第1章 僕と俺の日常⑩

                  ♣

「龍馬さん、そ、その――冴羽さえばさんって、今お付き合いされている方とかおられるんでしょうか? ……もちろん、二次元の女の子以外で!」


 ……。

 …………。

 ………………。

「は?」

 待て。

 待て待て。

 待て待て待て待て待てぇ!

 待ってくれ。今一体何が起きた!? 今彼女は何て言った!?

 ひとまず落ち着け俺。冷静に、ゆっくりと順々に振り返って状況を整理するんだ。

 放課後、俺はクラスメイトで友人の凛々乃りりのから「二人きりでしたい大事な話がある」と告げられ、ここ――学校から程よく離れてて、星欄の生徒は殆ど利用しないサイゼへとやって来た。話を始める前に、とりあえず注文したドリンクバーで飲み物を取ってきた俺達。それから約五分間は沈黙だった。とても一年の頃から気兼ねなく話せる仲の友人であったとは思えない、居づらさこの上ないぎこちない空間。けれどそれは仕方ないことだった。だって高宮凛々乃たかみや・りりのは、俺に告白しよと呼び出したのだから。

 校内で度々耳にする「高宮凛々乃の俺に対する好意の噂」と「凛々乃が告白を断る理由は、好きな人がいるから」との情報、おまけに「健吾けんごとばったり出くわした時の絵に描いたような慌てぶり」もあわさり俺の脳はそうに違いないと断定しきっていた。

 が、いざ満を持して凛々乃が告げた言葉は、俺の想像を遥かに絶する――そう例えるならラーメンが来ると思って待っていたら何故かカレーがやって来て、しかも店員が目の前で食べ始め出すような、そんな茫然自失必須のありえない内容で…………。

 き、聞き間違えじゃなねぇんだよな?

 目の前で顔を真っ赤にしながら上目遣いで俺の返答をじっと待っている凛々乃が知りたいのは、この俺についてではなく、俺の親友、冴羽健吾さえば・けんごの情報だと。

「健吾か、いや俺の知る限り特にそんな相手はいなかったはず」

 このままずっとウルウル目の凛々乃に見つめられっぱなしなのも堪えると、俺は努めて平然な態度で答えた。つーか冷静に考えて、俺の話なら「二次元の女の子以外で!」なんて特殊なオーダーしてくるはずないもんな。

「ほんとですか! よかったぁ」

 ほっと胸を撫で下ろす凛々乃。「よかった」ってことはやっぱり――

「あ、でも……好きな女の子くらいはいたりしますよね……二次元の女の子以外でも……」

「いんや。たぶん、いないんじゃないか。ずっと一緒にいるけどあいつから好きな女の子の話題どころか、誰それがかわいいとか、そんな浮ついた話すらまともにした記憶がないからな。ま、その逆に二次元なら毎日のように聞くというか、聞かされているけど」

 そういや健吾とは、そういった男子高校生らしい話って殆どしたことない気がする。まー幼少の頃からずっと一緒にいるやつと、そういう大人になったからこその話題をするってのは、何か小っ恥ずかしいんだよな。きっと健吾だって、似たような気持ちはあると思う。だから昨日、健吾が俺の恋愛事情につっこんできた時はマジで驚いた。

「そうなんですね。ふむふむ、なるほど」

「……あのさ、もう単刀直入に聞くけど、こんなことを知りたがるってことはさ、つまりそういうこと、なんだよな? その、あいつに……健吾に気があるっていう……」

 話がデリケートなだけに言葉をなるべく濁し、恐る恐る尋ねる俺。

 すると凛々乃は目を丸くしてびくっと身体を震わせたかと思うと、再び顔全体を熟した果実のように真っ赤に染め上げていて、

「…………」

 静かにこくりと頷いた。

「そっか……」

 羞恥の孕んだ彼女の表情を直視できず、俺は驚き半分戸惑い半分と言った顔で頬を掻き、ぼそり明後日の方向に呟く。

 そして、羞恥でいっぱいいっぱいなのは俺も同じで――

 勘違いくっそ恥ずかしぃいいいいいいいいい!! 死にてぇええええええええええ!!

 何が「そうだな。凛々乃が俺のことを好きらしい、ってのは知ってるよ」だよ。ああくっそ、過去に戻れる力があったら今すぐあの夜に戻って昨日の俺をぶん殴りてぇ。

 あの時の俺、青春ものの主人公にでもなったかのように達観して気取ってたよな。それも本当に惚れてる相手に堂々と語って――あぁああああああ!

 今すぐこの場で転がり回って悶絶したい衝動をぐっと堪える。

 そう、今はそんなことをしていい状況じゃないのだ。俺は告白相手ではなく、きっと恋愛相談の相手としてここに呼ばれている。そして凛々乃は、勇気を出して胸の想いを打ち明けてくれた。なら友として、頼られた相手として、俺がすべき行動は一つしかない。

「ま、なにはともあれ、あいつのよさに気付くなんて、見る目あるな」

 親友が評価されるのはまるで自分のことのように嬉しい。俺はその思いを純粋に言葉と笑顔にのせた。すると凛々乃からは「えへへ、どうもです」とこそばゆそうな笑顔が返ってくる。

「にしても、どうして健吾なんだ? ああ、これは別に非難とかそんなんじゃなく、ただ純粋に驚いたつーか。凛々乃と健吾に接点があったなんて知らなかったから」

「ええっとですね……ちょっと前に凄い落ちこむ出来事がありまして。そんな時、偶然通りかかった冴羽さんが、ふさぎ込んでいた私を見て、心配してくださって声をかけてきてくれたんです」

「特に仲のいいやつ以外には絶対に自分から話しかけたりしない、あの超絶会話ベタでシャイな健吾が自分からねぇ」

 表面では驚いたと顔をしつつも、俺はわかっていた。健吾はそういうやつなのだと。普段コミュ障だのキョロ充だの自分を卑下してるくせに、いざ誰かが困っている時はさっと声をかけることが出来る、勇気の伴う一歩をさも当然に踏み出せる、凄いやつなのだって。

「そうなんです。だからわたしもその時はビックリしたというか、その意表もあってかつい悩みを打ち明けちゃったんですよね。そしたらわたしの話を聞いた冴羽さんがくれた一言が……その、とっても嬉しかったといいますか」

 てへへと恥ずかしげにはにかむ凛々乃。え、なにそれ、そんな話俺知らない……。

「あ、もし冴羽さんにこのことを秘密にされていたことにショックを受けてるならそれは誤解です。わたしが他の人には内緒にして欲しいとお願いしたので」

 どうにも顔にでていたらしく、凛々乃は慌てて捕捉した。

「話を戻しますと、その日以来、ふと気がつくと冴羽さんを目で追っている自分がいることに気付きましてですね。その理由を自分なりに分析してみた結果……」

「健吾を好きだと自覚したってわけか」

「…………はい」

 尻すぼんでいった言葉を拾い上げると、凛々乃は照れながらぼそり肯定した。学校で毎日一緒に楽しく喋ってる仲だってのに、健吾へのそんな素振り一ミリも気付けなかった。俺、もしかして以外と鈍感なのかな?

 だとしても、ここまでくれば流石に俺が今日呼ばれた理由については、大方の検討がつくわけで、

「なるほどな。ようするに、大事な話ってのは、健吾に対する恋愛相談。もしくは俺に恋のキューピット役になって欲しいってことだろ」

「……その、よろしいでしょうか?」

 不安からか瞳を潤わせ、上目遣いに聞き返す凛々乃。その表情は反則だろ。美少女に、ましてや友人にそんな顔されたら、断れるわけねぇじゃん。

「まぁ、俺でいいなら、力になるけど」

 たどたどしく、そう告げる。前向きな姿勢で「おう任せとけ。俺以上に健吾を知ってるやつなんていないからな」と返せなかったのは、やはり少なからずショックを受けていて、異性の友人が俺以外の男のために努力することに抵抗を覚えたからなのだろうか。それは自分でもよくわからなくて。

「本当ですか。ありがとうございます!」

 神への祈りが通じたとばかりにぱあっと満開の笑顔を咲かせた凛々乃が、手を合わせて感謝する。どうやら彼女にとって、俺の協力を取り付けられた時点でもう充分で、態度とかは二の次だったようだ。ほっとした反面、快諾してやれなかった自分がちょっと嫌になる。

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