第5章 蓮条椿の襲来③

「ふん。……つーか、冴羽さえばってなんであんなめちゃくちゃ強いわけ? 正直ちょー意外だったつーか、なに、昔格闘技でもやってたってくち?」

「あ、はいそんなところです。中学の頃まで空手やってて。ほら、僕って自分でいうのも何ですけど、こんな性格といいますか、だいぶ内気で消極的じゃないですか。そんな僕を見ていた両親が、将来いじめにあわないか心配になっちゃったらしく、自分に自信を付けさせてやろうと、小学校の時に知り合いの道場にいれられちゃってたわけです」

「ふーん。なるほど空手ねぇ。通りでお化け屋敷であんたの身体に触れた時、見た目に比べて妙にがっちりしてたってわけ」

 蓮条れんじょうさんが何やら納得したように頷く。そうなのかなぁ。あんまり人と比べる機会ってないから、自分ががっちりしてる方なのかなんてよくわからないや。空手やってた中学時代の体脂肪率が一桁だったのは覚えてるけど。

「で、ぶっちゃけ単に少し嗜んでましたってレベルじゃないんでしょ。あんな自分より全然大きい男を、どっちが子供なのかわかんないって感じに軽くあしらってたじゃん。あれが尋常じゃない動きだったことくらい、素人のあたしにだってわかるし」

「一応、県大会に優勝して全国大会まで行った経験はあります」

「全国!?」

 蓮条さんの双眸が嘘でしょと言わんばかりに見開かれる。この話をすると決まってこんな感じの反応されるんだけど、全然慣れないというか、つい恐縮してしまう。

「どうにも僕、武道の方に関しては人並み以上の才能があったみたいで……。それに通っていた道場では同年代で僕の練習相手が務まる人はいなかったから、よく高校生や社会人に混じってたりしてたんですよね。だからランドみたいな体格や年齢に差のある相手との組合も慣れっこだったといいますか」

「そう、なんだ」

「でも、結局肝心の性格の方は何も変わらなかったんですけどね」

 ははと、自嘲の笑みを浮かべる。

 すると蓮条さんは、少し重たげな顔で尋ねてきた。

「あのさ、これ、聞いていいのかわかんないけどさ……なんでそんな凄かったのに、中学で辞めちゃったの?」

 この話をすると決まってやってくる質問。ただ、蓮条さんみたく気遣いが混じっているのは、正直初めてかもしれない。

「率直に言うと、空手にそこまで熱がなかったんですよね。だから高校では自分の好きなことに空手にさいてた時間を使いたいなと。一応、辞めようと決意したきっかけみたいな出来事もあったりはするんですけど」

「聞きたい!」

 真剣な目で、蓮条さんはそう言った。

「これは僕の中学最後の大会となった全国大会に出場した時のことなんですけどね。その時の対戦相手が『ここで勝ったら幼馴染みに告白する』的なことを友達に話してるのを、偶然聞いてしまったんですよね」

 僕は続けて蓮条さんに説明した。

「なんで一回戦なんですか。そういうのは決勝戦で決めてくださいよ」と心の中で激しくツッコミながらも、負けることにしたこと。そこで負けを然程悔しいと感じなかった自分を目の当たりに、これ以上惰性で続けるのは辞めようと決心したことも。

「……県大会の決勝で僕に負けた相手は、それこそまるで大きな何かを失ったかのように大泣きしていました。けど、僕にはそんな感情が全くもってなかった。その時、僕は不謹慎にも羨ましいなって思ってしまったんですよね」

「羨ましい?」

「はい。そうやって心から、夢中になれるものがあるのって羨ましいなと。だから僕は高校になったら、そうやって夢中になれるものを見つけようって思ったんです」

「それがアニメ――もとい、そのハンカチの女の子ってわけ?」

 オタク嫌いだからか、蓮条さんが少しつまらなそうな顔になる。

 僕は静かに首を横に振った。

「いえ。もちろんアニメに漫画、クレハ好きですけど、夢中って域には行ってないんじゃないかと。あ、ちなみに空手って基本陽キャの人が多くて、そのノリに陰キャの僕が付いていくのがしんどかったってのもあるんですけどね。なんというか、性格が陰キャのゴ〇リキーってこんな思いしてるんだろうなと」

「なにそれ? ごめん、ちょっと意味わかんないんだけど」

 あはは、流石に蓮条さんにゲームのキャラでネタ振るのは無理があったよね。

「ま、なにはともあれ、あんたが後悔してないなら、それでいいんじゃない」

「へ?」

 蓮条さんが微笑を浮かべて言った言葉に、僕は思わず呆然となった。

「ん、どうしたの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る