4-15


 翌朝。

 あたりには霧が立ち込めていた。


 しかし、ロイド男爵軍とアルザス軍は比較的近距離で向かい合っているので、敵が見えないというほどではない。


「よし、さっさと蹴りをつけよう」


 ロイド男爵は、朝一番で戦いの火蓋を落とした。

 作戦通り、各方面に兵士を送っていく。


「うぉぉぉぉ!!!」


 ロイド男爵軍の指揮は高まっていた。

 なにせ、アルザス軍はロイド男爵軍の襲撃に逃亡して大事な丘を簡単に放棄してしまったような腰抜けだ。負けるはずがないと思っていたのである。


 実際、ロイド男爵軍の勢いはとどまるところを知らなかった。

 特に、敵右翼に向かって進む軍は、破竹の勢いで進んでいた。


 霧がかかっていたので、その様子はロイド男爵からは見えなかったが、前線からの音を使った信号で、敵を圧倒しているという報告を受けており、男爵を満足させた。


 一方で、反対側の敵左翼は一進一退となっているようだ。

 だが、問題はない。負けさえしなければ良いのだ。次期、右翼から兵士が押し寄せる。


「作戦どおりだ。このままいけば敵右翼の崩壊は時間の問題……」


 と、文字どおり高みの見物に勤しむ男爵。


 しかし、しばらくしても、右翼軍を破ったという報告はこない。

 相手が思いの外しぶとく持ちこたえているようだ。

 

「……勝利は揺るがない。だが、手こずれば手こずるほど、こちらの兵士も削がれてしまう」


 ロイド男爵はそれをだんだん“もったいない”と思い始めた。


 今この高地には、五千人の兵士が残っている。指揮官であるロイド男爵を守る意味ももちろんあるが、予備兵の意味もある。ここぞという時のために取っておいているのだ。


 ――一気に勝負を決めにいくか。


 ロイド男爵は、四千の兵士を敵右翼に送りこむ決定をした。

 これで決着をつけてしまおうというわけだ。


「勝利は目前だ!」


 部下の兵士たちに発破をかけるロイド男爵。

 一気に兵士たちが丘の上から敵軍右翼に向かってなだれていく。


 ロイド男爵は勝利を確信した。


 ――だが、その時。

 強風が丘に吹き付けた。

 そしてあたりを覆っていた霧が流されて視界が開けていく。


 次の瞬間――


 ――背後から、突然轟音が聞こえてきた。

 慌てて、振り返る。


 すると、ロイド男爵の目に、信じられない光景が飛び込んできた。


 ――決戦をしているのとは反対側からアルザス兵が駆け上がってくるのだ。


 霧が晴れた坂に、太陽の光が照りつけて、アルザス軍の兵士たちの鬼気迫る様子を映し出す。

 その数は、ざっと数えても、二千はいる。


「バカな!!」


 男爵軍の兵士たちは迎撃体制を整える。だが油断しきっていた所に現れた敵軍に、完全に意表を突かれてしまった。

 そして、何より数の暴力によって圧倒される。


 前線に兵士を送り込んでしまったことで、高地の防備は手薄になっているのだ。


 ロイド男爵の部下たちは次々倒れていく。

 ロイド男爵はそれを見て、狂乱に陥った。


「前線の兵士を呼び戻せ!!」


 部下にそう激励を飛ばすが、もはやそんな時間はなかった。

 敵が目と鼻の先に近づいてきたからだ。


 そこでロイド男爵は、恐れをなし、高地を放棄して逃亡しようとした。


 だが、それをアルバートが許すはずもなく――


 喉元に剣を突きつけられた男爵。


「降伏しろ」


 その言葉に、男爵はうなだれるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る