第1章 僕と俺の日常⑤
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僕の両親は仕事で海外に赴任しているため、現在一緒には暮らしていない。それは丁度高校生に進学した時のことだった。父さんが向こうの企業と提携した三年規模のプロジェクトメンバーに選ばれたらしく、母さんがそれに付いて行ったのだ。「大学に就職と、遅かれ早かれこの先一人暮らしをする可能性が高いのだから、まずは慣れ親しんだ我が家で経験を積んでみるがよし」これは一人国内に残ることが決まって、不安でいっぱいだった僕に母が送った言葉。ま、父さん大好き人間な母さんがついていきたいがための説得だって知ってるのだけど
だから僕は高校一年生の時から一人残されたこの冴羽家で一人暮らしをしていた。
別に寂しいと感じたことはない。
だって家に帰ればいつも独り――ということはなかったから。
「あーまた負けた!」
顔いっぱいに悔しさを滲ませた僕はゲームのコントローラーを持ったまま、その鬱憤をたたき込むように勢いよくソファーの背もたれにもたれかかった。正面の液晶画面に表示されているのは1P-WINの忌々しいメッセージ。
「これで七連勝だな健吾。どうする、まだ続けるか?」
隣の
「むー、続けるに決まってるじゃん。今日は絶対に一勝するまで諦めないって決めたんだから」
起き上がってコントローラを操作し、キャラクター選択画面に移行する。ちなみに今やってるのは、お祭りもの格ゲーで有名なスマバディ。龍君は昔からこのゲームがめちゃくちゃ得意で、知人の中で僕は龍君よりこのゲームが上手い人をしらない。まぁ、僕の交友関係が少ないってのはあるかもしれないけど。
「おいおいそれだと俺と
「ええ、徹夜で勝てないこと確定!?」
ひどいと顔で訴える僕を見て、龍君がからからと笑う。
僕と龍君こと
そして食後はこうして、適度にゲームをしたりテレビや映画を見て過ごすのが、僕達のいつもだった。漫画やスマホをいじったりと、各々が別々に好きなことをしている時だってあったりする。遠慮や配慮の類いは一切いらない、特に気を張る必要のない二人だ。ただ適当な時間に集まってご飯を食べ、適当な時間に龍君は帰っていく。それが僕達のいつも。
「そういえばさー」
僕が選択画面にずらっと並ぶキャラクター達にカーソルを当てながらどれにしようか悩んでいると、暇を持て余した龍君が話しかけてきた。さっきから龍君はセルフハンデとして、同じキャラをずっと使用している。もちろん、そのキャラは彼の持ちキャラではない。もし持ちキャラだったとしたら……うん、今週はもう僕が学校に行くことはないだろうなぁ。
「今朝の
「わかってるって。今日はちょっと調子に乗りすぎたなって、自分でも反省してる」
「ま、あいつに面と向かってビッチといった勇気は評価してやるよ。ありゃ俺には絶対真似できねぇ」
「うう……僕からしたら笑えないやらかしなんだからね。高宮さんにも変に迷惑かけちゃったし……」
痛快とばかりに腹を抑えて笑う龍君に僕は涙目で抗議する。けれど龍君相手に、このままやられっぱなしで終わる僕じゃない。
「でも、僕のおかげで二人が新品って情報が手に入ったんだから、そこは感謝して欲しいかな。なんて」
仲のいい男同士だからこそ出来るゲスい会話。当然、龍君も冗談だってわかってくれているから、呆れはしつつも咎めたりはしてこない。
「新品って、お前なぁ。つーか、あいつらとは高校で知り合ってからずっと一緒にいるんだぞ。その間ずっとカレシがいないのを知ってるし。中学でも誰かと付き合ってはいなかったぽいのもうっすらと聞いてるから、まぁ、察しはできるよな」
「今二人にカレシがいないのは誰かさんの所為だと思うけど」
色恋情報に疎い、カースト底辺に所属している僕まで聞き届いている噂だ。当然、恋愛をエネルギーにいて生きているようなカースト上位者である龍君が知らないはずはなく、痛いところを疲れたと苦い顔になる。
「う、何だよ。今日は随分と踏み込んでくるじゃねーか」
「別にー。操を捧げている美少女が二人もいて羨ましいなぁとか、そんなこと一ミリも思ってないから」
「
さっすが親友、わかってますね。
「……で、実際のところどうなの?」
一拍間をおいて、僕はゆっくりと尋ねた。
もし親友がこの件で想像以上に頭を抱えるているとしたら、相談役まではいけずとも、愚痴のはけ口にくらいにはなってあげたいと思ったから。
それと、どうやら僕も似たような立場にいるみたいで、龍君ならどうするのか、切り出せそうなら打ち明けたいともちょっぴり考えてたり。
すると龍君は、参ったとばかりに肩をすくめて苦笑して、
「……そうだな。凛々乃が俺のことを好きらしい、ってのは知ってるよ。恐らく椿の方も……な」
「おお、流石龍君。どこぞのラブコメ主人公にも聞かせて上げたいお言葉だね」
「お前にだから話すけどさ、正直今のとこ、俺自身があの二人に友達以上の感情を持っているかって言われても、わかんない、ってのが本音、なんだよな」
「そう、なんだ」
「俺としては結構今の関係っていうか、あのグループを気に入ってるわけ。だから誰一人欠けて欲しくないつーか……ほら、もし仮にどちらかと付き合うことになったとしたら、絶対に今まで通りとはいかなくなるだろ……」
しんみりとした表情でそう告げる龍君。
「っても、いつまでもこのままじゃいけないってのは流石にわかってるよ。じゃないと、俺を慕ってくれてる二人に悪いからな。そう遠くないうちに、俺なりの答えを告げようってそう思ってる」
真剣な顔の龍君を前に僕はとてもじゃないが、自分のことを相談出来る気にはなれなかった。何だか、他人の言葉で解決策を出そうとするのが、甘えなような気がしてならなくて。
変わりに、この場を明るくしようと僕なりのジョークを口にする。
「僕の意見が反映されるなら、高宮さんを選んで欲しいかな。だって、もし蓮条さんが龍君の奥さんになっちゃったら、将来僕は君の家族と楽しくBBQ出来る自信がないもん」
小中と
「は、一応心の片隅には覚えといてやるよ。つーかはよ選べよな。ほんとに、帰れなくなるじゃねぇか」
僕の言葉を軽く受け流した龍君が催促する。
「わかってるって」
僕は再び意識をゲームへと集中させた。うん、色々と思うところはあるけど、今は龍君に一泡吹かせることが何よりも重要だしね!
その夜、龍君は十二時を回るちょっと手前で、眠たそうにあくびをしながら冴羽家を後にしたのだった。
床に両手をついて絶望する僕を一人残して。
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