第5章 蓮条椿の襲来⑤
「あ、あの、ごめんなさい」
「へ?」
「僕もその、先週お化け屋敷で蓮条さんが美術部だって知った時、意外だなと思ってしまったといいますか――」
「あーいいのいいの気にしなくて。それ言ったらあたしだってあんたのこと意外って言ってんだからさ。お相子ってことで」
気にすんなと軽く笑う蓮条さん。彼女はお相子と言ったけれど、特技を驚かれるのと、趣味を驚かれるのは、ちょと違うのじゃないかって思ってしまう。
「あたしさ、子供の頃から絵描くの好きでさ。将来はプロとまではいけなくとも、美術関係の仕事に就きたいって思ってるわけ。つまりあたしが何を言いたいかって言うと、周りがどう感じて何を言おうが、自分のやりたいこと好きなことを決めるのは自分次第ってこと。だからさ、冴羽が選んだ道を、少なくともあたしは否定しない」
勝ち気な笑みを浮かべて、蓮条さんはそう言った。
「あ、ありがとうございます」
瞬間、心の中で何かがばあっと弾けた気がした。
僕は蓮条さんを、我の強い女王様タイプだと思っていた。それも、生まれながらの勝ち組で持っている人間だからこその、僕のような自分に自信の持てない人間の葛藤や苦悩なんて知るよしもない、自信や慢心からくるものなのだと。
けど、実際はそうじゃなかったんだ。この人は、自分の進むべき道に向けてしっかりとした芯をもってるからこそ、こうも堂々としていられるんだって。
心なしか目の前の蓮条さんが眩しげに映る。ちょっと、羨ましい。
「あの……」
「ん?」
「熱中できるものを持っているのは純粋に羨ましいと思います。僕にはまだそこまでのめり込めるものがないので尊敬してるといいますか――あの、美術の世界を何も知らないままこんなこと口にしていいのかわかりませんが、蓮条さんの夢、応援してます!」
気付けば僕は前のめりになってそんなことを口にしていた。
「あ、ありがと……」
きょとんとした顔の蓮条さんを前に、理性を取り戻した僕は恥ずかしさを覚えて顔が熱くなる。
「なんつーんだろ。今までその社交辞令的な応援はもらうことあたっけど、そんな真剣な目で言われたことはなかったからさ、照れるつーか」
頬を少し赤く染め、むず痒そうな顔をした蓮条さんが、頭を掻きながら視線を下に背けた。
「……ちょっと嬉しいかも」
か細い声で床にむかってそうぼそりと。
すぐさまはぐらかすかのように、慌て気味に別の話題を口にする。
「あ、そういえば本題の話がまだ全然途中だったつーかさ。そのハンカチのお礼をしたいって思ってんだけどさ」
「お礼、ですか?」
予期せぬ言葉に思わず首を傾げる。そんなの、全然気にしてくれなくてもいいのに。
「そ。冴羽が自分の宝物を汚してまであたしを助けてくれた以上は、このまま何もお返しをしないままおわるわけにはいかないつーか……もしもだけどさ、何でも一つだけお願いを聞いて上げるって言ったらさ……何して欲しい?」
急に声の調子を落とした蓮条さんが、恥ずかしそうに指先をもじもじといじる。
「何でも、ですか?」
その言葉にくいついた僕は、座ったままぐいっと蓮条さんに距離を近づけた。
「本当に何でもいいんですか?」
興奮げに、再度確認する。こんなことをお願いするのは間違いだってわかってる。
けどあの蓮条さんにそんなこと言われたら僕、この胸の内側からこみ上げてくる熱い想いを抑えれそうになくて。
「う、うん。まぁ……」
蓮条さんはベッドの方をちらりと見ると、しおらしげに小さくこくりと頷いた。
それを了承と判断した僕は、思いのまま言葉をのせる。
「それじゃ――」
「ま、まって。やっぱえっちなのはなし。そういうのはちゃんと段階を踏んでから――」
「お願いします。僕のいじめムードが収束するよう、力を貸してもらえませんか!」
「へ……? 今、なんて……?」
「あの、ですから、火曜日のいざこざをきっかけにクラスのみんなからの辺りが強くなっているのを何とかしたいなーと。あ、そう言えば蓮条さん、何か言いかけてましたよね? すみません言葉をかぶせちゃって」
「ひぇ? い、いや、いいのいいの。どーでもいいことだったから。――それより、いじめって何? どうにも、穏やかな話じゃない気がするけど……?」
「ええっとですね。そもそもの始まりはどうも蓮条さんが僕のハンカチを強引に奪ったと誤解されたのがきっかけみたいでして」
「ああ、ごめん、そんなことになってたかも」
思い当たったという顔で焦りだした蓮条さんに、僕を取り巻く情勢がどのようになっているかを説明した。……まぁ、高宮さんに関しては僕に百%の落ち度があるわけだけど……。
「――知らなかった。そんなことになっていたなんて……」
話を聞いた蓮条さんが、目をぱちくりと見開いて驚きを露わにする。
と、その直後、蓮条さんは大慌てで手を合わせて勢いよく頭を下げた。
「なんかごめん冴羽! あたしが変な拘りみせたせいで、想像以上に迷惑かけてたみたいで」
今度は僕が目を見開く番だった。
唖然とする僕を余所に、蓮条さんは更に言葉を続けて、
「つーか、あたしまだあんたにちゃんと謝罪してなかったよね。教室で散々キモイと罵ったこととか、ユートピアランドで意気地が無いとか、一生カノジョ出来ないとか馬鹿にしたこととかさ。……あんだけ言いたい放題しといて今更許して――ってのは虫のいい話ってのはわかってる。でもちゃんと謝らせて欲しい。今まで上辺だけでキモオタとか判断して、ほんとごめん!」
「い、いや、その……」
「……ユートピアランドでのあんたさ、ぶっちゃけかなり格好良かったかも」
最後に照れくさそうに頬をほんのり染めた蓮条さんが、か細い声でそう言った。
「そ、それでさ、出来れば嫌わないで欲しいつーか、これからはもうちょい仲良くできればって思ってるんだけど……あのさ、やっぱり無理……かな?」
自信なげに瞳を潤ませた蓮条さんが、まるで懇願するかのように上目遣いで僕を見る。
怒濤の展開すぎて思考が全く追いつかない。
あれ、蓮条さんってこんなキャラだったっけ?
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