第1章 僕と俺の日常⑦
♣
その日の放課後。無事今日一日のお務めを終えた俺は、
今日はこれから、これといった用事はない。
さて、何して過ごそうか。そうだな、久々に、漫画の発掘でもすっかな。といっても、おっと思った漫画の大概は健吾が先に知ってるか既に持ってること多いから、気になったやつはとりあえず保留にしてあいつに一旦聞いてみるのが安定なんだけど。
などと考えながら、ぼんやり窓の方を見ていると、
「
背後から聞き親しんだ明るい声がかかった。
振りかえるとそこにいたのは、軽快な笑みを浮かべる茶髪の少女、クラスの仲良しグループで唯一俺と同じ帰宅部仲間でもある
「ん、どうした凛々乃? 俺は見てわかる通り、暇だけど」
「そうですか。なら、よかったです」
手を合わせ、安堵の笑みを浮かべる凛々乃。やばっ、不味かったんじゃないかこの返答。
「よろしければ、ちょっと二人きりでお話出来ればなぁ、と」
それは緊張からなのか、語尾に若干の間があった。だよな。そういう展開だよな。それも二人きりって部分を押し出したしてきたってことは、恐らく凛々乃としてはデートっぽいのを望んでいて――
「ああ、いいぜ。ここでよければ、いくらでも付き合うよ」
そうここ、教室でなら全然オッケーだ。仲のいいグループ内の帰宅部同士で残った二人が、たまたま二人きりで話しているだけ、周りにそう受け取られるから。が、外となればその見方は百八十度違ってくる。きっとその辺の道路を一緒に歩いている姿を目撃されるだけで、デートだとか風潮して回る面倒な輩が出てくるはずだ。それは不味いし避けたい。特に万が一椿の耳に入りでもしたらどうなることやら――考えるのすら恐ろしい。
さっき決意表明したばかりだけど、流石に今日のところはまだ穏便にすませたい。
その一心で、予防線を張った俺。
けれど、凛々乃はそんな俺の心中などお構いなしに、何やら覚悟を決めたような目をしていて、
「あの……ですね。この話は教室では少々しづらいといいますか――とても大事な話なので、出来れば二人きりで落ち着いて話せる場所、例えばファミレスとかで出来れば嬉しいなと」
よほど他人には聞かれたくないらしく、凛々乃は耳元でこしょこしょっと話しかけた。彼女の吐息が耳にかかってちょっとくすぐったい。
にしても、とても大事な話ときたか。
これってたぶん――
告白だよなぁああああああああああ!
しかも場所をよりにもよって、ファミレスなんて一人じゃ脱けにくい場所を指定するとか。これもうあれだよな、その場で返事くれなきゃ帰さないって意思表示だよな。
マジかよ。よりにもよって、今日、なのかよ。
と、頭を抱えるも、俺の返事は既に決まっていて、
「わかった。ファミレスってなら、こっから三駅戻った、冬間駅近くのサイゼでいいか? そこなら凛々乃と俺の帰り道の範囲内だし。学校から微妙に離れてる分、中でうちの生徒にばったり出くわすってこともそんなないだろうしよ」
「はい、是非そこにしましょう」
万遍の笑みでの頷き。俺は内心であははと顔を引きつらせる。だって仕方ないだろ。友達が勇気を出して大事な話があると打ち明けてきたんだ、最初に暇だといった手前、ここで拒むのもおかしな話というか、避けられたって絶対思われるじゃん。
最早退路はなかった。きっとこれは、今までちゃんとしないとと思いつつも、何だかんだ理由づけして後回しにしてきた、優柔不断な俺に対する天罰なのだろう。
とにかく、この後の展開がわかりきっている以上、サイゼ到着までに何としても自分の答えを纏めなくてはいけない。
――けどマジでどうすりゃいいんだ!?
胃に重たい感覚を覚えながら、ひとまず俺は凛々乃と一緒に教室を後にして玄関を目指す。その間、お互いに会話はなく、どことなくそわそわとした空気が流れているのみ。
と、それは丁度三階の二年の教室のあるエリアから、二階をまたぎ、一階へと下りている最中の出来事だった。
「あれ、
丁度俺達とは逆に階段を登ってきた幼なじみと出くわしたのは。
「さ、
丁度曲がり角でばったり出くわしたからか、ぱちくりと大げさに目を見開いて驚く凛々乃。
その逆、俺といえば会ったのが健吾だったことにほっとしていた。
「どうした健吾? 今、同好会中だろ。教室に忘れ物でもしたのか?」
「ううん。ちょっと
そういや、健吾は同好会の存続を理由に、ちょくちょく生徒会の雑務をこなしているんだっけ。
生徒会長とはこの間健吾の頼みで、生徒会と美化委員合同による奉仕作業のボランティアに駆り出された時ちょっとだけ喋ったけど、イメージ通り出来る人って感じだったな。後、基本仲のいい人意外には物怖じするタイプの健吾がよどみなく喋っていた点から、単なる恩のある先輩ってだけの仲じゃない気がする。これちょっと、夜に詳しく聞こうかな。
「二人はこれからお帰り? それともどっか寄ってくとか?」
小首を傾げた健吾の言葉に、俺はすぐには対応できなかった。いや、どう返せばいいのかわからなかったってのが正解だろう。それは、誘い主である凛々乃も同じらしく、気まずそうに目を伏せている。
その妙にいたたまれない空気からようやく何かを察したらしい健吾が、「あっ」と失態を悟ったような声を漏らす。そんな間抜けな親友に内心で肩をすくめつつ、フォローしてやるかと当たり障りのない返事をした。
「ま、そんな感じだ」
「そ、そうです。確かにお誘いしたのは私からですけど、でもでも別にデ、デートだとかそんなんじゃありませんから。龍馬さんに気があるとか、そんなのでは一切ありませんので!」
おろおろとした態度で力んでそんな捕捉をしたのは、この場にいたもう一人の少女で、
「ですから。勘違いはしないでくださいね。……その、困ります!」
「は、はい。わかり、ました……」
有無を言わせない強い目力で念を押され、情けなくたじろぐ我が親友。ただ、俺も人のことが言えないくらい、驚きを隠せないと目が点になっていて――
おいおいおい、周囲に騒がれたくないって必死なのはわかるけど、それじゃ逆効果もいいとこだろ。あれだぞ今の発言、熱湯風呂を前にした芸人の「押すな、押すな」と同等な意味合いになっちゃてるからな。そりゃ凛々乃に天然な部分があるのは知ってるけどさぁ。あそこまで過剰だと、鈍感な健吾でも絶対に察しただろうよ。というか、気が動転してて恐らく本人気付いてないっぽいけど、さらりと告白まがいのこともされちゃってるし……。
頭痛を覚えそうになりながら健吾を見ると、もう案の定。じっと俺の顔を見つめて「夜詳しく聞くから」と俺にしかわからないだろうサインを送ってきている。
わかってるよ。どんな事情があろうとお前にだけは隠し事するつもりねぇから。
そう内心で肩をすくめつつアイコンタクトを送ると、俺は凛々乃とこの場を後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます