第5章蓮条椿の襲来⑨

「はぁ……まぁいいわ。いいかしら播磨君。私はね、男女間における友情は成立すると思っているわ。冴羽君のように、お互いに素をさらけだして心から殴り合える存在に出会ったのは初めてだもの。彼とは今後もずっとそういう仲でありたいと思ってる。……こんな話、あの男が耳にしたら絶対に調子にのるから内緒にして頂戴」

「あ、ああ」

 だからもう、その感情が恋と呼ぶのでは――

「けど、冴羽君に対してのこの気持ちが恋愛感情でないのは断言できるの。……だって私、恋って症状がどんなものなのかちゃんと知っているから」

 最後に頬を赤く染めてぼそりと呟いた言葉を、進藤には悪いが俺の耳は聞きの逃さなかった。

 なるほど。進藤は今、健吾ではない他の誰かに恋しているのか。

 どことなく健吾に妙な同情心を感じるのは、俺にも似たよな経験があるからだろうか。

 そんなことを考えて呆けていると、こほんと咳払いして調子を整えた進藤が言葉を続け始めた。

「それで話は戻るけど、あの女気のない男に舞い降りた二度とないチャンスだもの、私は高宮さんを応援して、結ばれるようにサポートしてあげたいと思っているわ」

「二度とないって……それはちょっと言い過ぎじゃないか。それにほら、真山先輩だって、たぶんそう、だよな……」

 進藤が違った手前、自信がなくなり声がすぼんでしまう。いやでも真山先輩に関しては、健吾の家に来た時の挙動とか、だいぶ決定的すぎる証拠が出揃ってるから、流石にそうだよ、な……?

 不安を覚えながら、進藤の言葉を待つ。すると進藤は、何故だかきまりが悪そうに視線を泳がせて、

「あの、これは完全な私個人の我が儘なのだけれど……あの人が同好会のメンバーである以上、部室内でいちゃつかれて肩身の狭い思いをするのはちょっと勘弁して欲しいのよね」

「なるほど……だから、進藤的には凛々乃と結ばれてもらわないと困ると」

「そうなるわね」

 罰の悪そうに頷く進藤を余所に、俺は胸中で安堵の息を漏らす。

 よかった。真山先輩は健吾のことが好きという認識であってるらしい。ほんと、これまで違ってたら、俺はもう何を信じていいのかわからなくなっていたところだ。

 ――にしても。

 そっか。進藤は健吾に恋愛感情を持ってるわけではなかったのか。

 その事実にほっとしている自分がいるのは、凛々乃を応援することに対して進藤に申し訳ないと思っている自分が少なからずいたからだろうか。

 ……それとも、クラス三大美女が全員うちの親友に惚れているという事実が違ったことに、ちょっとした安堵を覚えているとでも――

 いや、それは流石にありえない、よな。

 俺はこの疑問をはぐらかすかのように、口を開いた。

「実はさ、俺、そのことでちょっと前から凛々乃本人から直接相談を受けてて――」

 進藤に、凛々乃から恋愛相談を頼まれていることを説明する。

 凛々乃に了承を得るか迷ったが、今のこの空気を逃したらいつ進藤とこんな話を出来る機会があるかわかったもんじゃない。しかも強力な恋敵だと思っていた人がまさかの味方につくという、凛々乃にとって、絶対にいい方向に進む展開だ。ここは相談者としての独断で進めていいはず。

 それに今、凛々乃が直面している問題は、どうにも男である俺がどうこう出来る問題ではなさそうだったし。もし、ここで進藤が仲間になってくれるなら、まさに百人力。

「……やっぱり、そういうことだったのね」

 全てを聞き終えると、進藤は小さく息を吐いた。

「高宮さんさえよければ、是非私にも応援させてもらいたいのだけれど、どうかしら? 悪い話ではないと思うわ」

 そう言って、進藤はことの自信をアピールするよう、勝ち気に笑って見せた。

「ああ、俺から是非頼む。凛々乃には連絡しとくよ。絶対断ることはないだろうさ」

 軽快な笑みを浮かべて頷く。

 まさか、進藤との偶然の出会いがこんな急展開に繋がるとは思ってもみなかった。

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