第1章 僕と俺の日常⑨

 ……。

 …………。

 ………………。

「へ?」

 思わず、心臓が仕事を忘れそうになった。

 あれ、僕なんか一番大事なとこで聞き間違えちゃったのかな?

 や、やだなぁ。どこぞのラノベ主人公じゃないんだからさぁもう。

 でも自分に自信のない僕としては、そう聞こえた以上、ついこう口走ってしまう。

りゅう君なら、カノジョはいないし、今特定の意中の相手がいるってこともないはずですよ」

『ん? なんで君の親友の話になるんだ? 私が聞いているのは君自身についてだぞ』

 不満げに眉根を上げる真山まやま先輩。

 と、そんな感じの回答を僕は想像、というよりも期待していた。あえて一度念を押されることで、これが現実であるという実感が欲しかったから。

 けど、実際に返ってきたのは、

「本当か!」

 と、手を合わせてはしゃぐ真山先輩の、今日一番な太陽にも勝るほど輝かしいとびっきりの笑顔。ほんと、きょうのせんぱいはいつにもましてかわ――

 ど、どどどどいうことぉおおおおおおお!?

 あの完璧な匂わせ振りと展開から、なんで僕の親友たる龍君の話題にすり替わってるの? 決して僕が辺に早とちりしたわけじゃないよね? 自分に自信がないあまり、思考がより現実味の高い方へ無意識にシフトしたわけじゃないよね?

 わからない。何がどうしたら、こんな展開が待っているっていうの。

 こうなりゃもうやけだ。いっそストレートに聞いてやる。

「そんなことが気になるってことは、もしかして真山先輩って、龍君のことが、播磨龍馬はりま・りょうまのことが好きなんですか?」

 視線をバシッと真芯で捉えての度直球度ストレートな発言を受けた真山先輩は、ぴくっと身体を震わせたと思うとぴたんと固まって、

「………………察しろ」

 ギギギと、油の切れたブリキ人形のような動きで顔を横に逸らした先輩が、か細い声でそう、ぼそり。

「へ?」

「察しろと言っている!」

 耳の先まで真っ赤にした顔を両手で覆う真山先輩が、それ以上の追及は禁止とばかりに叫んだ。普段は獅子のようにしゃんと凜々しい姿の先輩が、まるで小動物のようにぷるぷると震えている。ホント、キョウノセンパイハイツニモマシテカワイイナ。

「うぅ……穴があったら入りたい……」

 あのその気持ち、僕だって同じですからね。何ならもっと強い自信までありますから。

 だって、だって――

 たった今まで、僕のことが好きでこれから告白されるっていう――そんな顔から火が出ていっそそのまま消し炭になりたくらい、超ド級に恥ずかしい、とんでもない自惚れな勘違いをしてたんですからぁああああああ!!

 脳内で作り上げた崖の上で盛大に嘆き叫ぶ僕。

 でもでも、待って欲しい。振り返って見ても、決して僕が自意識を拗らせたようなご都合的な受け取り方をしたわけではなかったよね。うん、「赤信号は止まれですよね」よろしく、十人に尋ねれば十人が同じ解釈をするはず。そこに文化や生まれとか国際的な違いがなければ絶対に。

 よし、ここまできたらはっきりと聞いてみよう。普段は人の顔色とか気になって余計に踏み込むことには躊躇いを覚える僕だけど、状況が状況だけに変な勇気がわいてきたぞ。

「あの、真山先輩」

「な、なんだ?」

「龍君の話を始める前に、昨日忘れて欲しいと言った言葉がどうとか言ってたじゃないですか。あの意味を詳しく教えてもらえると嬉しいなぁって」

「ん? 意味も何もないだろう。つまり私と――は、播磨君がそのこ、恋人同士になれば、彼の親友である君とも、カレシの親友として今後はより深い関わりを持つことになると言う、額面通りの――」

 ぜんっぜん額面通りじゃないですからそれ! 一番大事な部分端折りすぎでしょ。

 きょとんと悪意なさげに小首を傾げる先輩に、表面では「そうなんですか。あはは」と苦笑のみに抑え、内心ではこれでもかとちゃぶ台をひっくり返すくらいに荒ぶる僕。

 なるほどね。そういうことだったんですね。

 ――けど。

 何で龍君なの?

 そりゃあ、龍君は爽やかイケメンで運動神経抜群、成績優秀でコミュニケーションにも長けた人気者だけども、三年生には三年生で龍君的ポジションの人がいるよね。陰キャな僕でも知ってるくらい、部活のキャプテンやってたり、インディーズでバンドしてたりとか、そんな学年中の女の子からわーきゃー騒がれる有名な人達が。何故そういった華のある同級生を差し押さえて、下級生の龍君が選ばれたの?

 そもそも真山先輩と龍君って、僕の知ってる範囲じゃ、ゼロと言っていいくらい交流がなかったはずなのに。

 先々週の土曜に行われた奉仕作業で、雑務お手伝いの一環として先輩からボランティアを頼まれていた僕が、人手不足を聞いてそれならと龍君を誘って先輩に紹介したのが恐らく二人の初対面。龍君だって「やっぱあの有名な生徒会長と話すってなると、否が応でも緊張するよな。年が一つしか変わらないってのに、こうオーラがあるつーか。はは」と、そう言ってたのを覚えている。

「あの、真山先輩」

「こ、今度はなんだ?」

「龍君を好きになったきっかけって、何だったんですか?」

「それはだな……その、彼と面と向かって話たのはこの前奉仕作業が初めてなのだが」

 やっぱり。僕の記憶は正しかったよね。

「その時な、ちょっとしたことがあったというか――す、すまない。話すのはまた今度、心の準備が出来上がってからにしてくれ」

「わ、わかりました」

 涙目で顔を真っ赤にした先輩の懇願を押しのけてまで、「ええ、いいじゃないですか。教えてくださいよ」と陽キャのノリで押せるほど僕は図太くいけない。すごく気になるけど、追々にしておこう。

 というか、要約すると先輩は龍君と出会ったその日に恋に落ちたってことだよね。

 たった一日で先輩の中での龍君は、もう半年以上の付き合いになる、オタクでBL好きな秘密を共有し、公私共に話せる仲だった僕を軽く通り越し、一気に恋心を抱くまでの大きな存在に繰り上がったと。

 ……なんだろう、この胸の内側にぽっかり穴が空いた感じがするというか、ふつふつと湧きあがるやるせない気分は。実は密かに真山先輩に恋していたってわけでもないのに、何でこんなに、ショックに感じるのかな。

 そりゃ僕なんかがこんなにもモテるわけないって、わかってましたよ。進藤さんの件だけでも、ミラクルみたいなものだし。

 ……進藤さんの方も、実は勘違いってパターンはないよね流石に。そうだよね!?

 胸中で誰に問うでもなくただ叫ぶ僕。うう、これでもしまたこの展開がまってたら――その時は軽く人間不信になりそう。

 と、とにかく、今は目の前の件についてだ。

 そういえばその真山先輩の意中の相手たる龍君は、今この時、高宮たかみやさんから告白されているかもしれないんだよね。うわぁ、何その最悪のタイミング。

 でも、これはあくまでも親友の僕だからこう思うってだけで、特に何かしらの根拠があるってわけじゃないけど、例え告白されてもすぐさま承諾するってことはないと思う。龍君って優しいから、周りのことを考えず自分達だけが幸せになるって選択はきっととらない。きっと蓮条れんじょうさんのことも考えずにはいられなく、またより深く悩んでしまうことだろう。

 けれども、その相手が真山先輩とだったら、龍君は今の交友関係を極力保ったまま、カノジョを作ることが出来るのではないだろうか。この前の話を聞く限り、龍君だって年頃の男子として、カノジョ自体には興味ある感じだった。いや、本心ではきっと欲しいと思っているに違いない。そうでなければ、恋と友情を天秤にかけてあそこまで悩んだりしないはずだから。

 なら、龍君の親友として、僕が選ぶべきベストな行動は――

「あの、真山先輩」

「な、何だ。つ、次は何が聞きたいんだ? というか、私が色々と聞きたくて君を呼び出したというのに、何で私が逆に質問攻めにあってるんだ。ずるいぞ」

 ジト目でうーと唸り声を上げ、完全に駄々をこねる子供みたくなった先輩。

「今回は質問じゃなくて、ですね。その――僕でよければ、龍君とお付き合い出来るように協力しましょうかと」

「…………へ?」

 僕の言葉に、先輩はしばらく口をぽかんと開けたまま呆けていたと思うと、次の瞬間には目を丸くさせたまま勢いよく両手を握ってきて、

「ほ、本当か、本当に協力してくれるのか」

「は、はい」

 近い、近いよ先輩!

「というか、これまでの話の流れからして、てっきりそれが一番の目的で僕を呼んだのだと思ってましたけど……」

「うっ。まぁ、そのあわよくばというか、そういう方向に持って行けたらなぁと思ってはいたが、まさか君の口からそう先に言ってくれるとは思ってもみなかった。もう、どれだけ感謝すればいいか」

「あはは、まだ何もしてませんって」

「それでも私にしてみれば、大きな一歩なんだ。ありがとうと言わせて欲しい。うむ、この恩は絶対に返すからな。私に出来ることがあれば何でも気軽に言ってくれ。――そうだ、同好会に部費が出るようにするってのはどうだ。今からだと、夏合宿の申請にまだ間に合うだろうから、上手いことやればそっちもちょろまかせる」

「それは絶対にやっちゃだめでしょ、倫理的に!」

 そりゃあ心揺れる魅力的な提案ではあるけど。流石に、ね。

「そ、そうか。恩に報いる絶好の機会だと思ったのだが」

 真面目な顔で肩を落とす生徒会長を前に、僕は笑みを引きつらせる。今更感あるけど、この人がトップで大丈夫なの、星蘭高校の生徒会? というかさっきの先輩ってば、私的な呼び出しに生徒会室を使うことにすら負い目を感じていたというのに。自分のためか、他人のためかで大きく見解がかわるてこと? いささか善し悪しの線引きがおかしくないですかね!

 にしても……龍君は真山先輩の好意を知ったらどう思うのだろう。

 とりあえず驚くだろうなぁ。本人もまさかたった一度話しただけの相手に好きになられるとは思ってもないだろうし、しかもその相手が校内きっての有名人となると――うん、僕が同じ境遇だったら顔を壁にでも猛烈に叩きつけて夢かどうかチェックしそう。

 そっからは――正直、どう転がるかなんて十年来の仲である僕にもまったく想像がつかない。そういえ僕、龍君の好みのタイプとか全然知らないし……。

 だから僕としては、頑張って想像出来る結果が生み出せるように――ようするに龍君と真山先輩が結ばれるよう、恋のキューピットになろうと思う。

 だってさ、僕と親しい人同士が、僕を接点に出会って結ばれて幸せになったら素敵じゃないか。

 何だかラブコメの一幕みたいで。その物語の主要キャラに自分が入ったみたいで。

 それが僕のだした答えだった。

 だから、高宮さんと蓮条さんには悪いけど、僕は真山先輩の恋を全力で応援する。例え二人に恨まれることになったとしても。僕のスペックじゃ龍君のように、全ての人を納得させる優しい世界を模索するのは不可能だって、わかりきっているから。

 これが僕こと、播磨龍馬の友人ポジションである冴羽健吾さえば・けんごの結論だった。

 ……まぁ未来を見据えて、蓮条さんとくっつくのだけは阻止したいって言う僕個人の願望がちょっぴし含まれてたりするけど。ちょっとくらいならいいよね。僕だって人間だもの。

 逆に高宮さんに対しては申し訳なさがはんぱない。実は僕、少し前にえらく落ちこんでいた高宮さんと街でばったり出くわしてるんだよね。その時の彼女のらしくないずーんと沈んだ姿を未だ鮮明に覚えてるものだから……うん、あの光景がリフレインされるかもと想像すると、あまり衛生面によくないのは確か。オーディションやグランプリの審査員とか、誰か一人を選ばなきゃいけないお仕事の人達って、絶対に心臓が鋼で出来てると思う。

 というか、今頃龍君の方はどうなっているのだろう?

 万が一にも、恋人成立ってなっちゃってたらどうしよう……。

 念のため、もしもの時のフォローも考えといた方がいいのかなぁ。

 友達以上の感情はないと龍君は言ってたけど、いざ面と向かって「貴方が好き」って言われたら、どんな感情の化学変化が起きるかわからないし、ひょっとすると――は充分ありえるよね……。やばい、ちょっと家に帰るのが恐くなってきたかも。



「龍馬さん、そ、その――冴羽さえばさんって、今お付き合いされている方とかおられるんでしょうか? ……もちろん、二次元の女の子以外で!」

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