第1章 僕と俺の日常⑪

「あの……早速なんですけど、龍馬りょうまさんから見て、冴羽さえばさんって、わたしのことどう思っていると思いますか? 二人きりでよく遊んでられるんですよね。その時に、その……何かわたしについての話題がでたりとかするのでしょうか。特に昨日、とか」

 好きな人が自分のことをどう思ってるか。それは、好きな相手がいれば当たり前のように気になる事柄だろう。にしても、健吾けんご凛々乃りりのをどう思っていのるかか。俺が凛々乃達と遊んだ話題をすることあっても、健吾から凛々乃の話をすることは記憶のある限りではないんだよなぁ。そもそも俺と健吾ってそういった浮ついた話殆どしないし。まぁ、昨日は偶然にも珍しくしていたわけだけども。うーん、あれは一応伝えといた方がいいよな。現状を知るって意味でも。

「昨日ねぇ……そういや、俺とお似合いとか言ってたかも」

 からからと冗談げに笑う俺。それを聞いた凛々乃はというと、まるで雷に打たれたかのように茫然自失になっていて、

「そんな……」

 あの、そんな「わたしの年収低すぎ……」みたいな驚きよう、引き合いに出した身としてはだいぶヘコむんだけど。

「こ、困ります。訂正しておいてください。『イケメンな俺様の隣にあんなブスは釣り合わないから、欲しけりゃお前に譲ってやるよ』とでも」

 至って真面目な顔で抗議してくる凛々乃。

「あの、凛々乃さん。それだと俺、超クズになってますよね。失う物が大きすぎるっていうか、逆に俺が困るんだけど」

「す、すみません。わたしったらあまりにもショックすぎてつい……」

 俺とお似合いがショックって……。それ謝っているようで、謝ってないからな凛々乃。彼女が天然で、一切の悪気はないのはわかっているけども、切ない。

「つーか、何で昨日なんだ? 昨日、健吾と何かあったのか?」

「ええっとその……実は昨日、わたしなりのアプローチをしてみましたので、その成果が出てないかなぁと」

 また俺の知らない話か。何だろうね、このどこはかとない疎外感。

「へぇ、どんな?」

 何気なしにそう尋ねながら、ドリンクを飲む。すると、何故だか凛々乃の顔はみるみるうちに赤くなっていって、

「その……『処女です』と……」

「ぶふっ!?」

 ……俺の知ってる話だったわ。

「ちょ、待ってくれ。あれって健吾への、アプローチだったの?」

 椿つばきの怒りを静めるための、身体を張った献身的なフォローとかそんなんじゃなかったの?

「そうです。椿さんとの会話からするに、どうやら冴羽さんは処女かどうかについてこだわりがある様子。ならわたしがそうである以上、ここはアピールして気を引くチャンスだと。それに、椿さんとばかりお喋りしてて何だかズルかったですし」

 凛々乃が拗ねるようにぷくっと頬を膨らませる。おいおい、凛々乃の介入は友や周囲を思っての自己犠牲的な行動ではなく、完全にやきもちからきた、自分本位的な行動だったと。

「で、どうなんです、そこのところ冴羽さん何か言ってませんでした? 『そっか、高宮さんって、処女だったんだ。僕、狙っちゃおうかな』とか」

「もし健吾がそんな軟派なやつだったら、俺今すぐ親友やめるし、何としてもお前のことを説得して諦めさせるからな。つかお前も、好きな男がそんな理由で食いついてきて嬉しいのかよ」

 頭を抑えて嘆息する。これはなんだ、恋は盲目ってやつなのか?

「ひとまず話を戻させてもらうけど。健吾が『俺とお似合い』と言ったのは本当で、それが指し示すのは、現状凛々乃を恋愛の対象として全く見てないってことだ。残念だけど、これをふまえて方針を立てないことには、どうアプローチしたって届かないと思う。義理堅い健吾のことだ、恐らく俺と親しい女の子って点で一線のフィルターを張ってるだろうから」

 何も俺は悔しかったとか、茶化すためにあんな空気の読めない発言をしたわけではない。

「そう、ですか……。あの、どうしたらいいと思いますか。どうにも冴羽さんの周りにはとても仲のよい強力なライバルが二人いるようで、あまりうかうかしていられないといいますか……」

「ああ、進藤しんどう。それから真山まやま生徒会長か」

 俺が思い浮かんだ候補を口にすると、凛々乃は「はい」と覇気のない声と共に首を縦に振った。進藤は同じクラスにいれば誰もが仲のよさを痛感することだろう。俺も、学校であの内気な健吾がよどみなく会話出来る女子を進藤以外知らない。生徒会長の真山先輩に関しても、用事を手伝ってもらうとはいえ、わざわざ二年のクラスまで健吾を呼びに来る仲だ。かなり怪しい。それに、

遠野とおのの話だと、今日の生徒会は休みなんだって。そんな日に健吾を生徒会室に呼び出すなんて、いったいなんの用だったんだろうな」

 俺の言葉に、凛々乃がずーんと肩を落として表情を暗くする。

 遠野とは、去年俺達と同じクラスで面識があった、現生徒会書記である女性徒のことだ。そんな彼女と、俺達は偶然にもサイゼを目指す道のりでばったり会ってしまい、幸か不幸かわからないが、今日は生徒会がお休みという情報を入手していた。

「ま、そんな暗い顔しなさんなって。こっちには健吾の親友である俺がついてるんだ。まだ全然巻き返しのチャンスはあるさ」

 心配ないとにっと笑って見せる。というか何も知らなかった俺は、遠野と別れてすぐ凛々乃に向けて「お、これはついに健吾にも春到来か」などと空気の読めないおちゃらけた発言しちゃっていたのだ。彼女の憂鬱の半分は俺の責任みたいなものだったり……罪悪感で胃が重い。

 進藤と真山先輩には悪いが、俺は友達の恋を応援することに決めた。

 周りから誰にでも優しい人と評されるよう、普段の凛々乃は自分より他人の意見を優先したり、フォローに回ることが多い。

 そんな凛々乃が珍しく、自分の主張を前面に押し出してきたのだ。勇気を持って本音を打ち明けられた身としては、力を貸してやりたいって気持ちがわいてくる。

 それに、凛々乃ならきっと健吾を幸せにしてくれるだろうし。

「うーん、そうだな、まずはあいつと仲良くなって、『友達の友達』じゃなくなるところからだな」

「わかりました。わたし明日頑張って冴羽さんに話しかけてみます。その、まだあの時のお礼も言えてないですし」

「待て、学校でいきなり話かけるのは逆効果だ。凛々乃はさ、よくもわるくもクラスの中心人物なんだ。そんな人が、突然あまり接点のなかった健吾に話しかけるようになったら、クラスの連中は絶対にざわつくし、根も葉もない変な噂だって飛び交うだろうよ」

 あと、あの健吾をよく思ってない椿がどんな反応をするかわかったもんじゃない。

「けど、いずれ冴羽さんにはこの気持ちを告げるのですから、それくらいは慣れないと――」

「お前はよくても、健吾がもたねぇ。目立つのが苦手なあいつのことだ。変に注目を浴びたせいで精神がいっぱいいっぱいになって、凛々乃との会話なんて殆ど二の次になるだろうな。そんな中であいつと親しくなろうってのは、ほぼ不可能だろうよ。下手したら凛々乃を見るだけで避けるようになりそう」

 夜にこっそり俺に何とかして欲しいと泣きついてくる、そんな光景が目に浮かぶな。

「そんな……では、どうすれば……」

「なに、単純な話だ。他人の視線がない場所、つまりは学校外で会えばいいだけだ」

「そ、それって――デ、デートってことですよね! それはわたしにとっても無理です。いきなり二人きりだと、緊張してうまく話せる自信がありません」

「それはわかってるさ」

 というか、凛々乃の前にまず健吾が無理だしな。

「まずは俺と健吾が遊ぶ予定に、俺が友人の凛々乃を誘うって体で、健吾と話せる場を作ってやる。ちょうど今週末は、あいつの家で適当な映画でも見ようって話になってたから、そこに凛々乃も呼ぶと健吾に言っといてやるよ」

「――! ほ、本当ですか」

「おう。ま、これで実際仲良くなれるかどうかまでは、凛々乃の頑張り次第だけどな」

「はい。ありがとうございます龍馬さん。わたし、頑張ります!」

 凛々乃はぐっと両拳をにぎり、やる気の強さを体現してみせる。

「言っとくけど、この借りはでかいからな凛々乃。当然利子増し増しのお返し、期待しててもいいんだよな」

「もちろんです。わたしの方だって、もらってばかりとは考えてません。ちゃんと、お礼も考えてありますから」

「へ、お礼?」

 利子増し増しうんぬんは反射的に返しただけの、単なる冗談だったんだけど。

「はい。わたしはわたしで、龍馬さんのお役に立とうと思ってます。実は、わたしの友達に龍馬さんを密かに想っているがいて、わたしは常々その人と龍馬さんはとってもお似合いだと思っていたんです」

「へ……それって、誰なんだよ?」

「うーん、今は内緒です」

 俺が食い気味に迫ると、凛々乃は口許に人差し指をあて、悪戯っぽく微笑んだ。

「その人は絶対に龍馬さんのことが好きなんですけど、中々本人を前にすると素直になれない性格というか、俗に言うツンデレさんなんですよね」

 それって、もしかしなくても椿のこと、じゃないか……。

「だからわたしはわたしで、お二人の恋のキューピットになっちゃいます。覚悟しといてくださいね、龍馬さん」

 茶目っ気に笑った凛々乃が、ばーんと片手でピストルを撃つような真似をする。

「お、おう、わかった」

 何やら無性に照れくさくなった俺は、首の裏を掻きながら明後日の方向に呟いた。

 覚悟、ねぇ。

 あれ、待てよ……よくよく考えると、逆に覚悟をする必要がなくなったんじゃないのか。

 俺は凛々乃と椿が、同時に俺を想っていると、そんなとんでもない思い違いをずっとしていた。でも凛々乃がそうじゃないと判明した今、俺はグループ関係とかクラスの空気とかそんなの全く関係なしに気兼ねなく自分の恋愛に、椿の気持ちに応えられるようになったわけで――

 んんん!? おい、どう考えてもいい方向に進んでいるよな!

 ようするにさ、凛々乃の恋が上手くいけば、親友も幸せになれるし、それに俺も念願だったカノジョが出来るってことだろ。今までの悩みが全て解消される形でだ。

 にしても椿が俺のカノジョか……正直、あんま想像できないんだよなぁ。どうしても友人の粋を超えたイメージがわかないつーか。

 でも昨日まではなかった、俺の周りが誰も悲しまない世界線があるってんだ。ならもう、目指すっきゃないだろ。進藤や真山先輩には悪いけど、恋は戦争って言うし、早い者勝ちってことで。

 あ、でも健吾的には、俺が椿と付き合うのは困るんだっけ。楽しくBBQが出来ないとかどうとかで。

 ま、その時はきっと、椿の友達兼お前の未来のカノジョがきっと上手く調停してくれるさ。

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