第4章 完成してしまったねじれトライアングル×2⑦

「ポケー」

 遠野さんに連れられて来た生徒会室で僕を出迎えたのは、まるで闇のゲームにでも敗北して魂を抜かれたかのような、そんな茫然自失の真山先輩だった。その周囲では、他の生徒会役員達が、心配そうに会長のことを見ている。

「あの、これは一体……」

 恐る恐る尋ねると、遠野さんは口を一の字にして顔を横に振る。

「わからない。今日の生徒会が始まってからずっとこうなんだ。私達が何を話しかけても、心ここにあらずといった感じでろくに返してくれなくて――会長のお気に入りである冴羽なら何か知ってるのではと、こうして来てもらったわけなのだが……」

「そ、そうなんですね……」

 だいたいの事情は察知した。というか僕って、周りから真山先輩のお気に入りって目で見られてるんだ。まー本当のお気に入りは僕じゃなく、僕の親友の龍君なんだけど――って、ん? もしかしてそれ絡み?

「あの、すみません。ちょっと真山先輩と二人きりで話をさせてもらえないでしょうか?」

 生徒会の人達全員に向け、頭を下げて懇願する。確信はないけど、期待されて呼ばれた以上、出来る限りのことはやってみます。

 遠野さん達は無言のままアイコンタクトで、意思疎通を計ると、代表して遠野さんが口を開いた。

「わかった。ここは冴羽にお願いしたい」

 役員のみなさんが「頼む」と小さくお辞儀して退出し、生徒会室には一連のやり取りに何も反応を示さなかった真山先輩と、僕だけが残った。

 僕は一度深呼吸すると覚悟を決めて、真山先輩に近寄る。

「あの、龍君と何かあったんですか?」

 すると「龍君」のワードに真山先輩の耳がピクリと反応を示して、

「ひぇっ、ななな何もあるわけないだろ――って、冴羽君? い、いつからそこに?」

 目を丸くした先輩が驚きで身体を仰け反らせる。それすら気付いてなかったんですか。

「ちょっと前に、遠野さんから呼ばれて」

「そ、そうなのか。ん、それで遠野君は――というか、みんなはどこにいったんだ?」

 役員が自分しかいないことに気付き、辺りをキョロキョロと不思議そうに見回す。

「実はですね――」

 僕は事情を説明した。

 全てを聞き終えると、真山先輩は申し訳なさそうに肩を落とした。

「そう、だったのか……。すまない、君にはまた、余計な苦労をかけたみたいだな」

「いえ、僕は別に」

 今更感もありますし。

「それで話は戻りますけど、やっぱ龍君と何かあったんですか」

「うっ……」

 僕の言葉に、痛いところ突かれたばかりに苦い顔になった先輩は、視線をさまよわせた後、やがて観念したかのようにこくりと小さく頷いた。

「……実はだな、昼休み職員室に届いたパソコンを生徒会室に運ぼうと思って足を運んだら、ばったり出くわした播磨君が、代わりに運んでくれると声を掛けてきてくれてな」

「へー。そんなことがあったんですね」

 なるほど。これが龍君が一人だけ教室に戻って来なかった理由か。

「それでな、色々と話てる内に、播磨君が生徒会を手伝ってくれると言い出してくれてな」

「え、そんなことがあったんですか?」

 それって「生徒会お手伝い」としての僕は、お役御免になるってこと? 別にいいんだけど、何だろうこの胸にぽっかりと穴があいたような、やるせない感は。

「それでその……播磨君と連絡先を交換し、早速今日から手伝いに来てもうことになったわけなのだが」

「ええっ、そんなことになってたんですか!?」

 何ですかその急展開。というか、好きな人と連絡先を交換するってビッグイベントじゃないですか! やりましたね先輩。

 と、本来なら諸手を挙げて賞賛すべきところなのだろうけど、あの昼休みに超幸せだった先輩がいた裏で、超不幸な目に遭っていた僕がいたと思うとなんだかなー。

「あれ? でもその話通りなら、龍君も生徒会室にいなきゃおかしいような――」

 この部屋に入って僕が目にしたのは、いつもと同じ生徒会のメンバーだった。話に矛盾がないかと小首を傾げていると、先輩がうっと顔を曇らせて、

「じ、実はドタキャンされて……その『先約があるのを忘れてた』と」

 ゆびさきをもじもじとさせ恥ずかしげに先輩が答える。

「ああ。だからショックで何も手つかずになっていたと。まー先約を忘れてた龍君も龍君ですが、いきなり今日からお願いしたのも無理があったんじゃないですか。好きな人に断られてショックなのはわかりますけど、そこはまぁ龍君と会えるきっかけが手に入っただけど大きななの収穫ですから、割り切って前向きに行きましょうよ」

「違うんだ!」

「へ?」

「確かに私は『先約があるのを忘れていた』との断りのラインを彼からもらった。が、その先約が実は先約ではなく、私と約束した後で発生したものだとしたら?」

「は……それはどういう……?」

 いまいち言葉が理解できず、ぽかんと口をあけたまま先輩の言葉を待つ僕。

「実はだな……生徒会室に向かおうと階段を登ろうとしたら、上から播磨君らしき声が聞こえてきてな。断られた手前か無性に気まずくなった私は、彼とブッキングしないよう、その場で隠れてやり過ごすことにしたんだ」

「なんとなくわかります、その気持ち」

「そしたら、播磨君は高宮君と一緒にいて、そこで高宮君がこんなことを言っていたんだ」


『急に誘ったのに、来てくださってありがとうございます』


「その言葉に播磨君は、播磨君は……」


『いいってことよ。どうせ暇だったからな』


「と、それはもう清々しい顔で……」

 瞳を潤ませショックを露わにする真山先輩。

 何だか浮気現場を相談されてるみたいな状況になってきたけど――僕の親友がそんな不誠実な行動をするはずがない。というか、そもそも浮気ではないし。

 これはあくまでも僕の推測に過ぎないけど、高宮さんに何かしらの困り事が発生していて、友達想いの龍君はそっちを優先したって感じじゃないだろうか。どっちにしろ、タイミングが最悪だったのは変わらないけど。

 好きな人が自分の約束より、恋敵の飛び込みを優先したのを知ったら、そりゃあ落ち込むよね。

「なぁ、もしかすると二人は両想いだったりするのかなぁ。ひょっとすると付き合ってたりするのかなぁ」

 背筋をうなだらせていじける先輩。

「それはないと思いますから、安心してください。今日はきっとやむにやまれぬ理由があって高宮さんを優先しただけで?」

「理由……どんな?」

「流石にそこまでは僕にはわかりかねますが……」

「ほら、安心できないじゃん」

 顔をぷいっと背けてまるで五歳児のような反応をする先輩。

 その幼稚な素振りに、かわいさと同じくらい苛立ちも覚えた僕は、

「あーもうわかりました。僕が真実を明かしてきますから」

 と、ぶっきらぼうにおついそんなことを口走っていて、

「なに、本当か!」

 瞬間、先輩がしゃきんと姿勢を正した。

「君に任せれば、きっと安泰だな。ありがとう、ありがとう」

 目を爛々と輝かせて、すかっり復活した先輩がそんなことを口に――

 何この清々しいまでの気変わりよう。もしかして僕の言質とるために、今までずっと演技してた――とかじゃないですよね?

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