第20話

「私達? それは君ら五人のことなの? それとも、コロニーの子供達のこと? そもそも君達は一体何者で、どうしてテロ行為なんかに手を染め――」


 早口で矢継ぎ早に疑問をぶつける晃を右手を上げて制し、彼女は静かに答えた。


「私の知る限りのことを全てお話しします。とはいえあまり時間もありませんし、まずは私の話を聞いていただけませんでしょうか?」


 確かにその通りで、晃はただ頷くしかなかった。


「だったら、せめて君の名前だけでも先に教えてくれないか?」

「正式には実験体105号ひとまるごと呼ばれてますが……」

「何だって?」

「フフ、冗談です、あかりですよ」

あかりか……俺の名前ともなんだか似てるな」

「それはそうですよ、名前をつけてくださったのは貴方のお父様ですから」

「なんだって!?」

「一度に六人の子持ちになった気がすると笑ってらっしゃったそうです」

「一体どういうことだよ!?」

「……では、お話ししましょうか」


 実験体105号、いや、灯は、どこか遠くを見るような目つきになると、ゆっくりと語り始めた。


「薄々おわかりかとは思いますが、私達は人工的に作られた実験体です。完全無重力環境ゼロジーで人工的に受精させられ、その後は研究所の人工子宮で胎児の状態まで成長させられました」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 生物の授業で、0Gでは生物の受精卵は分裂出来ないって習ったけど?」

「ええ、その通りです。仮に受精が成功しても、無重力環境では細胞分裂が進行せずに死滅するというのが生物学の常識です。ですが、あるいくつかの特定の条件が満たされた場合のみ、極めてまれに胎児まで育つことがあるんです」

「まさか、それが……」

「そうです。貴方のご両親が正にそれでした。無重力のコロニー建設現場で妊娠が判明したという異常事態を受け、貴方のご両親は新村博士にご相談なされたそうです。その時すでにお母様の胎内で赤ちゃんがすくすくと育ち始めていたのですよ」

「まさか、それって……」

「そう、それが貴方です」


 晃は息を飲んだ。


「そうして貴方の存在を知った新村博士は功名心に駆られ、すぐに対照実験を企画します」

「あの、もしかして新村博士というのは……」

「貴方は先日お会いになったはずですよ」

「……ああ! あの!」


 大停電の夜にインペリアルホテルで面会させらた、妙に馴れ馴れしい老人だと思い至る。


「何でも知ってるな、君達は……」

「それはもう!……いえ、話を戻します。しかし、博士は無重力細胞分化のファクターを容易に見つけられず、実験は果てしない失敗の連続だったようです。

 受精直後の卵子に放射線を浴びせ、致死製の薬品に漬け、時に真空や強磁場に晒し、ついには禁断のヒト遺伝子ゲノム編集まで。とにかくありとあらゆる手段が試されたそうです。そうして、ごくまれに胚が形成され、胎児として成長し始めたとしても、その後の姿は人と呼ぶ事さえはばかられる異形の物クリーチャーばかりでした」

「まさか、そんなことって……」

「残念ながら、事実です」

 

 思わずその場から後ずさりする晃に向かって、灯は堅い口調で断言した。


「それでも、都合百体もの人ならざるモノを生み出した非人道的実験の末、ついに正常な外見を持つ六体の赤ん坊がこの世に生み落とされました。五体は過酷な実験の果てに、そして残る一人はご夫婦の愛の結晶として。五体は私達、そして残るもう一人が……貴方です」


 彼女は一旦そこで言葉を切って、晃をチラリと見やる。

 彼が口をあんぐりとあけたまま、一言も言葉を発せずにいるのを確認すると、再び口を開く。


「ところで、大規模なゲノム改編の副産物として、私達には一種の予知能力、そして一般にテレパシーとも呼ばれる精神相感力が偶然に備わっていました」

「ちょっと待った。私達って言うのは……」

「もちろん、貴方も含めての話です」

「待ってくれ、俺にはそんなもんない……ぞ?」

「そうでしょうか? 確かにこの能力は宇宙空間という特殊な環境によって最も顕著に発現します。地球では不要な能力として隠れてしまったのでしょうが、今の貴方は能力の萌芽を再び感じているはずですよ」


 図星を指された晃はぐっと言葉に詰まった。

 しかし構わずに彼女は続ける。


「もちろん、個人差もあります。あなたは私達の中で最も能力が微弱でした。唯一の自然妊娠ですし、ゲノム変異の程度も他の五体とは異なっていたんでしょうね」


 そこで彼女は不意に口をつぐんだ。

 風がざわざわと音を立てて梢を渡っていく。シマリスがちょろちょろと広場に走り出てくると、くるくるした瞳でひょいと灯の顔を見つめた。彼女はその小さな動物を目で追いながらしばらく沈黙していた。


「ここまでは博士の思惑通りでした。

 ですが、この能力を発現させる遺伝子は、逆に私達から免疫力を消滅させ、さらに生殖能力までも奪う結果になりました」

「それじゃ、一代限りの……」

「そうです。いくら優れた能力があろうとも、子を成すことのできない畸形ミュータントではもはや人類とは呼べません。プロジェクトは失敗です。私達は強引にに変異させられたあげく、出口のない袋小路に入り込んでしまった哀れな亜人類なのですよ」 


 晃は彼女にどう声をかければいいのかわからなかった。

 しかも、もしこの告白が真実なのだとすれば、自分とその将来にも大きく関わってくる話だ。


「そんな時、事態はまた別の理由で大きく動きます。あなたのお父さんがこのおぞましい実験とそれにまつわる不正を公表しようとしたために、証拠を至急に隠滅する必要が生じたのです。プロジェクトは解散し、関係者は処分され、そして私達が収容されていた施設は密かに解体されました。あなたが少年を追って迷い込んだ地下の空間がその跡地です」


(なんだか、妙に懐かしい気がすると思ったのはそのせいか?)


「……あれは、君が指示してやらせた事なの――くうぅ!」


 晃の背筋にまたも電撃の様な激しいショックが走った。晃は堪えきれず膝をつき、荒い呼吸を繰り返しながら、狭まった視野が元に戻るのをイライラと待つ。


「……始まりましたね」


 静かだった森が不意にざわめいた。小動物の悲鳴にも似た鳴き声が森中に幾重にも響きわたる。

 木々の間から子リスが何かに怯える様に飛び出して来た。明らかに弱っている様子が見てとれる。


「始まったって、一体何が!?」

「ガスです。この運動公園一帯に致死性の高い毒ガスが噴出しています。地下の樹脂抽出プラントの副生成物です。処理設備が破損し、無処理のままで空中に放出されている……」


 焦る晃とは裏腹に、彼女は異常な程冷静だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る