第5章 蓮条椿の襲来②
「はぁ、緊張したぁ」
姿勢を正した蓮条さんが照れくさそうに床に向けてそうぼそり呟く。普段教室では見ることのない、あどけない一面に不意に胸の鼓動がどきりと波を打った。だって、こんなこと口にしたら絶対キモイって思われそうだけど、かわいいってそう思ってしまったから。
そんな僕の色んな感情の入り交じった視線に気付いたらしい蓮条さんは、取り繕うような笑みを浮かべて早口気味に言葉を並べた。
「あ、あはは。ほらあたしってば、キャラ的に誰かに頭下げる柄じゃないじゃん。実際その通りで、面と向かってのお礼なんて殆どしたことないからさ~」
「そうなんですね。は、ははは」
蓮条さんにならって笑って見せるも、ぎこちなさすぎて。
二人の笑い声が止むと、そこに訪れたのはまた何とも居心地の悪い静寂だった。
何だか蓮条さんが話題を振ってほしそうに、ちらちらと僕に視線を送ってくる。まるでお見合い――なんて考えてるのがもし蓮条さんにバレたりしたら、リアルに殺されそうだから止めておこう。
といっても、僕から振って、蓮条さんが食いつきそうな話題なんて――あ、一つあったぞ。
「そういえば、おめでとうございます」
「へ? あたしなんか、冴羽に祝われることあったっけ?」
「ほら、こうして僕の家に上がったってことは、好きな人の家にお邪魔したことがあるってことでしょ。それも、わりと最近の話で」
「んん? あ、あのさ、それいったい何の話なのかあたし的にはさっぱり――」
「だって蓮条さん、この前コンビニで偶然会った時言ってたじゃないですか。初めて上がる男子の家が僕の家とか、絶対に嫌だって。なのに、いくらお礼を言いにとはいえ、あんだけ拒否反応を出していた僕の家に来てくれたってことは、つまりそういことなんですよね」
あれ、自分で言ってて悲しくなってきたぞ。
「うっ、そういえばあん時のあたし、つい勢いでそんなこと言ってたよーな……。あ、あれはさ、なんつーかその、あん時のあたしは冴羽のことを十分に理解しきれてなかったつーか、そもそも理解しようとる気すら――」
しゅっと顔を赤くさせ何やらあたふたし始めた蓮条さん。
不味い、これって変に気を使わせちゃってるよね。僕は祝福したかっただけなんだけど、よし、その気持ちをもっと言葉に乗せてカバーしよう。
「待って、そういえばあたし、結局これが初めて上がった男子の家ってことに――」
「蓮条さん」
「は、はい」
「蓮条さんの恋、僕は応援してますから」
真剣な眼差しに僕の本心を乗せる。もしこの相手が龍君だったら、僕はまたとんでもない失言をしたことになるわけだけど、流石にこの前の今日でそれはないよね。
「ばっ、ふざけんなし!」
「えっ」
「まだ好きとかそんなんじゃねーし。ったく、勘違いしないでほしいんだけど」
今日一顔を真っ赤にした蓮条さんが、まなじりを釣り上げて怒りを露わにする。
「ご、ごめんなさい」
その威圧感に気圧されて反射的に謝ってしまう僕。あのその、勘違いも何も、僕はその気になっている異性との現場を直接見たわけでないし、そもそもその相手なのが誰なのかすら知らないんですが……。
それでも紅潮した蓮条さんのまるでツンデレのテンプレ的な動揺ぶりからして、どうやら気になっている人がいるのは確からしい。正直、ちょっと気になる。この人の心をここまでかき乱す存在は。偏見かもだけど、相手は年上っぽそう。
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