第29話
『で、あなたはそこで指をくわえて何をしてるの?』
「なによう、いきなりそんな言い方はないんじゃない?」
薫は手にしていたマルチツールを工具箱に放り込みながらグチる。襲撃者に破壊されたロングレンジアンテナの修理が終わった途端、久美子から入った通信はいきなりのダメ出しだ。
『例の裏帳簿をもとに、こっちでも捜査班を組織したわ。この後関係先に一斉に
「そう。私もやってはみてるんだけど、久美子みたいに上手くいかないわ。今のところエアロックの制御を奪い取ったのが唯一の成果」
「なんとか〝がるでぃおん〟経由で管理局の中枢に直結する回線は開けないかしら?』
「それが……」
薫は唇を噛んだ。
「晃くんの話だと、何か事故があったみたいで」
『事故?』
「ええ、肩を脱臼したらしいわ。その関係だと思うけど、カプラー制御室のコンソールがかなり破損してて、そこからの通信も制御も利かないらしいの。今、手動でできないか試しているところだって」
『手動?』
「ええ、カプラーを手動で切り離すの。彼が昔見た図面では、エアロックの近くに緊急用の解放弁が――」
その時、〝がるでぃおん〟が小さく揺れた。
船は何の支えもなく宇宙空間に浮いていて、コロニーとはアンビリカル一本で繋がっているだけだ。それなのに揺れる。
向こう側は一体どうなっているのだろうかと、薫は心配をさらにつのらせた。
「一応、こちらで知り合った大学の先生に管理局のつてを紹介してもらおうと思ってメッセージは入れたんだけど、一向に返事がないのよね」
『ああ、例の? 有吉准教授だっけ? その人本当に信頼がおける人?』
「さあどうだろ。一応共同研究者という関係だけど、それ以上は……」
スクリーンの向こうで久美子がため息をついた。
『わかった、それも念のためもう一度調べとくわ。とりあえずあなたは彼のサポートに全力を』
「もちろん!」
『じゃ、また変化があれば知らせるわ』
通信は何の余韻もなく切れた。
またどこかで雷鳴のような衝撃音がとどろき、床がビリビリと振動する。
超伝導コイルの脱落はおさまる気配を見せない。全部で二千基ほどだったと記憶しているけど、これまでに合わせて十基近くは落ちたのでないかと晃は思う。気を失っていた間のことはわからない。最悪の状況として、機能不全におちいったコイルはもっとずっと多い可能性もある。
カプラーリング全体が均等に破損していくのならまだましだろう。だが、どこか一部分が集中的に破壊されるとバランスが一気に崩れ、連鎖的に崩壊が早まる危険性もある。
「にしても、管理局だってカプラーの異常に気づいているはずだ。なんで誰も対応しようとしない? さっきの男達の正体も結局わからないままだし……」
十数分前に全力疾走した薄暗いメンテナンス通路を、今度は逆向きに駆け戻りながら、いくつもの疑問が頭の中で渦を巻く。折れた右腕がひどく疼く。
カプラーの制御室はコロニーの円周に沿って百八十度間隔に二か所。手動でカプラーを開放する強制開放弁はそれぞれの制御室から九十度離れた場所に同じく二つ設置されているはずだ。
「たとえ片方がぶっ壊れても反対側の制御室まで同時にだめになる訳じゃないし……そもそも中央制御室の連中は何をしてるんだよ!」
コロニー全体の制御をつかさどる中央制御室でも当然この状況は
『晃くん! コロニー管理局の作業艇が工業港側から次々に出港してるみたい!』
「どうしてです?」
『わからない。でも、共通周波数で
「まさか!」
晃は愕然とした。いつまで待っても保守作業員が現れない理由がなんとなく理解できてしまった。いくつも予想したうちの最悪のパターンだ。
「管理局は……
「信じられない! 管理局以外の誰がこの事態に対応するのよ!!」
メインスクリーンに映し出された映像を見て、薫は思わずあっけにとられた。
その間にも、どんどんコロニーから遠ざかる数十隻の作業艇。ほとんどが大気圏突入どころか長距離航行もできない小型艇だし、一隻一隻にそれほど多くの人間が乗り組んでいるとも考えにくい。慌てて逃亡したのは管理局の全員ではなく、事態をいち早く知った上層部とその取り巻き程度と考えるべきか。
「……だとすれば、今さら連絡をためらっている場合じゃないわね」
薫はコンソールに飛びつくと、出港以来切りっぱなしで放置していた航宙無線のスイッチを入れる。
「こちら船籍番号JASS-33-0038、高速型小型クルーザー〝がるでぃおん〟です。サンライズ
『こちらサンライズ管制、貴殿は出港禁止指示を無視して出港し、現在も違法に航行禁止空域に留まっている。直ちにその場を離れ、当局の指示に従って――』
「んなことはどうでもいいのよっ!!」
相手の杓子定規な警告を遮って怒鳴る。
「カプラーリングが崩壊しかけているのは知ってるでしょ! それなのにあんたたちは何をやってるの!? このままじゃコロニー住民は全滅よ! それなのに管理局の船が今もコロニーを逃げ出してる。管制がそれを見逃して、それでいいと思ってるの!?」
返事が戻るまでしばらくかかった。
それまでの冷たい口調がまるで嘘のように、切羽詰まった女性の声がインカムに響く。
『私は何も知らされてません。それに先ほどから管理局とのコンタクトは途絶えています。工業港の管制ルームとも全く連絡が取れないんです。情報が錯綜してて、一体何が――」
「管理局のネットワークにもリンクできないの? 」
『音声通信は全く。コンピュータリンクも果たして繋がってるのか不明な状態で……』
「じゃあ、とにかく宇宙港を密閉して! 港湾区画と居住区が千切れかかってるの! このままじゃ宇宙港と居住区両方に大量の犠牲者が出るわ!!」
『り、了解いたしました。あの、〝がるでぃおん〟というと、もしかして
「私は通りがかりのジャーナリストよ。詮索はいいから早く!」
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