第17話
「やっぱりそれしかないかな」
「現状、追っかけてもうまく逃げられてばっかりけどね」
子供達が何らかの目的を持って動いているらしい事ははっきりした。こちらもそろそろ彼らの誘いなり挑発なりを受けて立つ時期なのだろう。
二人はそう決心すると、また新しい事がわかったら有吉にも知らせあうことをあらためて申し合わせ、研究室を後にした。
「ちょっと!」
案の定、研究室を出てすぐに薫が噛み付いてきた。
「予知能力の話なんて聞いてないんだけど!」
「あ、だって昨日は話す暇がありませんでしたから。それに……」
晃の苦しい言い訳をさえぎる様に薫が宣言する。
「そう言えば、私もあなたに聞きたい事があったのよね。これは今晩じっくり話しあう必要があるわ。チームの意見を統一しなきゃ」
それは晃も同感だった。だが、結局その夜の打ち合わせにはもう一つ別の重大な要素が入り込む事になった。ホテルに戻った二人をフロントマンが呼び止めたのだ。
「茅野様、これをお客様にとお預かりしております」
初老のフロントマンはそう言うと、クラシックスタイルの老眼鏡を外しながら薄い包みを差し出した。包装紙の代わりにかわいい果物のイラスト入りの便箋で包まれ、〝かやのあきら様〟と子供らしい丁寧な筆跡で宛先が記されていた。
「へえ、誰から?」
「さて、お名前までは伺えなかったのですが、小学生高学年ぐらいの女のお子さんでしたよ。ちょっと大人びた感じでしたけど」
二人は無言で顔を見合わせた。
「ほら~、早く早く!」
薫にうざったく促されながら便箋を開くと、中からはメモリーカードが一枚だけ出てきた。
「クラス4標準規格の高密度メモリカード。ずいぶん古いわね」
「今時、主流はクラス10に移行していますから。もしかしたら中古品の再利用でしょうか?」
「でも、ほら、誤消去防止のタブが折られてるよ」
「これじゃ新規の書き込みは出来ませんね。とすれば……」
「わざわざ古いカードを使う理由もないでしょうから、最低でも十年以上前に書き込まれた物ということになるわ」
断定口調でなぜか胸を張る薫。
確かに、貼られているラベルの染みや黄ばみ具合から見てもその古さがうかがい知れる。
だが、それだけだ。ラベルには黒のマーカーで〝to AKIRA〟と殴り書きされているだけ。
晃は他に手がかりはないかと包み紙代わりのイラスト入り便箋を手に取ってみた。これまた宛名以外は何も書かれてはいなかったが。
「あ、でも、かすかにオレンジの香りがします」
「おっ、どれどれ?」
薫は晃の手にある便箋に無造作に顔を近づけるとふんふんと匂いを嗅いだ。身長差から自然と薫の頭を抱え込むような体勢になり、彼女の髪が晃の鼻をくすぐる。立ち昇る薫のほのかな香りに、晃は背筋になんとも言えないむず痒さを感じて後ずさりした。
「こっちはまだ新しいわね。絵柄がオレンジだからそういうコンセプトの商品なんでしょ。ん、どしたの?」
そのままひょいと顔を上げて晃の顔を覗き込んでくる。
「ちょっと顔赤くない? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です! それより中を……」
後ずさりしてソファーに倒れ込んだ晃を不思議そうに見やりながら、薫は両手を打ち合わせる。
「よしっ! じゃあデータを」
そのままぐいと右手を差し出す。
「なんです?」
「いや、データ見るんだよね。端末出して」
「いえ、
「ああっ! ゴメン! 借りっぱなし! すぐ取ってくるよ」
薫は言うなり慌てて部屋を飛び出していった。
「……あれ、天然なんだよな?」
いいように翻弄され、晃はぐったりとソファーにへたりこんだ。
薫が戻るまでの時間を利用して、晃はお湯を沸かした。
有吉先生に分けてもらった高級豆を直伝の手順で丁寧に蒸らし、ゆっくりと抽出したコーヒーの香りは格別で、琥珀色の液体がドリッパーを満たす頃にはなんとか平静を取り戻すことに成功した。
(多分、あのパーソナルスペースの近さも薫さんの武器なんだろうな)
彼女はあの女子高生のような見た目を裏切るパワフルさが有名だ。一体どんなコネがあるのか、日本が誇る宇宙機関
〝がるでぃおん〟と名付けられた彼女の愛機はその時の騒動で手に入れたもので、太陽系を股にかけて飛び回る一種のエリートだ。
本来なら、自分みたいな一般人の地味男子とは住む世界が違う。
だが、一方で気後れを感じながら、それでもいつの間にか彼女の人柄に強く惹かれている自分に、晃はひどく困惑していた。
「ほら、早く」
薫はさっさとソファーに陣取るとガラステーブルにQWをセットする。
自分の右隣をポンポンと手でたたいて身ぶりで座る様に示し、メモリーカードをセットして晃の方にキーボードを向ける。
「はい、どうぞ」
そう言うと晃の手から二人分のカップをもぎ取ってテーブルに置く。晃が隣に腰かけると、ディスプレイを覗き込もうと彼にぴったり体を寄せて来た。
晃は一瞬体を固くして、自意識過剰になっている自分に気づいてひとり苦笑いすると、慣れた手つきでキーボードを操作した。古いフォーマットを変換アプリの力を借りて現在のフォーマットに変換すると、画面にその内容を表示する。
だが、画面にはたった一行。
《三区、第四シリンダー、総合運動公園》
他に何かないかと探したが、結局これだけしか記録されていないらしい。
「何だこれ? 間違った変換でデータを飛ばしちゃったのかな」
晃は困り果てた表情でかたわらの薫を見やる。彼女は目を細めながら無言でディスプレイを眺めていたが、やがてコーヒーをぐいっと飲みほして断言した。
「これは招待状よ!」
「なんで? 根拠は?」
「乙女の直感! でも、晃君だってこの場所を調べて見る気にはなってるでしょう?」
「……まあ、確かに」
薫は空のカップを受け皿に戻すと唇をちろっと舐めてにっこりと笑う。
「まさに、その反応を期待してるんじゃないかな。前にあなたは子供達に見張られている気がするって言ってたでしょ。それは確かに気のせいじゃなくて、子供達はあなたがどんな時にどんな反応を示すか、ずっと調べていたんだと思う」
「なぜ? 何の為に?」
「さあ、でも心当たりはあるわ。あなたの予知能力よ」
「え゛え゛っ!?」
晃は声にならない叫び声を上げた。
「なーに驚いてんのよ?」
「い、いや、でも……」
「だってそうじゃない? あなたはこの前の〝窓〟の時も、昨日の停電の時も、直前に異常に気付いてたでしょう。あれを予知と言わずに何と言うの?」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。あれは単に背筋に寒気が走っただけで、具体的には何も……」
「いい、客観的に考えてみてよ。あなたのその感覚と、コロニー生まれの子供達にあると仮定されている能力にどんな違いがあるの? 私はよく似てる気がするわ」
「うーん」
晃はうなった。彼女の大胆な仮説が怖くなった。
彼自身、そのことを考えなかったわけではなかった。ただ、自分がそんな得体の知れない感覚を持っている事を信じたくなかった。無意識にその可能性を頭から排除しようとしていた。
「とにかく子供達は、いや、子供達を操っている何者か、かも知れないけど、あなたの資質を試していたのね。そしてついに直接対面する必要があると判断したんだと思う」
薫はそこで言葉を切って小さく咳払いをする。
「さて、あなたはどうする? ご招待に応じるの?」
晃はまだ頭の中を上手く整理できなかった。だが、薫の仮説に目立った破綻はない。
コロニーに来てから遭遇したすべての出来事がジグソーパズルのピースを組み立てるようにピタリと納まって、彼の目前に完成した一枚の絵となって広げられている。
「晃君を含めて、コロニーで生まれた子供達って、やっぱり私達とはどこか違うのかしらね」
「そんな言い方、やめて下さいよっ!」
何気ないつぶやきに晃は思いがけず過激に反応した。驚いた薫は彼の目を覗き込んだが、その激しい口調とは裏腹にその瞳には何の感情も浮かんでいなかった。
「ごめんなさい。気に触ること言っちゃった?」
晃は動かなかった。沈黙の数分間が過ぎ、その重苦しさに耐え切れなくなった薫が思わず口を開こうとした瞬間、晃は顔を上げた。
「行きます。行ってみます」
口調は静かだったが、彼の目には強い決意がにじんでいた。薫はそれ以上何も言えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます