第1章 僕と俺の日常⑧

                 ♠

 にしても、さっきのはビックリしたなぁ。

 生徒会室の前に辿り付いた僕は、ふと後ろを振り返って先の出来事を思い返す。

 あの高宮たかみやさんのいかにもな焦りようからして、単なる「一緒に帰ろう」「暇だからどっか寄っていかない?」的な、男女の垣根を越えた陽キャ達のありふれた放課後の一幕――というわけではなさそうだった。

 おまけに、予定を聞いた時の高宮さんの絵に描いたような慌てっぷりときたら――うん、めちゃめちゃ自分で墓穴掘ってたもんね。そりゃも温泉でも探してるのかってくらいにざっくりと。

 あそこまであからさまな動転ぶりを見せられると、龍君いわく鈍感な方らしい僕でも流石に察しが付く。というか、僕自身は鈍感なんて一ミリも思ってないんだけどね。ギャルゲーの選択肢だって、初見攻略サイトなしプレイでもほぼほぼ一発で正解引き当てられるしさ。

 おまけに高宮さんってば、聞いてもないのに「私からお誘いした」とまで情報くれるものだから……つまりそう言うことなのだろう。

 恐らくこれから校外のどこかで行われるのは、高宮凛々乃たかみや・りりのによる一世一代の大勝負、つまるところ播磨龍馬はりま・りょうまへの愛の告白であって。

 羨ましくない、と言えば嘘になる。実は前々から高宮さんが好きだった――とか、別にそういうわけではないけど、僕だって高校二年生男児。女の子に告白されるというシチュエーション自体に、とても憧れと夢を抱くお年頃だ。それも相手は、クラスどころから学内トップの美少女なのだから、やっぱり親友でも少しは爆発しろと思ってしまう。

 それにしても、りゅう君は高宮さんの告白にどう返事するんだろう? 気になる、すこぶる気になる……。というか、もし告白が成立したとして、親友の彼女ってどういう距離感で接するのがベストなの?

「――って、いつまでこんなところでボサッとしてるつもりなんだ!」

 生徒会室の前で何するわけでもなく呆然としている、不審者然とした自分にハッとなる。

 ここに来たのは龍君にも言った通り、部室にいたら突然真山まやま先輩からラインで「手があいていそうなら、生徒会室に来てもらえないだろうか?」と呼び出されたからだ。僕には僕でやらなくちゃいけないことがあるんだから、個人の事情なんて後回し。家に帰ってからゆっくり問い詰めよう。憶測であれやこれや悩んでたって、何かが変わるわけじゃないしね。よし。

 すぅっと息を吸って気を切り替える。きっと今の生徒会は、僕なんかの手でも急に借りたくなるほど忙しい状況なのだ。これ以上待たせるわけにはいかない。

「失礼します」

 そう声をかけてから一拍間を置き、生徒会室の扉を開けた。

「よくきてくれたな。待ってたぞ」

 正面奥に見える生徒会長席に座る真山先輩が、優しく微笑んで歓迎してくれた。

 そうして足を踏み入れた生徒会室には、僕の想像とはかけ離れた違和感があって、

「あれ……先輩だけ、ですか?」

 困惑のあまりつい思ったことがぽろっと口に出てしまう。けど、それだけ妙だったんだ。昼休みならいざ知らず、目下活動時間中の放課後の生徒会室に生徒会役員が会長である先輩一人しかいないってのは、珍しいことだったから。

「他のみなさんはどこに……?」

 きょろきょろと室内を見回しながら恐る恐る尋ねる。

 ひょっとすると、何かしらの外での活動があり、先輩だけが応援の僕に事情を説明するため、わざわざこの部屋に残って待っていたのかもしれない。だとすると、入り口の前でモタモタしていた僕は、とても悪いことをしていたのでは……。

 罪悪感で胸に圧迫感を覚える小心者の僕。

 が、そんな僕に真山先輩がさらりと告げたのは、意外にも意外すぎる言葉で、

「ん、他のみんななら今日はもう帰ったんじゃないか? だって今日は、生徒会はお休みの日だからな」

「へ……お休み……?」

「そうだ。先々週の奉仕作業から、昨日の委員会の一学期中間報告会議まで、ここのところずっとばたばたしてたからな。会議が終わって一区切りがついたということで、みんなには休息を取ってもらおうと私が提案したわけだ」

 ぽかんと開いた口がふさがらない。じゃあなんで、僕は呼ばれたの?

「あの、僕って、何か急を要する生徒会の手伝いがあったから、こうしていきなり助っ人として呼び出された――とかではなかったんですか……?」

「ん? ……いや、すまなかった。確かに普段君を呼ぶ時は生徒会絡みだったからな。どうやら、いらぬ誤解を与えてしまっていたらしい。今日君を呼んだのは、完全な私用だ。それも、君でならなくてはいけない……な。だからキミがすぐ行くと返事をくれた時は、ほんと、嬉しかった」

「へ、私用……? それも君でならなくてはいけないとは……」

 理解が追いつかないまま先輩の言葉を復唱していると、オウム返しされたのが照れくさかったのか、先輩は急に慌て始めて、

「その、なんだ、ずっと立ってるのもあれだから、ひとまず座らないか」

「は、はい。それもそうですね」

 促されるまま、僕は生徒会長席の手前にある応接スペースのソファーに腰を下ろす。

 会長席にいた先輩も移動し、僕の対面に座った。

「このような私情で生徒会室を利用するのは悪いと思ってはいるんだが……しかしだ、こうやって誰にも邪魔されずに二人きりになれそうな場所をここ以外に思いつかなくてな……」

「それくらいはいいんじゃないですか。生徒会長の特権ってやつです」

「そう言ってもらえると、ありがたい」

「それで先輩……その、僕と二人きりで話たいこととは?」

 やっぱりアニメや漫画のこと、なのかな? けど、それならわざわざ改まって生徒会室に呼ばなくとも、同好会の部員としてこっちにくればすむ話だしだよね。

「うっ! そ、それはだな……?」

 本題へと切り込んだ途端、普段の自信に満ちあふれて凛然としたオーラは何処へとばかりに、肩をびくっと震わせた真山先輩は、何かに怯えるよう、もじもじと畏縮してしまう。

「……昨日の作業中、私が言ったことを覚えているか? ほらその、私としても無意識に発言していたものだから、焦って思わず忘れてくれとお願いしたことの内容を……」

「は、はい一応……」

『――き、君とは来年以降も、この学校を卒業して先輩と後輩という繋がりがなくってからも、こうしてずっと一緒にいる間柄になっているかもしれないからな』

 こんなフラグをびんびんに匂わせる意味深な台詞、忘れろっていう方が無理ですよ。

「ふーん、忘れろといったのに、覚えていたのか」

 ええ、何んですかそのジト目? まさかの誘導尋問だったの!?

「――は、すまない。別にそのくだりを咎めるとか、口封じがしたいとかそういうわけじゃないんだ。ただ……一度私の願望を知られた以上は、もうこのさい素直に説明したいと思ったというか、欲を言うとその……そうなるように、君の協力をえたいと……あわよくば、だな」

 恥ずかしいを体現するかのよう、ソファーの上で体育座りして丸まった真山先輩は、視線を泳がせ、おぼつかない様子で言葉を並べる。

 あの言葉の説明って――ようするに告白ってこと、だよね。だって卒業後も、先輩と後輩の関係がなくなってもいる仲って、それもずっと一緒となったらもう男女の関係しか浮かばない。その協力となると、思い浮かぶのは先輩からの告白に僕が応じることで――

 う、うううう嘘でしょおおおおおおおお!? 

 ほんとに、ほんとに、ほんとにそんな展開なんですかぁああああああ!!

 目をかっぴらいて愕然となる。

 視界に映るのは、いつにも増してかわいく見える、恥ずかしげに顔を赤らめた先輩。

 その甘酸っぱい光景からは、もうどう考えても告白が待っているとしか、考えられない。

 ごめん龍君、さっきは爆発しろなんて思っちゃって。まさかたった数分後に同じ境遇になるとは思ってもみなかったよ。

「わかりました……先輩。僕に出来ることなら、いくらでも協力します」

 それでもまだ話を聞くまではわからないと、ごくり唾を飲み、僕はゆっくりと頷いた。

「そ、そうか。――よかったぁ。勇気を出して君に打ち明けてみて」

 先輩はほっと安堵の息を漏らすと、にぱあっと無邪気に笑みを咲かせる。ほんと、今日の先輩特段にかわいすぎです!

「あの、まだ何一つ内容を明かしてない内に、そんな終わった感ださないでくださいよ。もしかすると、内容次第では僕が協力できない可能性だって、あるかもしれないんですよ」

 本当に告白だったらどうするの? 僕はどう応えるの?

「む、悪い、そうだった。――で、では、本題に行くとしよう。あの、だな……」

 羞恥との葛藤なのか、もじもじとする真山先輩は中々次の言葉を続けられないでいた。数秒間の沈黙。その僅かな間に僕は緊張と照れくささ、おまけに初めての異性からの告白というシチュエーションもシナジーとなって増圧され、もう爆発でもするんじゃないかというくらい胸の高鳴りがばっくんばっくととんでもないことに――


「その、播磨はりま君って、今付き合っている子とか、好きな子はいたりするのか?」

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