第5章 蓮条椿の襲来①

 今一体僕の家で何が起ころうとしてるのか、僕にはさっぱりだった。

「あの……」

 困惑と恐怖に駆られるまま、なけなしの声を絞って龍君の方を見つめる。一体どういうことなのか説明して欲しいと思いをのせて。

 どうやら僕の意図は通じたらしく、龍君は頭をかきながら少しオーバーなリアクションで言葉を放った。

「いや~椿がこの前のユートピアランドの件で、健吾にお礼がしたいって言うからさ、連れてきた。健吾だって、来ていいって了承してくれたじゃん」

 いやいや聞いてないよ。何さ、その本人確認済みみたいな空気。僕蓮条さんが来るなんて一言も聞いてないからね。

 そんな叫びを胸に龍君へ恨みがましい視線を送るも、

「とりあえず、このまま立ちっぱもあれだしさ、部屋、入るな」

「あ、うん」

 爽やかな笑みで軽々と躱されてしまう。

「お、お邪魔します」

 蓮条さんが龍君の後に続く。

 いつもみたく何の気兼ねもなく、その辺で適当に座った龍君とは違い、蓮条さんは部屋内をきょろきょろと見回すと、やがて少し躊躇い気味に腰を下ろした。何だろう今の意味深の間。しばらく掃除してなかったけど、やっぱ汚かったのかな? けど、男の一人暮らしにしては片付いてる方だと――ああ、片付いてると埃っぽいは別ものか。今度からちゃんとしよう……。

 そう胸中で嘆いていると、何故か龍君がおもむろに立ち上がって、

「んじゃ、俺はそろそろお暇するは」

「「えっ!?」」

 僕と蓮条さんの驚く声がハモった。

「だって、用があるのは椿で、俺の方は何もないわけだし」

 いや、龍君は何もなくてもよく家にいるじゃん。というか、いてよ。いてください。

「つーか、俺この後用事あったりするし」

 絶対嘘でしょ。ほら今、僅かに僕から視線ずらしたよね。親友の僕の目は誤魔化せないから。

「んじゃ、また」

「あ、待って龍君――」

 引き止めようと立ち上がって声を上げるも、龍君は振り返ることなく颯爽と帰っていった。

 となると必然的に僕の部屋では、蓮条さんと二人きりという、最早恐怖でしかない構図が出来上がっちゃうわけで――

 ひとまず僕は、元いたベッドの上ではなく、蓮条さんと少し距離を空けて床に座った。だって、このままずっと蓮条さんを見下ろしたままってのは、何だかいたたまれない気がして。

 蓮条さんはどこはかとなくそわそわとしていて、前髪をクルクルと弄っている。僕はそんな蓮条さんを三秒以上直視できず、キョロキョロと視線をさまよわせていた。何だろう、説教が始まる寸前の緊縛感があるというか、ここが僕の部屋だというのを疑うほどに居心地が……。

「あ、あのさ」

「は、はい、なんでしょうか!」

 突然蓮条さんが上げた声に、思わず僕は背筋をピンとさせて返す。

「これ、遅くなってごめん!」

 緊張から少し上擦った声。顔を赤く紅潮させ、まるでラブレターでも渡すかのようなシチュエーションで彼女の両手から差し出されたのは、丁寧におりたたまれたハンカチだった。

「ど、どうも……」

 勢いに流されるまま受け取った後で、僕はそれが念願のクレハのハンカチであることにようやく気付く。

「あのさ、龍馬がさっき言っていたように、今日は冴羽にお礼を言いたくてあいつに頼んでセッティングしてもらったつーか。てか、本人に何のアポもとってないってのは聞いてないですけど」

 ぶすっと不満げにぼそりと呟いた蓮条さん。

「実はさ、あんたに学校で返して欲しいって頼まれた時あったじゃん。ほんとは、あん時もちゃんと持ってたんだけどさ……その、あんな場所じゃなく、こう二人きりになれるところで面と向かってお礼がしたいって気持ちがあたしの中にあって。んで、つい嘘ついちゃったつーか、ごめん」

「い、いえ」

「けどさ。凛々乃を救ってくれたことも含めて、それだけあんたにはめっちゃ感謝してるつーか、教室で一言二言喋っておしまいってのはあたしの中で何か違うって思ったわけ。とりあえずその――」

 僕に目を合わせた蓮条さんが、照れくささを孕んだような、そんなぎこちない笑みを浮かべる。

「先週は助けてくれてさんきゅ。もう、ほんとにめっちゃ感謝してる」

 か細い声でそう言い終えると、蓮条さんはぺこりと丁寧に頭を下げた。

「ど、どういたしまして」

 僕は呆気にとられたまま、そう返す。

 だって今目の前にいる蓮条さんが、僕の知っているあのクラスのボス的存在で、どっしり構えた彼女とは大違いだったから。

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