第5章蓮条椿の襲来⑬

               ❤Ⅱ

 意図知れないところで、あたしが冴羽をいじめていることになっている。

 それを彼の口から聞いた時、頭が真っ白になりかけたあたしがいて。

 不安、罪悪、焦燥、困惑、様々な感情に駆り立てられる形で気付けばあたしは、冴羽に思いっきり謝っていた。

 自分が撒いた種とはいえ、こんな誤解で、この人に嫌われるのは絶対に嫌だって。

 自分でも不思議なくらいそんな気持ちが滝のようにどばーっと押し寄せてきたから。

「そ、それでさ、出来れば嫌わないで欲しいつーか、これからはもうちょい仲良くできればって思ってるんだけど……あのさ、やっぱり無理……かな?」 

 心臓をバクバクさせながら冴羽の反応を窺う。

 冴羽はとても気まずそうな顔をしていて、彼の口が開く瞬間、絶対否定的な言葉が来ると思ってしまったあたしは、現実から逃げるよう、つい目を瞑ってしまった。

「あ、あの嫌うとか、そんなの全然思ってもないといいますか、僕は現状の風当たりの強ささえ収まれば助かるなと思っているだけでして。それに、蓮条さんさえよければ、僕もその仲良くなれれば……なんて」

「へ?」

 冴羽が照れくさげに視線を背ける。

「仲良くなれれば」の言葉があたしの胸の中でどくんと波打ってリフレインし、身体全土へと広がっていく。なに、このよくわかんないけど、心がじんじんして熱を帯びてるつーか、めっちゃ嬉しいって気持ち?

 って、そんなことより、冴羽のお願いちゃんと叶えてあげないと。

「あのさ、さっきの冴羽のお願いなんだけどさ。月曜日にでもみんなが見ている前で、あんたに謝るよ。あたしがちゃんと態度に示せば、あんたに気概を加えようって考える連中は出てこないと思うし、解決するっしょ。あ、それどころか逆に一目おかれるかもよ。自分でいうのもあれだけど、あたしってあのクラスのボス的存在じゃん」

 にひひと冗談っぽく笑って見せる。

 けれど冴羽はそんな楽観的なあたしとは違って、剣呑な表情をしていて、

「それは絶対にやっちゃいけません」

 予期せぬ拒絶の意が籠もった大声に、あたしの身体がびくっと震える。

「いいですか。おっしゃる通り蓮条さんは僕達のクラスのカーストトップに君臨する存在なんです。そんな人が僕みたいな最底辺においそれと頭を下げていいわけないんです。クラスのみんなが混乱するどころか、下手したら蓮条さんの地位だって危うくなるかもしれないんですよ」

「は、はぁ……」

 ええっ!? 何で冴羽ってば、自分よりあたしのことを優先して考えてるわけ。普通は何よりも自分の平穏を優先するはずだよね。

 それに今まであたしが冴羽にしてきた仕打ちを鑑みれば、あたしが大変な目にあうのは自業自得って思っても全然おかしくないのに。

 なのに何でこの人は、あたしの立場を心配してるの……。

 身体が熱くなって、胸の動機が加速する。ほんと、意味わかんないんだけど。

「そうですね……。あ、こんなのはどうですか」

「ん?」

「例えばですけど、僕が蓮条さんから出された何らかの条件を呑んでハンカチを返してもらったことにするとか。そしたら、お互いの立場的に違和感なく、下の平穏が戻せてWIN-WINになるんじゃないですかね。肝心の条件は……そうですね、パシリや、雑用係一週間だとかどうです? あんまりキツいのは勘弁してもらえると助かるのですが」

 そう言って「あはは」と苦笑する冴羽に、理解が全く追いつかないあたしは、あいた口がふさがらなかった。

「い、いいの、そんなんで、ほんとうに……?」

「はい。僕の方はそれで全然」

 和やかに笑う冴羽を前に、またもや胸がドキッとするあたし。

 もう、マジで何なの冴羽って。どうしてこうまで、あたしのペースがかき乱されなきゃいけないわけ。ありえないっしょ。

 つーかさ、冴羽の提案を冷静に考えるとさ、これってつまり、学校で冴羽と一緒にいられる接点ができるわけじゃ――

「じゃ、じゃあさ」

 そのことに気付いた瞬間、あたしの口は動いていた。

「あたしがコンクールに提出する作品を完成させるまでの期間、あたし専属のマネージャーになるってのはどう?」

「マネージャー? えっと、つまり、部活中のサポートってことですか?」

「そ。基本的には放課後あたしの部活に付いてきてもらって、ちょっとした雑用や、素人目でいいから感想をくれればいいから。期間はんーたぶん三週間くらい。どう、かな?」

 緊張を孕ませながら恐る恐る尋ねる。

「わかりました。それでいきましょう」

 返ってきたのは清々しいほどの即答だった。

「んじゃ、お願い」

 何だかもの凄い安堵感に包まれたあたしは、思わず頬を緩ませる。

 そうしてあたし達の会話が一段落して緩い空気が流れたのとほぼ同時に、ふとベットに置いてあった冴羽のスマホが振動したのだった。

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僕と俺のねじれトライアングル~お互いの攻略可能ヒロインが、それぞれ逆グループに所属しているせいで、中々女の子からの好意に気づけないまま、どんどんと拗れていく青春ラブコメ~ 増殖しないG @kunugi555

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