第5章蓮条椿の襲来⑧

 想定外にも程がある発言に、目を丸くした俺は人目をはばかることなく奇声を上げていた。さっきの女性店員さんが、営業スマイルを保ちつつもどこか「またお前か」と言わんばかりの苛立った視線を向けてることに気付く。

 こほんと、わざとらしく咳払いして目をそらした俺は、コーヒーを飲んで気を落ち着かせた。なんだろう、心なしかさっきより苦いような。

 そんな俺を前に、進藤は柔らかく笑っていて。

「ふふ。凄い顔してたわよ播磨君。何かしら。私が他人の恋を応援することが、そんなにおかしかったのかしら? 確かに普段彼を罵倒している側なだけに、高宮さんを止める側に回るのが妥当というか、そんなキャラではない自覚はあるけれど」

 進藤が照れくさそうにはにかむ。いやいやそこじゃないだろ。何だよ、この急展開。

 あれか、健吾の幸せを考えたら自分より凛々乃の方が恋人に相応しいとか、そういう結論に至ったってことなのか。

 それこそオープンオタクで、周りが残念美人だと好き勝手揶揄しようが好きな物を譲らない進藤のキャラじゃない気が……。

「なぁ、進藤。こんなこと俺が言うのも何様って感じだけどさ、もし健吾と凛々乃が付き合うことになったとして、進藤はそれでいいんだよな。その、わかってるとは思うけど、これまでの関係と同じ、ってわけには絶対にいかないだろ」

「……そうね。確かにあの冴羽君が私よりも先に恋人が出来るかもしれないのは、少し癪に思うわ。けど、私は冴羽君との関係はそこまで変化しないと思っている。高宮さんでは冴羽君の趣味話についていけないでしょうし。それに、友人の範囲での付き合いなら、高宮さんは許してくれるはずよ。彼女、ほんと尊敬するくらい、出来た人だから」

「そ、そっか」

 彼女の恋愛相談を通じ、凛々乃が意外と嫉妬深いことを知ってしまった俺としては、許すかどうかはノーコメントにしておきたい。

「強いな進藤は」

 気がつくと俺はそんな言葉を口にしていた。

「強い?」

「いやだって、好きな人の幸せを願って自分の恋を断念するとか、そんなおいそれと出来ない決断だろ。それでいて、結構平気に見えるつーか……」

「へ?」

 俺の言葉に進藤が息を呑んだ。

 やばっ、しくった。今俺、だいぶデリカシーに欠ける発言したよな。

 言ってすぐさま失態に気付いた大馬鹿物な俺。背筋に嫌な汗を感じながら、恐る恐る進藤の表情を窺う。

 すると進藤は、困惑気味な顔になっていて、

「ちょ、ちょっとまってちょうだい。理解がまだおいついてないのだけれど……何かしら、もしかして、播磨君の中では、私が冴羽君に恋してるとでも――」

「え、違うの?」

 それは清々しいほどに心と行動がリンクしてポロッと口から出た言葉だった。

「嘘、でしょう……」

 唖然とする俺を余所に、肩を落とした進藤が頭痛がするとばかりに頭を抑えてため息をはく。

 わ、わからん。何でそんな反応されてるのかが、全くわかんねぇ。

「まさかリア充の頂点たる播磨君が、そんな中学生みたいな誤解をしているなんて、思いもよらなかったわ。何かしら、私が冴羽君とよく教室で会話したり、ラインでも頻繁にやり取りしているのを見て、そう思ったってところかしら?」

「いや、その……」

 半分は正解だ。

 でもさ、ユートピアランドに俺達が行くことを偶然知って同行を申し出た件、あれに関しては、どう考えても健吾を追って意外に理由が思いつかないんだが。

「貴方にだって、女友達で頻繁にラインをやり取りする仲の女の子くらいいるでしょう? まさかそういう子は全員自分に気があるとでも思ってやり取りしているの?」

 進藤の辛辣な視線に、身体が畏縮する。

「ま、まさか。そんな自意識過剰なことは思ったことも――」

 そう弁明しつつも、俺の脳裏に凛々乃と椿の顔がふと浮かぶ。

 言い訳かもだが、あれは俺自身がそう思い込んだわけではなく、周りがそうだと噂してたわけで……。

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