第15話

 その後、二人は港の管制センタービルにあるカフェテリアに入った。

 本来は港で働く職員の為の施設だったらしいが、いつの間にか官民の区別なく宙航士連中が出入りする一種のサロンとして機能しているらしい。


「じゃあ、ちょっとここで待っててね。とびっきりの情報仕入れて来るから」


 薫はそう言い残すと、知り合いらしき船乗りに次々と声をかけ、情報集めに励んでいる。

 一方、晃は少し離れたカウンターに陣取り、時々横目でその様子を眺めながらクリームソーダにちびちび口をつけていた。

 彼の本来の居場所、高校の教室とは全く違う、独特の雰囲気と専門的すぎる会話に完全に気押されていた。


「これが大人プロってやつなのかな」


 晃は残りのクリームソーダをぐいと一息で飲みほすと、窓際の薫を伺う。何人もの宙航士仲間に囲まれてずいぶん話が弾んでいる様子で、まだ当分はかかりそうだ。

 彼はカウンターを離れると、そのままカフェテリアの外に出て人気のない倉庫区画をぶらぶらと散歩する。

 昨日からの停電騒ぎで港の機能はほとんどストップしているようだ。普段なら忙しく貨物を出し入れする派手な塗装のカーゴキャリアやリフターも、今日はほとんど充電ピットに入っていた。

 ずらりと番号順に並んだリフターの傷だらけのバンパーを何気なく右手で叩きながら歩き、空のピットを見つけて何となくそこに座り込む。


(いざとなると役に立たないな、俺)


 一介の高校生である身では当たり前ではあるものの、こういう時、何の力にもなれないことを少しふがいなく思う。


(確か、鷹野さんは学生の時から報道に関わってたとか……)


 以前読んだ彼女の手記には、とにかく早く一人前になるために飛び級スキップを繰り返し、弱冠十八才かそこらでプロのジャーナリストとしてデビューした……とあった。全く、とんでもない向上心だ。


(俺みたいに、高校に居場所が作れなくて、逃げ出す手段としてスキップを狙うのとは違うもんな)


 晃はぼんやりと上を見上げ、〝窓〟から差し込む日光に目を細めた。





 幼い頃から同級生と上手く話を合わせることが出来なかった彼は、暇さえあれば埃臭い祖父の書斎にこもっては両親の残した雑多なコロニーの設計資料を読みあさった。意味の分からない文書や数式を理解するために勉強に熱を上げ、おかげで成績だけはいつもトップグループだったが、そのことが更に彼を孤立させた。

 高校に進学した頃からは自分でもなぜか分からない衝動に駆られてひんぱんに空を見上げるようになり、いつしか校庭の隅のベンチでぼんやり空を見上げることが彼の癖になった。

 そんな様子を見て〝宇宙人〟とあだ名されるようになってからは、彼に話しかける勇気のある同級生はさらに減り、そして、高二の春にはついにゼロになった。

 

「ん?」


 一瞬、光の中を何かが横切ったような気がして晃は思わず目をしばたたかせた。

 コロニー内に鳥はいない。正式に持ち込まれた昆虫もいないはずなので、何か飛ぶとすればそれは人工物体でほぼ間違いない。

 だが、宇宙港内の与圧区画は飛行禁止空域のはずだ。


「なんだ?」


 首をひねりながら視線を地上に戻した瞬間、ピットの端っこにちらりと動いた影に気づいて立ち上がる。


「子供?」


 小学校高学年ぐらいの少年だ。


「何でこんな所に?」  


 改めて目を向けた途端、彼の視線が晃のそれと正面から交差した。

 仮面の様に整った無表情な白い顔。

 モノトラックの少年や、公園で晃達を見張っていた子供達と共通する何かを感じた晃は、思いきって話しかけてみようと一歩踏み出した。


「なあ、君!」


 途端に少年は走り出した。ところが、少し先で立ち止まると後ろをひょいと振り向いた。


「誘っている?」


 直感した晃は足早に少年を追いかけた。

 しかし、声をかけられそうな距離まで近づくと少年はさっと走ってはまた止まる。明らかに追ってくる事を見越してからかっているのだ。

 ムッとした晃は本気で彼を追い始めた。

 だが、とても子供の足とは思えない程少年は素早かった。

 いつしか晃は息を切らしながら夢中で少年を追いかけていた。倉庫区画を抜け、港湾設備の間を縫い、何階層にもわたった奇妙な追跡劇は三十分にも及んだだろうか。長い非常階段を上り切り、建物を出てしばらく走った所でついに晃は少年を見失ってしまった。


「なんだ、あいつ、くそっ!」


 晃は立ち止まると膝に手をついてゼイゼイとあえぐ。

 0.8気圧しかないコロニーでの全力疾走は、地球の大気に慣れた晃にとっては重いハンデだった。そのままの姿勢でしばらく息を整え、ようやく体を起こした彼は、見た事もない景色に戸惑いを覚えた。


「どこだ? ここ」


 宇宙港の敷地を出た記憶はない。

 だが、一定間隔で物置のような小さな建物が点在する以外、見渡す限り何もなかった。床は赤茶けた分厚い土埃に覆われ、薄暮のようにぼんやりと薄暗い照明のため、天井があるのかすらも怪しい。一見して、まるで見捨てられてた荒野の様な寒々しさが漂っていた。


「いや、おかしいだろ!」


 慌てて眼鏡型携帯端末コミュニを取り出してみるが、キャリア信号すら入らない。今や地球上でさえそんな場所は滅多にないというのに。


「……そんなバカな!」


 慢性的な敷地不足で大規模な拡張計画すら持ち上がっている宇宙港内部に、これほどの未使用空間が広がっているのはどう考えても奇妙だ。

 晃はあらためて深呼吸すると、自分がどんなルートでここまでやって来たのか改めて思い返す。


「地上から数フロアは降りたはず……いや、結構上がったり下がったりしたしな……どうなんだ?」


 同じ理由で方向感覚も完璧に狂わされていた。

 とりあえず回れ右をすると、来た方角に歩き始める。通りに面して一定の間隔でぽつんぽつんとあるプレハブのうちどれかからこのフロアに出たはずだが、どれもが同じ造りで特定できない。仕方ないので手っ取り早く近くから総当たりする事にした。

 最初と二番目の建物には鍵がかかっていた。三つ目の扉は抵抗なく開く。


「うーん、なんだか違うような……」


 とりあえず保留して四つめの建物に向かう。こちらも扉こそ開くが違和感がある。

 晃はどちらの建物にするか迷ったが、考える程にどんどんはっきりしなくなった。


「ええい!」


 取りあえず三番目の建物に入る。

 だが、一階部分には床すらなく、建物のほとんどを占めているのは下に向かってぽっかりと口を開けた巨大な開口部だった。工事途中で放棄された様な荒仕上げの壁面に、足場用の簡易階段がツヅラ折りに取りつけられている。


「途中で崩れないだろうな?」


 晃はそのショボい階段をガシャガシャと降りながら、現在地について推理を巡らせてみた。

 コロニーの回転区画の地面の下には、宇宙空間からの有害な放射線や電磁波を遮断する目的で平均二十メートルの厚みで土砂が敷きつめられており、その下にはコロニーの骨格や配管スペースを挟んで外壁があると説明されている。彼が幼少の頃飽きるほど眺めたコロニーの設計図でもそうなっていたはずだ。

 だから、今いるここは、本来なら土砂で埋めつくされているか、何重もの外壁で占められて隙間などあるはずのない場所のはずだ。ところが、現にこうして巨大な空間が放棄されている。なぜこんな場所が隠されているのか。それよりあの少年はなぜこんな場所に自分を誘ったのだろうか。

 しかし、結論が出る前に晃は吹き抜けの底に達した。床には錆びて曲がったボルトやセメントのかけら、何かを撤去したらしい基礎跡があちこちに残っている。一方、壁にはぽつんとペンキのはがれかけた鉄扉がある以外、めぼしい物は何もない。

 彼は錆びてきしむ扉を無理やり引き開けながら吹き抜けを見上げてみた。確かに見覚えのある景色。


(とりあえず、ここまでは間違いないか……それにしても)


 彼は扉を抜けながら、地上まで無事に戻れるだろうかと不安に思う一方で、なんだか妙に懐かしい気持ちがするのを不思議に思った。


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