第25話

「レーザートーチで焼き切ろうって言うの? んにゃろ! 超硬耐熱セラミックの外殻をなめんな!!」


 薫は〝がるでぃおん〟のメインシステムを立ち上げ、本来は大気圏突入時に用いられる強力な船体冷却装置を作動させた。

 コンプレッサーが鈍くうなり、船体の隅々にまで冷却液を循環させた。最低出力で運転しても、外殻温度はたちまち零下数十度まで下がる。


「どう!?」


 促されて船外カメラを確認した晃は、急冷されて片手がエアロックに凍りついてしまい、慌てて引き剥がそうともがく襲撃者の映像を見て笑い声を上げた。


「薫さん、最高です。相当焦ってますよ!」

『薫、今いいかしら?』


 突然そこに久美子の通信が割り込んで来た。


「ゴメン! ただ今絶賛取り込み中! 悪いけど後にして!」

『そうもいかないの! さっきもらった帳票類、調べてみたの。あれはコロニー建設の際に納入された不良品の裏帳簿。心ある人が残してくれた不正の証拠そのものよ』

「それは良かったわ! 今、船が襲われてんの! 落ち着いたら続きを聞くよ!」

『だから聞いて! 不良品のスペックと、建築資材のもともとの要求仕様、比較シミュレーションした結果が良くないの。明らかな強度不足で崩壊の危機に瀕している部位がいくつも特定できたわ! うち一つは極めて重篤! もう、いつ吹っ飛んでもおかしくないの!!』

「薫さん!!」


 晃が薫の肩をガシッと抱き、自分の方に向けさせる。


「聞いてください。 ほら、あの音!」


 口に人差し指を当て、次いでその指を天に向け、外部マイクの音に耳を澄ますようにと身振りで示す。

 襲撃者が口汚く悪態をつくその向こうで、確かに聞こえる不気味な衝撃音。


「何か巨大な構造物がぶつかり合っているような……そんな感じしませんか?」

『もう始まっているのね。もはや一刻の猶予もないわ!』

「どこだって言うのよ?」

『カプラー』

「えっ!!」


 その一言で晃がさっと顔色を変えた。


「回転しているコロニーの居住区本体と、静止している宇宙港。その二つの部位を気密性を保ったまま繋いでいる世界最大の超伝導シールベアリング。それが、カプラーです!」

「つまり、どういうこと?」

「カプラーの回転機構が焼き付きかかってるんですよ!」


 晃の言葉にスクリーンの向こうで久美子が頷く。


『晃君の言うとおり。これが焼き付くと、巨大な慣性重量を持つ宇宙港と居住区が瞬間的に固着することになるわ』

「それじゃいけないの? まあ確かに宇宙港が居住区と一緒に回りだしたら船の出入りは無理だろうけど、それだけのことでしょ?」

「薫さん、互いに異なるベクトルの運動エネルギーを持つ巨大質量同士を突然くっつけるんですよ。どうなると思います?」

「もしかして、つなぎ目がちぎれちゃうとか?」

「ええ、居住区の方が構造的に弱いですから、多分……」

『コロニー居住区が途中でねじ切れるわ。直径ニキロの大穴が開いて、中の空気は一瞬で吸い出される――』

「待って、住民は? 二十万人とか言ってたよね!?」

『避難できる場所も時間もないわ。恐らく、ほぼ全員が即死するでしょう』


 突然、真空状態になったかのように周囲からすべての音が消えた気がした。

 薫は思わず止めた呼吸を再開しながら晃の顔を伺い見る。


「……事故を防ぐ方法は?」

『壊滅的な破壊が進行しないうちに宇宙港と居住区を切り離すの。今なら非常用の気密シャッターも展開できるでしょうし、長期的にはともかく瞬間的な空気漏れだけは阻止できるわ』

「でも、それはコロニー管理局の管轄下よ。そもそも管理局に睨まれてる現状で……」


 言葉を切り、薫は船外カメラの映像にちらりと目を向ける。そこには、最初にちょっかいをかけてきた二人組に代わり、与圧服姿の機動隊一個小隊が桟橋の内側と外側の両方から、通路を封鎖するように接近しつつあった。


「無理無理、絶対無理、どうやって話を聞いてもらうのよ!?」

「あの、俺が大人しく投降するっていうのは?」

「問、題、外! いきなりレーザーでエアロックをぶち破ろうって連中よ! 顔を出した瞬間狙撃されて終わりだわ!」

『薫、一旦コロニーを離れなさい。外から信頼できる人を通じて管理局の中枢に繋いでもらいましょう』

「う、うん、そうね……って、桟橋のドッキング解除装置も破壊されてる! 意地でも離床させないつもりね」


 コンソールのインジケーターパネルにちらっと目をやった薫が途端に目を三角にする。


『いい、時間はないわ。できるだけ早く――』


 通信はそこで唐突に途絶えた。


「くーっ! 今度は通信アンテナまで!! 私の大事なお船に何してくれちゃってんの! もう、私は本気で怒ったよ!!」


 薫は怒りのあまり顔を真っ赤にして操縦席に飛び込むと、おもむろに補助動力装置APUのスイッチを入れた。これはメインエンジン停止中に電力や油圧ハイドロを生み出すための小型発電機だ。

 そして、メインエンジンを予熱して起動させるための熱をも生みだす。


「これで警告はしたわよ。焼け死にたくなければさっさと引っ込みなさい!」


 晃が見守る船外カメラのモニターには、桟橋の外側から船に接近していた一隊が大慌てで退避していくのが映っている。並の与圧服程度ではエンジンの噴射炎に耐えられない。賢明な判断だろう。


「では、軍用機にもまさる耐久性っていううたい文句を試させてもらいましょう」


 身振りで晃にも耐Gシートに着くよう指示をしながら、薫は慣れた手付きでメインエンジンの起動にかかる機器のスイッチを次々と入れていく。

 やがて燃料/触媒ポンプが回り始めた。大量の燃料と反応用の触媒をノズルに送り込むターボフィンの回転音が次第に大きく、甲高く響く。


「さあ、ベルト締めて! ドッキングフックを一気に引きちぎるわよ!」

「薫さん! 大丈夫なんですか!? そんなことして船体にダメージは!?」

「さ〜あどうかな? 私は船の強靭さに太鼓判を押した設計者を信じるわよ。フヒヒッ!」


 薫の目が本格的に怪しげな光を放ち始める。


(ダメだ。これは何をやっても止めらんない奴だ)


 晃は制止を早々に諦め、とにかくこの場を助けてくれそうな神様を思い浮かべて手当たり次第に祈りを捧げる。


「そろそろ行くわよ。イグニッション、ハーフスロットル!」


 ゴーッという燃焼音に混じって船体が不気味にきしみ、何かがブチブチとちぎれ飛ぶ衝撃が船尾から伝わって来る。


「薫さん! 前、前! 宇宙港のゲートが!!」


 二十四時間、三百六十五日出入り自由で、普段はほとんど閉まることのない宇宙港の巨大なメインゲートがなぜか閉じ始めている。恐らく〝がるでぃおん〟の封じ込めを狙っているのだろう。


「大丈夫! 行ける! 間に合う!」


 薫の言葉が合図だったかのように、バキンとひときわ大きな破壊音が響き渡る。途端に船は跳ねるような急加速を始めた。


「そーれ行けっ! 負けるなっ!」


 薫が叫ぶ。

 次の瞬間〝がるでぃおん〟はすべてのくびきから解き放たれ、満天の星空にその優美な白い船体を踊らせていた。


「尾翼の先をちぃびっと擦ったかな?」


 そんなことを言いながらにっと笑う薫を見ながら、晃は諦めにも似た境地で小さく頷いた。


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