第1章 僕と俺の日常⑥

                ♣

 自分で言うのも何だが、俺はもっている人間だと思う。

 父親譲りの百八十を超える高身長に、恵まれた体躯。ルックスだって、これも自分で言うのもなんだが、イケてる方だと自負がある。

 もちろん外面だけではなく、内面のスペックについてもそうだ。

 例えばスポーツなら、どんな競技だって殆ど人並み以上にこなせるし、勉強だって授業で教わった内容をちらっと復習するだけで、毎回クラスの十位以内には入っている。おまけにゲームだって格ゲーならそんじょそこらのオタクよりかはきっと上手い。

 並大抵のことならちょっとやれば出来てしまう。そこにコツや工夫の助言を求められても、別に特段努力や苦労がないわけだから、応えられるはずがない。

 こんな敵しか生まなさそうな話、絶対に口外出来やしないが、それが俺――播磨龍馬はりま・りょうまという人間のスペックであり、スタンスだった。

 学校生活における友人関係だってそうだ。俺のいるグループが自然と、そのクラスの空気の中心になってることが多く、俺達が笑えば自然と室内のムードもつられて高くなっているし、逆に俺達の機嫌が悪い時、もしくはグループ内同士の誰かが喧嘩でもしてようものなら、ピリッと張り詰めた空気が充満したりする。昨日の椿の一件がまさにそれだ。

 見る人からすれば異性とも毎日親しく喋れる、さぞ羨ましいポジションなのはわかってる。高校デビューなんて言葉があるくらいに、俺のような境遇に憧れ日夜自己研鑽している人がいることも。

 ただ、生まれてからずっとその立場にいた俺からすれば、あまりオススメできるものではないと思う。先に言っとくけど、これは断じて嘆きではないから。

 クラスの中心人物、この肩書きのせいで多くのクラスメイトから機能的役割を求められるからだ。例えば、体育祭の選手選びだったり、文化祭の屋台決め、それから合唱コンクールの曲選びとか。いわゆるクラス単位での行事において、決まって有力的な発言をするのが俺達であり、裏を返せば俺達が一切発言しなければ何も進展しないまま停滞することが多い。中心から下りてくる俺達の非協力的、乗り気でない空気がクラス内に伝播し、それが同調という形でこのクラスの意志そのものになってしまうのだ。

 だから俺達のグループは、体調や気分の善し悪しにかかわらず、常に行事毎への積極的参加が望まれる。

 これだけでも厄介で、たまに億劫になることがあるのに、もっと面倒なことがあった。

 それは俺が、このクラスにおけるリーダー的存在でいることに他ならない。

 別に自ら進んで立候補したわけでもないし、誰かからの推薦があったわでもない。自然と周りの空気がそんな雰囲気を醸し出していて、俺はその空気を勝手に読んでいるにすぎない。ただ、その解釈が自惚れでないのも確か。昨日の健吾と椿の衝突の際、複数のクラスメイトからこの嫌な空気を何とか出来るのはお前しかいない、早くこの息苦しさを何とかしてくれという視線がちらほら飛んできていたからな。まぁ、あの時はそれが理由で動いたわけでもないが。

 もしカースト上位に憧れるやつがいるなら、流行の歌やドラマを必死に追うよりも、こういった空気読みの能力、自分が今どんな役割を求められどんな行動を期待されているのか、この辺の理解力を掴む方が百倍大事だとアドバイスしたい。

 特にこのリーダーポジションがどれだけ厄介で割に合わないかは、是非知ってほしいところ。

 さっきの行事毎のくだりを引き合いに出せば、積極的に取り仕切るにも、俺達のグループは男女それぞれ三人ずつの計六人もいるのだ。当然、意見の食い違いが起きることもあるわけで、まれに意見が平行線のまま一触即発――なんて事態になりそうなことだってある。そんな時、遺恨を残したまま強引に進めることだけは悪手。例え相手が一人だったとしても、やってはいけない。一つの綻びが、やがて大きな穴となることは十分にありえるのだから。

 そうならないように適度に皆の意見をくみ取り、納得がいくようにさりげなく調停しなければいけないのが、リーダーとして俺に求められる役割だった。特に、女子側で同じリーダーポジションなはず椿が、負けず嫌いな性格を拗らしたあげく職務放棄しだして折れなくなったりするものだから、苦労がもう人一倍。普段はあれで意外と人一倍友達思いで情にアツい、いいやつなんだけどなぁ。

 とまぁ、クラスの中心である以上、王や貴族に民を豊かに導く義務があるみたく、必然的にカーストトップ者達にもクラスの雰囲気を悪くしてはいけない、安寧を守る務めがあるというわけだ。日頃好き勝手楽しくやらせてもらっているからこそ、この義務だけはしっかり果たさなければと俺は思っている。

 だけど現在、そのしがらみが俺の抱えるとある問題を雁字搦めにする枷となっていて――

「あ、播磨君だ。やっぱいつ見てもイケメンだよねぇ。加えて性格もいいし、ああいいう人がウチのカレシになってくれたりしないかなぁ」

「いやー、わかるけど、流石に播磨君狙いはハードルが高すぎでしょ。ライバルが多すぎるってか、高宮たかみやさんと蓮条れんじょうさんが狙ってるってもっぱらの噂じゃん。あの二人が相手じゃ、あんたなんて、相手にされるわけないって」

「もー言われなくても存じあげてますよ。いいじゃん、ちょこーっと夢見るくらいは。けど、実際問題、どっちと付き合うんだろうね播磨君」

「う~ん。私は蓮条さんな気がするなぁ。こう、狙った獲物は逃がさないってタイプで、先手必勝でガンガンアプローチかけていきそうじゃん。経験豊富そうだし、やっぱ彼女の方が分がありそう」

「わかる~。けど、高宮さんって女の私から見てもかわいい、THE女の子って感じじゃん。男子ウケ強そうっていうか、ああいう守ってあげたい系なタイプに弱そうだもんな~」

「あの……さっきから本人に丸気声なんだけど……」

 昼休み。トイレの前でたむろっていた女の子達の会話に、ひっそりと男子トイレの中で聞き耳を立てていた俺は、思わず苦悶のつっこみを漏らす。この男子トイレに俺以外の使用者がいなかったのが不幸中の幸い。だって今の俺ってば、トイレもせずにずっと入り口付近の壁に背中を預けて女の子の会話を盗み聞きしてるときたもんだから、もう完全にヤバイやつ。

 尿意を催したので椿達のいる教室から一人離れ、向かったトイレの前でちらっと同級生の女子らと目があったと思ったらこれだ。というか、女子って何でこうトイレの前でたむろしたがるんだよ。マイナスイオンでもでてんのか?

「はぁ……これって早いとこ答えを出せって言う空からの天啓みたいなもんなんですかねぇ」

 用を足しながら独りごちる。昨夜の健吾けんごとの会話に引き続き今日のこれだ。やっぱ否が応でも考えさせられてしまう。

 椿つばき凛々乃りりのが俺を好きって噂は、一年の終わりからよく耳にするようになった話だった。

 実際直接本人達からそう告げられたわけではないが、当事者本人である俺が知るレベルによく広まっているのだ。当然、他の二人も周知していることだろう。酷い時だと、俺達とすれ違った瞬間にこの会話をしだす馬鹿とかいるくらいだしな。

 それでいて二人とも何の反応を示さないってことは……まぁ、そういうことなんだろうと俺は思っている。

 ようするに、無言の肯定ってことで。

 だって、椿は性格的に事実無根なデマが流れてると知ったら、何が何でも情報の発生源を追及して絶やしにいこうとするだろうし。それに、俺がいつものグループ以外の女子と仲よさげに会話してたりすると、面白くなさそうな顔をする時があるんだよな……。

 凛々乃は凛々乃で、さっきの女子も羨んでたとおり、めっちゃモテて頻繁に告白とかデートに誘われてるんだけど、今まで全部断ってるらしいんだよな。それもここ最近になっては「好きな人がいますので」ときっぱり断言するようになったとか。ようするに、本格的に狙いにきてるってことだよな。

 ほんと、俺はどうするべきなのか。

 昨日健吾には「二人のことを友達以上の感情で見ていない」などと、気取ったことを言ったが、なんつたって俺も年頃の男子だ。恋愛に興味がないと言ったら嘘になる。しかも、そのお相手が、学年トップレベルの美少女達だぞ

 けど、その憧憬以上に、二人の内からどちらかを選ぶのは相当な覚悟がいると、理性が訴えかけているのだ。

 まず、絶対にこれまで通りとはいかない。

 きっと、俺が選ばなかった方とは気まずくなり、もしかしたら相手の方から距離を置き始め、最悪今のグループが崩壊する可能性だってある。

 そのいざこざのせいで、クラス全体の空気までもが険悪になってしまうこと。これだけは絶対に避けたいことだった。傲慢かもしれないが、俺達の人間関係問題で、他のクラスメイトにまで迷惑をかけるわけにはいかない。

 もしかすると、凛々乃や椿もそれとなくわかっているから、直接的なアプローチをしてこないでいるのかもしれない。

 けど、二人に好意を向けられた者として、結果はどうあれちゃんとした答えを示すべきだと俺は思っている。

 このなぁなぁ空気に甘えて、二人の気持ちを知りつつも関係を停滞させておくこと、ともすればキープしているような行為だけは、やってはいけないとわかりきっているから。

 ただ、何かこう一歩踏み出すためのきっかけが欲しいのも確かで――

「遅くとも、夏休み前には――だよな」

 逃げ腰になりがちな自分へと言葉を浴びせて言い聞かせる。

 今は本格的に熱さを感じるようになった五月の終わりで、まだ夏休みまでにはだいぶ余裕がある。けれど約二ヶ月という月日は、気付けば一瞬で過ぎていそうだから恐ろしい。

「ちゃんと覚悟決めなきゃだよな。男として、あいつらよりも先に」

 手を洗いながら、鏡の中の自分に向かってそう呟いた俺は、気合いをいれるように水気を帯びた両手で顔をパンと叩いたのだった。


 まさかその覚悟の時が、その日の内に訪れるとは露も知らずに。

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