるはずなのだと思い直した。


 ――キバ様のことだ。心配することは何もない。と、ワンテンポおいて部下たちはそう思った。


 だが、次の瞬間、ベッテルハイムが言った言葉に、戦慄することになる。


「お前が負ければ、全員生きては帰さないぞ」


 アルザスのものは全員絶句した。

 キバがもし勝負に負けたら、自分たちは全員殺される――!?

 

「引き分けなら、生きてかえそう。逆にお前が勝てば、私は喜んで臣下になる よいな?」


 その言葉に、キバはしかし力強くうなづく。

 その様子を周囲は固唾を飲んで見守った。 


「では、早速勝負だ!」


 ベッテルハイムはテーブルから離れ、部下に的と弓矢の準備をさせた。

 キバはゆっくり立ち上がる。


「軍師様は、腕力も魔力もないと言っていたではありませんか!」


 荷物持ちの一人が、キバにそう話しかけた。キバの弓の腕前に自分たちの命がかかっているとあって、必死な形相だった。

 だが、キバは涼しい顔で答える。


「勝手にあなたたちの命をかけて申し訳ないです。でも、必ず勝つから安心してください」


「だ、大丈夫なんですか?」


「もちろんです」


 と、そんなやり取りをしていると、

 ベッテルハイムの部下が、キバに弓を手渡す。


 キバは矢をかけずに、試しに引いてみる。


「もっと軽い弓はないか?」


「軽い弓、ですか?」


 兵士は、駆け足でテントへと戻り、別の弓を持って帰ってくる。


「ああ、悪い、これも重すぎる」


 とキバが言うと、後ろで別の兵士たちが笑い出した。


「それ以上軽い弓なんてねぇよ!」

「どんだけ非力なんだよ!」

「そんなんでベッテルハイム様に勝てるわけねぇだろ!」


 と、そんなヤジが飛ぶ。

 アルザスの面々も、その様子を見て、さらに心配になる。


「仕方ないな、これで頑張るか……」


 キバは頭をかきながら言う。


「お前は使い慣れない弓だ。何本か試しに引いていいぞ」 


 と、ベッテルハイムがキバに言う。その騎士道精神をありがたく受け取るキバ。


「じゃぁ、遠慮なく」


 キバは、矢を受け取って、的(まと)の前方に立つ。


 足を肩幅より少し広く開き、そして息を吐いて足元を見つめ、それから前を向いて弓を引いた。

 そして次の瞬間、的である木の板に向かって放物線を描いていく。


「命中だ!」


 見ていた兵士が叫ぶ。

 ベッテルハイムも、少し驚いていた

 明らかに非力な少年だが、まぐれか……。

 あるいはそれとも。 

 

「もういいです」


 キバはそう言って、的前から離れる。


「ではいざ勝負。私から行かせてもらう」


 そう言って、ベッテルハイムが的の前に立った。


 五本の矢を地面に突き刺して、そのうちの一本をとり、弓を引き絞る。

 ギリギリと、明らかに重そうな弓が、いとも簡単に曲がっていく。

 そしてバシッと放たれた矢は、直線で的に吸い込まれた。


 当然のように命中。


 そこから立て続けに、息する間も無く、4本の矢を立て続けに放つ。

 その全てが、的の中心に命中した。


「ベッテルハイム様、5本命中です!」


 ベッテルハイムの部下たちから、一気に歓声が沸き起こる。


「さぁ今度はお前の番だ」


 キバは促されて、無言で再び的の前に立った。受け取った五本の矢を、自分の前に突き刺す。


 ――だが、そこで、キバは誰もが予想していない行動に出た。


「――な、何を!?」


キバは、ポケットから一枚の布を取り出した。

ハチマキだ。

それを、さっと開いて、――自分の目を覆ったのだ。


 バカな。

 重たい弓が引けない素人が、目を隠して弓を引くだと!?

 その場にいた誰もが、キバの行動に驚愕した。


 だが、周りの困惑をよそに、キバは淡々と、的に向かいあう。

 地面に刺さった矢を手繰り寄せ、ツルにかける。そして、一息ついてから、弓を引いた。


 弓を絞りきってから数秒――静寂の後、矢が音を立てながら空気を切り裂いた。

 放物線を描き、吸い込まれていく矢の先は――的のど真ん中。


 誰もが息をのんだ。


 ――的中だ!!


 だが、驚いているうちに、キバは次の矢を引き、再びこれを命中させる。


 さらに、三本目、四本目と立て続けに引いて、これも命中させる。

 そして――最後の一本――淀みなく放たれた矢は、再び的の中央へ――そして、一本目の矢を、裂くようににして突き刺さった。


 ――まさしく神業だった。


 五本を全て引き終えて、キバは小さく息を吐いてから、目隠しをとった。


 その場にいた全ての人間が、キバに釘付けになっていた。


「弓はだけは得意だなんだ。腕力も瞬発力もいらないからね」


 はにかみながら説明するキバ。


 すると、その前にベッテルハイムが歩み寄ってくる。


「私が、弓で勝負を挑んだ理由がわかるか?」


 将軍はそう尋ねる。

 キバはコクリと頷いた。


「弓を引くのに必要なのは、冷静さだけです。集中して、同じ動作を繰り返せば良い。そうすれば矢は同じように飛んでいくから、動かない的であれば外すことはない」


 それが、軍師であるキバが弓を得意としている理由だった。


 腕力も、魔力もない彼だが――しかし戦場で冷静でいることだけは得意だった。

 死の危機に面してなお、冷静でいられる。

 それが彼の一番の強み。


 そして、それは軍師に何よりも必要な才能だった。


「ベッテルハイム殿が弓を得意とされていることは聞いていました。だから弓に必要なことは誰よりもご存知でしょう――心の強さを測るのに、これ以上の武器はありません」


 つまり、ベッテルハイムが弓の勝負を挑んだ理由は、キバの精神の強さを測るためだったのだ。


 そして、キバは見事に強さを証明してみせた。

 あの名将、ベッテルハイムをも上回る神業を見せたのだ。


「将軍。改めて尋ねます」


 と、キバは自分から口を開いた。

 

「卑しく盗みを働いて食いつないでいくか。それともシフ族の安住と平和のために戦うか。お好きな方をお選びください」


 将軍の答えは、すでに決まっていた。


「キバ殿。私たちは、あなたに付き従いましょう」

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